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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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037・奇病の元凶 下

「えっと……皆さん落ち着いて……あの……」


 モニター越しではないマジものの修羅場。生まれて初めて目にするその光景に、狩夜はどうしていいかわからず右往左往する。というか、そうすることしかできなかった。このような場に置いて、人生経験に乏しい子供という存在は、ただただ無力なだけである。


 なんで僕がこんなめに――と、胸中で呟きながら、涙目で途方に暮れる狩夜。そんな狩夜を見かねたのか、ある人物が助け舟を出す。


「カリヤ様。イルティナ様のお屋敷に、奇病に侵された都からの使者の方々がいらっしゃいます。ここはもう大丈夫ですので、先にそちらの治療に向かわれたらいかがですか?」


 タミーであった。タミーは、切れ長の瞳で「これを理由にこの場を離れてください」と伝えながら、狩夜に向かって口を動かす。


 これ幸いにと大きく頷き「そうですね、そうします!」と早口で答える狩夜。次いで、イルティナたち六人によって構成された修羅場から、速やかに離脱した。


「……ありがとうございます、タミーさん。助かりました」


「お気になさらず。あの騒動はカリヤ様には無関係のもの。カリヤ様があの場にいるほうがおかしいのですから」


「それでもです。本当にありがとうございました……あの、新しく奇病に侵された人は、イルティナ様の家にいる四人で終わりですか? 村の住人で再発した人は?」


「いえ、そのような方はいらっしゃいません。奇病に倒れたのは、今日村にやってきた方たちだけですね」


 タミーの言葉を聞きながら、狩夜はギルドの中をぐるりと見回してみた。確かにイルティナやメナド、ギルド職員たちには異常は見当たらない。先ほど声を掛けた見張りの男も健康そのものであった。タミーの言う通り、奇病に倒れた者は、今日村へとやってきた者たちだけであるらしい。


 一度この奇病にかかった者にはすでに抗体ができているのか、それともまだレイラの力が体内に残っているのか。前者ならともかく、後者なら問題である。今日新たな感染者が出たところを見るに、奇病の原因となる何かが、まだこの村に存在していることは明らかだ。もし後者だった場合、ティールの村の住人は、レイラの力が消えたとたん、再びあの奇病に倒れてしまう可能性が高い。


 どうにかして奇病の原因を突き止めなければならない。ならないのだが――正直、狩夜には見当もつかなかった。人を殺しかねない奇病の原因を突き止めるなど、中学二年生には荷が勝ちすぎる難題である。


「レイラ、君は何かわからない? あの奇病の原因」


 なんとなく。本当になんとなくで、頭上を腹這いの体勢で占拠するレイラへと話を振る狩夜。すると、レイラは周囲に視線を巡らせ、ほどなくしてその視線を固定した。


 レイラが見つめる先は――ギルドの天井。木の皮を何重にも重ねて造られた、旧日本家屋にも通じるものがある、木製の天井である。


 目につくものは、木と、木の皮と、名も知らぬ植物の蔓、それだけだ。他には何も見当たらない。


 レイラはいったい何を見ているのだろう? と、狩夜が僅かに首を傾げた瞬間、レイラが動いた。針のように鋭く、細い根を一本背中から出すと、高速で天井へと伸ばしたのである。


 狩夜とタミーが目を見開く中、レイラの根は天井を構成する木の皮と皮との間に入り込み、すぐに戻ってきた。そしてレイラは「はいこれ~」とでも言いたげな顔で、狩夜の眼前へと根の先端を動かす。


 レイラの根の先端。そこには――


「なに……これ? 蟲?」


 そう、そこには一匹の、体長一センチほどの小さい蟲がいた。体の真ん中をレイラの根に貫かれたその蟲は、どうにかしてレイラの根から脱出しようと、必死にもがいている。


 八本四対の太く短い足と、頭、胸、腹の部分が一つに融合した体。そして、鋭い牙を持ったこの蟲は――


「蜘蛛? いや、違う。これは――ダニ?」


 そう、その蟲はダニであった。祖父と共に何度も野山を歩いた狩夜にとっては、それこそ数えきれないほど痛い目に合わされた憎い相手であり、蚊に次いで知名度の高い吸血生物である。


「失礼! 私にも見せてください!」


 狩夜の横から前方へと回り込み、ダニを凝視するタミー。そして、タミーは恐る恐る手を動かし、噛まれないよう注意しながら、そのダニに右手の人差し指を振れされた。


 瞬間、タミーの指が仄かに光る。〔鑑定〕スキルだ。


 〔鑑定〕の光が消えると同時にタミーは目を見開き、次いで叫ぶ。


「これは……ただのダニじゃない! 名称ヴェノムマイト・スレイブ! 間違いありません! 新種、もしくは外来種の魔物です!」


 タミーのこの言葉に、ギルドの中は静まり返った。大声で言い争いをしていたイルティナたちまでもがその口の動きを止め、タミーへと――いや、一匹の小さい蟲へと視線を集中させる。


 誰もが動かず、声を発しないまま、質量を感じさせるかのような視線がヴェノムマイト・スレイブへと注がれる。すると、その視線の重圧に耐えかねたかのように、レイラの根に体を貫かれていた小さい魔物、ヴェノムマイト・スレイブが、その動きを鈍らせていき――ほどなくして、完全に動かなくなる。


 ティールの村に奇病を蔓延させ、住民を恐怖と絶望の底へと叩き落とした元凶。その()()が、今、静かに事切れた。

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