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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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033・姫の婚約者にろくな奴はいない 下

「ぐぼはぁ!?」


 目を見開く狩夜の視線の先で、ジルの体が宙を舞い、ほどなくして地面を転がった。驚くべきはイルティナの腕力である。金属製の全身鎧を纏った長身の成人男性を、あの細腕で殴り飛ばしたのだ。サウザンドの開拓者は伊達ではない。


 イルティナは、殴り飛ばしたジルに早足で歩み寄ると、胸当ての上に右足を乗せてジルの動きを封じた。そして、ジルのことを害虫でも見るような目つきで見下ろしながら、ドスの効いた声でこう言い放つ。


「村が主に襲われるや否や、守るべき一般人を見捨てて真っ先に逃げる。主がいなくなった後、何食わぬ顔で村に帰ってきたと思ったら、メラドが病気になるなりまた逃げる。あまつさえ、今の今まで一切音沙汰なし! これだけのことをしておいて、よく今さら私の前に顔を出せたなぁ!」


 怒声を上げながら、ジルの胸当てを何度も何度も踏みつけるイルティナ。そのたびにジルの口からは「ごふ! ごふ!」と不穏な声があがる。メラドというのは、メナドの姉の名前だろう。


「都に連絡したとき、物資運搬の護衛にお前が名乗りを上げたと聞いたときは、怒りを通り越して殺意が湧いたぞ。どれだけ私とこのティールを馬鹿すれば気がすむ? 物資を持って来れば、また快く迎え入れてくれるとでも思ったのか? この恥知らずがぁ!」


「ティ、ティナ……お、落ち着いて……君と私の仲じゃないか。逃げたのは悪いと思っているよ……で、でも仕方ないじゃないか……ゆくゆくはユグドラシル大陸を飛び出し、新たな国を築くであろうこの私に、万が一のことがあっては――」


「貴様のような根性なしに、そのような偉業をなせるものかぁ!!」


「ひぃいぃいいぃ!」


 イルティナは再度怒声を上げ、胸当てを全力で踏み付けた。ジルの口からはなんとも情けない悲鳴が漏れる。王族らしからぬ姿をさらすイルティナの言動に、背後に控えたメナドが小さく溜息を吐く。が、止めるつもりはさらさらないようであった。


 一方ジルのパーティメンバーは、慌ててイルティナとジルのもとへと駆け寄ると「姫様、どうかそのくらいで……」「若も反省しておりますから!」と、ペコペコ頭を下げ始める。荷車を引いていた怪鳥も同様で、引いていた荷車を放り出し、主人のもとへと駆けていった。


 今まで見たことのないイルティナの姿に唖然とする狩夜。そんな狩夜の隣で「やっぱりこうなりましたか」とガエタノは呟く。


「あの、あれって……」


「ああ、気になさらないでください。あのお二人はいつもあんな感じですから。ただ……さすがに今回はイルティナ様も本気でご立腹のご様子。かく言う私も、この村を見捨てて逃げたジル殿に対して、少々怒っております。他の村民も同様でしょうなぁ」


「え、でも皆さん、さっきは歓迎して……」


「あれは物資と、都からの使者。開拓者に、危険を承知でここまでやってきた、開拓者志望の者たちを歓迎していただけですよ。別にジル殿を歓迎していたわけではございません。その証拠に――」


 ガエタノは、物資が満載された荷車を右手で指差した。そこでは非戦闘員――都からの使者と思われる四人による配給がすでに始まっており、ティールの村民たちが我先にと手を伸ばしている。誰一人として、ジルのことを気にかけている様子がない。


「ジル殿は悪人というわけではないのですが、いろいろと残念なのですよ。いや、戦士団・団長の息子というだけあり、実力はあります。ユグドラシル大陸でも指折りの戦闘力を持つ魔物、怪鳥ガーガーをテイムする運も有しております。ですが、昔から胆力がない。自分ではどうしようもない事態に直面するとすぐに逃げ出す。自分より少しでも強い相手からもすぐに逃げ出す。戦士団・団長の息子は、父親とは似ても似つかない小者だと、都では有名ですよ」


「え? それじゃ、あの金属装備は……」


 金属製の装備を持てるのは、王族、もしくは王族に認められるほどの功績を上げた、一部の者だけのはずだ。


「あれは、お父上である戦士団・団長のお古です。かの御仁は、いくつもの金属装備を陛下から授与された、本当に立派な御方なのですよ。子供のほうは……あれですが」


「でも、二つ名が……“七色の剣士”って……」


「ああ。それは親の七光りをもじった皮肉です」


「……」


 狩夜は右手で顔面を覆い、閉口した。


 今も聞こえてくる、イルティナのリンチ――もとい、お仕置きの音と、ジルの悲鳴。それらを聞き流しながら、狩夜は思った。自分は絶対、そんな不名誉な二つ名がつけられないようにしよう――と。


 ペシペシ


 顔を手で覆ったまま動かない狩夜に焦れたのか、レイラが狩夜の頭を叩いてきた。狩夜は顔から手を離し、視線を上に向ける。


 レイラは狩夜を見下ろしながら、左側の葉っぱをジルの方へと向けた。次いで「あの人は治療しなくていいの?」と視線で告げてくる。


 相方の魔物らしからぬ優しさに感動しつつ、狩夜は再びイルティナとジルの方へと視線を向けた。そして、苦笑いを浮かべながら、空気を読んでこう答える。


「あの人は……やめといたほうがいいかな」


 こう答えた直後、レイラは「そうなの? なんで?」と言いたげに首を傾げ、狩夜は慌てて顔を横に向けた。イルティナの背後に控えていたメナドと、不意に目が合ったからである。


 ――また、視線をそらしてしまった。


 狩夜は胸中でこう呟き、小さく溜息を吐く。そんな狩夜の動きには気づかずに、イルティナとジルを見つめながら、ガエタノがこう口を動かした。


「カリヤ殿、今の姫様をあまり見ないであげてください。頭に血が上り、相手がジル殿だからあのような言動をしておりますが、誓ってあれが姫様の本性というわけではありません。我々にとっては今さらですが、カリヤ殿に長々と見られるのは、姫様の本意ではありますまい」


「……」


 ガエタノの言葉に再度閉口する狩夜。確かに、今のイルティナの姿はあまり見ないほうがいいかもしれない。今後のイルティナを見る目が変わってしまいそうである。


 小さく頷いた後で踵を返し「えっと、それじゃあ僕は、今日も狩りがありますので、これで」と言い残して、狩夜はそそくさとその場を後にした。


 ごった返す村民の間を縫って、村の外に向けて歩を進める狩夜。そんな狩夜の背後から、こんな声が聞こえてくる。


「こうしてくれる! こうしてくれる! まだまだ許さんからなぁ!」


「うわぁあぁぁぁあぁん! 助けてママーーーー!」


 ジル・ジャンルオン。イルティナの婚約者にして、実に残念なイケメンであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 姫様ご乱心、という感じですが、これは仕方ない。。 [一言] ジル君よ、助けてママ、はさすがにどうかと思うよ。。
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