024・ワイズマンモンキー 下
走り出すのが遅れて、その場に取り残される狩夜とレイラ。そして、ワイズマンモンキーの視線が狩夜に集中する。その視線には、純然たる殺意があった。
――ま・ず・い!
狩夜がそう思った瞬間、ワイズマンモンキーが一斉に腕を振りかぶり、躊躇なく振り抜いた。十数個の投石が狩夜に向かって飛来する。
大半は外れたが、三個が命中コース。しかも、うち一個が顔面直撃コースだった。
――やばい、死ぬ。
異様に長く感じる時間の中、狩夜が漠然とそう思った直後、拳大の石が顔面に直撃。
ワイズマンモンキーの頭部が、無残に歪んだ。
「え?」
頭部が変形したワイズマンモンキー三匹が、力なく地面に落下する光景を見つめながら、狩夜は間の抜けた声を漏らした。直後、視界の両端で揺れる、レイラの蔓の存在を確認する。
そう、レイラが蔓で投石を弾き、狩夜を守ったのだ。しかも、その弾いた三つの石で、三匹のワイズマンモンキーを仕留めたのである。
レイラは蔓を伸ばし、落下するワイズマンモンキーの死体が地面に着く前にキャッチ。次いで、頭上から肉食花を出現させ、そこにワイズマンモンキーの死体三つを放り込んだ。
肉食花でワイズマンモンキーを咀嚼しながら、頭上に布陣する群れを見据えるレイラ。一方のワイズマンモンキーたちは、不意の反撃に思考が追いついていないのか、呆然と狩夜とレイラを眺めている。
レイラは、その隙を見逃さない。
石の補給係をしている二匹のワイズマンモンキーに向けて、レイラは蔓を伸ばした。左右の蔓で補給係の眉間を貫き、二匹同時に絶命させる。
補給係が抱えていた無数の石が地面に向かって落下する中、レイラは蔓を動かし、補給係の死体を回収。肉食花の中へと放り込む。
レイラの動きは止まらない。右手の蔓を再度振るい、地面に対し水平に動かした。
今度のレイラの狙いは、ワイズマンモンキーが足場としている大径木。レイラの蔓がその幹に接触し、埋没。そのまま速度を落とすことなく通過し、突き抜けた。一瞬の静寂の後、大径木が他の木を巻き込みながら倒れ始める。
――レイラの奴、直径二メートル近い大径木を、あっさり切り倒しやがった!
愕然とする狩夜の視界の中で、ようやく我を取り戻したワイズマンモンキーたちが、一斉に動いた。倒れゆく大径木から我先にと離脱し、別の木々へと飛び移る。だが、全てのワイズマンモンキーが離脱を成功させたわけではない。三匹のワイズマンモンキーが離脱に失敗し、大径木に押し潰された。
数を減らしたワイズマンモンキーが、怒気をはらんだ視線で狩夜とレイラを睨みつける。だが、レイラはそんな視線を無視し、倒れた大径木に向けて蔓を伸ばし、潰れたワイズマンモンキー三匹を力ずくで引っ張り出し、回収。うち一匹にはまだ息があったが、レイラはかまわず肉食花の中へと放り込んだ。
追加された三匹を咀嚼しながら、レイラは視線を動かし、ワイズマンモンキーの群れを見つめる。そして――
「……(にたぁ)」
口裂け女のような顔で、凄惨に笑った。
直後、怒りに歪んでいたワイズマンモンキーの表情が、恐怖一色に染まる。そして、躊躇なく逃走を開始した。見事な引き際である。勝てない相手とは戦わないということだろう。やはり頭がいい。
ワイズマンモンキーの撤退を見届けたレイラは、頭上の肉食花を引込め、表情を元に戻した。すっかりデフォルト状態である。
――終わり……かな?
「はぁあぁ~」
狩夜は深々と息を吐き出し、硬直していた全身を弛緩させた。
また死にかけた。というか、レイラがいなかったら絶対に死んでいただろう。
正直、あんな高い所から投石で攻撃されたら、狩夜では打つ手がない。竹製の水鉄砲などでは絶対に届かないし、木をよじ登るなどは論外だ。有効な攻撃手段があるとすれば、せいぜい弓矢ぐらいなものだろう。もっとも、木の上を高速で移動するワイズマンモンキーに矢を当てるには、とんでもない技量が必要な上に、下手に傷をつけて血をまき散らしてしまうと、この森で最も警戒すべき魔物であるベヒーボアを呼び寄せてしまう。
「ワイズマンモンキー。厄介な魔物だなぁ」
魔物は常にこちらの土俵で戦ってくれるわけではない。その厳しい現実を、狩夜は先ほどの戦闘で嫌というほど味わった。
「ありがとね、レイラ」
狩夜はそう言って右手を頭上へと運び、レイラの頭を撫でてやる。レイラは嬉しそうに目を細め、狩夜の頭をペシペシ叩いてきた。
「カリヤ殿! ご無事ですか!」
退避していたガエタノが、大声を上げながら狩夜のもとへと駆け寄ってくる。それに少し遅れて、ティールの男衆も狩夜のもとへとやってきた。
「あ、皆さん。はい、とりあえず五体満足です」
「それはよかった。しかし、見事な戦いぶりでしたな! あのワイズマンモンキーをああも容易く撃退するとは! このガエタノ、感服いたしましたぞ!」
子供のように興奮しながら狩夜を褒め称えるガエタノ。狩夜としてはレイラに助けてもらっただけで何もしていないので、なんとも身につまされる展開である。
「さすがは村の救世主!」
「カリヤ殿がいれば、この村は安泰だな!」
ガエタノに負けじと他の男衆も狩夜を賞賛した。こうなってくると、狩夜としては愛想笑いを浮かべるしかない。
「お連れの魔物も凄かったですな! 前々から気になっていたのですが、それはいったいなんという魔物なのです?」
「えっと、マンドラゴラって名前の魔物です。僕はレイラって呼んでますけど」
「ほう、マンドラゴラ。初めて聞く名前です。ですが――なぜでしょうな。どこかで見たことがあるような気がするというか、親近感がわくというか……」
「え? それはどういう――」
「ドリアード様ですよ、ガエタノさん。レイラちゃんは、ドリアード様に似てるんすよ。だからそんな気がするんじゃないですかね」
狩夜の言葉を遮るように男衆の一人が声を上げ、その言葉にガエタノが「ああ、なるほど」と頷いた。
「そうか、ドリアード様か! なるほど、言われてみると確かに!」
他の男衆も同意見なのか「ほんとだ、よく見ると似ている」「そっくりだ」と声を上げた。
ドリアードとは、木の民が信仰する木精霊のことである。その精霊の姿が、どうやらレイラに似ているらしい。
「そんなに似ているんですか?」
「ええ、似ています。気になるようでしたら、後でイルティナ様に教典を見せてもらうのがよいかと。ドリアード様の姿絵が載っておりますので」
「これは偶然じゃないですよ、ガエタノさん。きっとドリアード様が、俺たちを助けるために、カリヤ殿とレイラちゃんをこの村に導いてくれたんですよ」
この言葉に他の男衆も沸き立った。そして「ドリアード様が俺たちを助けてくれたんだ」「ドリアード様は、封印された今も私たちを見てくれているんだ!」と声を上げる。
「あの、皆さん? ちょっと落ち着いて……」
狩夜が窘めるようにこう言うが。誰も聞いていない。
最終的には、男衆は両手を複雑な形に組みつつ、レイラに向けて頭を下げ始めた。そう、拝んでいるのである。
これにはさすがに狩夜の顔が引きつった。たまらずこう口を開く。
「み、皆さん、レイラを拝んでないで、早く柵を造りましょうよ! 木材だって沢山手に入ったんですから! ね!」
レイラが切り倒した大径木を指さし、狩夜は叫ぶ。直径二メートル、高さ三十メートルはあろうかという大径木だ。これだけで相当な量の木材を確保できたはずである。
狩夜の言葉に男衆は顔を上げ、視線を大径木へと集中させた。
「ふむ、確かにそうですな……しかし、これだけの大きさですと、加工どころか運ぶのも大仕事ですぞ」
どうしたものかと腕を組むガエタノ。確かにこれだけの大きさだと、運ぶのも、加工するのも一苦労である。チェーンソーも、電動鋸もない世界だ。こんな大径木、どうやって――
「って、簡単じゃん」
狩夜はこう呟いた後で、視線を上に向けた。次いでこう口を開く。
「レイラ、あの大径木、細かく切り分けてくれない?」
狩夜がこう口にした瞬間レイラが動いた。両手から蔓を伸ばし、高速でそれを振るう。
『おお!』
ティールの男衆が感嘆の声を漏らす中、瞬く間に切り刻まれていく大径木。見事なまでの拍子木切りだ。見上げるような大径木も、レイラからすれば大根と大差ないらしい。
「レイラちゃんすげぇ!」
「すぐさまティールは復興だ!」
やんややんやと声を上げる男衆を尻目に、黙々と大径木を切り分けていくレイラ。そんなレイラを頭に乗せながら、狩夜は思う。
【村の拡張】と【木材採取】のクエストもなんとかなりそうだ――と。