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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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027・壁の向こう側 上

「っし!」


 狩夜は、すぐ右隣を並走する猪型の魔物、ボアの首目掛け、右手のマタギ鉈を下から上へと切り上げた。


 一筋の銀光となったマタギ鉈は、ボアの首に埋没した後、切り上げた時の勢いそのままに振り切られる。


 狩夜はそこで走るのをやめ、ボアの動きを目で追った。ボアはその後もしばらく走り続けたが、ほどなくしてよろめき、転倒。首から大量出血しながら数秒間もがき、やがて事切れた。


「レイラ、回収よろしく」


 狩夜がこう口にすると、頭上で狩りを見守っていたレイラが動く。右手を突き出して蔓を出現させると、ボアの体を軽々と持ち上げ、口の中に丸ごと放り込こんだ。


 レイラの口の中にボアが消えたことを確認した狩夜は、速足でその場を離れた。ボアの血の匂いにつられてこの場にやってくるであろうベヒーボアとの遭遇を避けるためである。レイラの力を借りればどうとでもなるだろうが、それは今日の狩りの趣旨に反する。長居は無用だ。


 川から離れすぎるなというイルティナからの忠告。それを頭の片隅に常に置きつつ森の中を移動する狩夜。そして、足を動かしながらこう思う。


 すごい――と。


 人間の壁を破る。


 一と零では大違い。


 この言葉に嘘はなかった。ソウルポイントによって『筋力UP』『敏捷UP』『体力UP』『精神UP』の四項目すべてが強化された狩夜の身体能力は、一般人のそれを遥かに上回っている。


 時速五十キロで走ることが可能だという猪。そんな猪と森の中で並走できてしまっただけでも驚きなのに、疲れはほとんど感じていない。筋力にしてもそう。走りながらの切り上げという、かなり無理のある動きであったにもかかわらず、ボアの首をあっさりと切り裂いてしまった。どれもこれもが、昨日までの狩夜では逆立ちしても不可能だったはずの動きである。


 いや、昨日の時点で『体力』と『筋力』は一回ずつ強化されていたのだから、厳密にいえば可能ではあったはずだ。だが、脳がリミッターをかけていた。これ以上の動きをしては体が壊れてしまうという、人間が本能でかけているリミッターだ。それが、すべての項目を一回ずつ強化したことで外れたのだろう。そして、それこそが人間の壁を破るということなのだ。


 壁の向こう側は凄いの一言。もう弱い魔物、ラビスタやビッグワーム、ボアには脅威を感じない。デイリークエスト関連のこの三種以外にも、カタツムリ型のデンデンや、トカゲ型のフォレストリザードなども仕留めているが――やはり脅威とは感じなかった。レイラの力を借りなくても余裕で倒せる。


 開拓者になりたてで、まだハンドレットである狩夜でも楽勝。ならば、他の大多数の開拓者も同じことができるのが道理である。やはり、ユグドラシル大陸の魔物はかなり弱いようだ。


 この森の中に生息し、人間の壁を破った開拓者の脅威足りえる魔物は、主を覗けば恐らく五種。圧倒的巨体を誇る猪型のベヒーボアと、高い知能を持つ猿型のワイズマンモンキー。あとは、飛行能力と毒を持つという蝶型のポイズンバタフライと、蜂型グリーンビー。そして――


「……いた」


 今狩夜が見つけた、熊型のベアだけである。


 狩夜は、デイリークエストの最後のターゲットであり、力試しとしてはうってつけの相手であるベアの姿を見据えながら、風下から慎重に近づいた。


 森の中をノシノシと歩くベア。近づくにつれて再確認するその巨体に、狩夜は思わず息を飲む。


 正直、怖い。怖くてたまらない。当然である。森の中で熊と遭遇するなど、日本人にとっては悪夢でしかない。加えて、狩夜はマタギである祖父からも、熊の恐ろしさは幼いころより耳にタコができるほど聞かされているのだ。


 日本最強最大の陸上動物、それが熊。


 狩夜は、今からその熊を独力で狩ろうとしている。一般人には絶対にできないことを成し遂げ、自分は強くなったんだと自覚するために。


 手の平から汗が噴き出してくる。心臓が跳ねまわり、呼吸が乱れる。レイラが一方的に仕留めるところを見ているだけだった昨日とは、何もかもが別だった。世界そのものが違って見える。


 覚悟はとうにできていたはずなのに、実物を見たら気持ちが揺らいでしまった。だが、それも仕方ない。幼いころから刷り込まれた恐怖心は、そうやすやすと克服できるものではないのだ。


 何か切っ掛けが欲しい――と、狩夜は周囲に視線を巡らせた。そして、つい先ほど購入した水鉄砲が目に入る。


 マタギ鉈を地面に置き、狩夜は水鉄砲を手に取った。手作り感あふれる竹製の水鉄砲。その中には、魔物が嫌い、魂を浄化するマナが溶けたユグドラシル大陸の水が、たっぷりと詰まっている。


 水鉄砲を見つめながら、狩夜は胸中で「よし、これで」と呟いた。次いで水鉄砲の蓋を開け、森に乱立する大木の陰から上半身だけを出し、ベアに向けて水鉄砲を構える。


 そして――


「おらぁ! こっちだ毛玉野郎!」


 自らを鼓舞するかのようにあえて大声を出しながら、水鉄砲を発射した。


 狩夜の声に反応し、すぐさま顔を狩夜の方へと向けるベア。その顔面に――


「グルゥアァ!?」


 水鉄砲から発射された水が直撃する。次の瞬間には、黒い煙の様なものがベアの顔面から上がりはじめた。


 苦し気な鳴き声を上げ、両前足で顔面を覆いながら立ち上がるベア。上半身をがむしゃらに動かしながらたたらを踏み、今にも転びそうである。


 隙だらけなベアの姿を見据えながら、狩夜は意を決してマタギ鉈を再び手に取り、大木の陰から飛び出した。


 先ほどとは違い声を上げたりはしない。無言のまま全力で走り、苦しむベアとの距離を瞬く間に詰めていく。そして、無防備にさらされたベアの腹部目掛け――


「――ッ!!」


 マタギ鉈を、地面に対して水平に一閃する。


 肉を切り裂く確かな手ごたえと共に、マタギ鉈を振り抜く狩夜。致命傷を与えたと確信しながら、すぐさま距離を取り、ベアの両手が届く範囲から離脱する。


 次の瞬間――


「グルゥウアァアァァアァ!!」


 先ほどよりも遥かに大きい絶叫を上げるベア。そして、いまだに黒煙を上げ続ける顔面から両前足を放し、再び四足歩行の体勢を取る。次いで、凄まじい形相で狩夜を睨みつけてきた。逃げる様子は――ない。どうやらベアは、手負いのまま狩夜と戦うことを選択したようである。


 切り裂かれた腹部からは、夥しい量の血液に加え、内臓すらも重力に従って垂れ下がっていた。間違いなく致命傷。どのような治療を施そうと、あと数分の命だろう。


 ベアは、その数分という命をここで燃やし尽くし、狩夜に一矢報いようとしている。


 ここで狩夜は、祖父から教えられたある言葉を思い出し、小さく呟く。


「手負いの獣が、一番怖い」


 狩夜は、マタギ鉈を逆手に構えながらベアを見据え、全身に闘志を漲らせた。


 先ほどの一撃で吹っ切れたのか、もう恐怖は感じない。ただただ頭と心臓が熱かった。もう狩夜の目には、ベアの姿しか映っていない。


 そして、示し合せたかのように、狩夜とベアが同時に地面を蹴る。


 瞬時に詰まる距離。交錯する猛獣の爪と、鋼の刃。


 届いたのは――


「――っらあ!」


 鋼の刃の方だった。


 決死の覚悟で振るわれた猛獣の爪を掻い潜り、狩夜は銀閃を走らせた。ベアの右脇腹から臀部にかけて、一直線に深く鋭い傷が刻まれる。


 肉と骨だけでなく、いくつもの主要臓器を切り裂いたその一撃は、残り少ないベアの命を全て刈り取るのに、十分すぎる一撃であった。


 己の勝利を確信しつつ、戦った相手の最後を見届けようと、ベアへと向き直る狩夜。それと同時にベアは事切れ、その巨体を地面へと完全に横たえる。

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