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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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023・ワイズマンモンキー 上

「よし、準備はいいな! 始めるぞ!」


 ガエタノの号令に、四人のキコリが『おう!』と返事をして、骨でできた斧を振りかぶる。


 この斧は、ユグドラシル大陸に稀に打ち上がる鯨や海竜の死体、その骨を加工して作られるものらしい。一般人でも購入可能だが、かなりの高級品であるとのことだ。


 その斧が、直径二十センチほどの、この森ではやや小振りな木に叩きつけられる。小気味の良い音が森に響いた。


 二本の木に二人ずつ配置されたキコリが、交互に斧を振るう。小気味の良い音が一定のリズムで刻まれ、木の幹が徐々に削られていった。


 そんな木の周囲には水鉄砲をかまえた六人の男衆がおり、鋭い視線を森へと向けている。彼らの中央にはティールの村から運んだ巨大な瓶が置かれており、マナを含んだ水が並々と湛えられていた。


「魔物発見! ラビスタです!」


 男衆の一人が叫ぶ。彼の視線を辿ると、確かにラビスタがいた。六メートルほど先の茂みの中から、斧を振るうキコリを睨みつけている。


「構えよし! 撃ちます!」


 発見した男衆が水鉄砲をかまえ、すぐさま発射。水鉄砲から放たれた水はラビスタの手前の地面に着弾し、地面を濡らす。すると、マナを嫌ったラビスタが、脱兎のごとく逃げ出した。森の草木に紛れ、あっという間に見えなくなってしまう。


「ラビスタ逃走! 見失いました!」


 水を放った男衆は大声でこう報告した後、巨大な瓶に水鉄砲を入れ、水を補充。再び周囲に視線を巡らせる。


「よーし、よくやった! 皆も聞け! 魔物を無理に倒す必要はないぞ! 森に追い返せばそれでいい!」


『はい!』


 ガエタノの言葉に大きな声で返事をする男衆。何度も繰り返された訓練の跡がうかがえるやり取りだ。


 ガエタノの統率は見事であり、全員から信頼られていることがよくわかる。魔物発見の報告がされた後、斧が木に叩きつけられる音が一切途切れることがなかったのがその証拠だ。


 優秀な指揮官に、高い士気と練度。そして信頼。狩夜の目には万全の布陣に見えた。


 これなら危険なことなんてないのではないか? と、狩夜が迂闊なことを考えた、その瞬間――


「っ! ガエタノさん! 遠方の木々から、一斉に鳥たちが飛び立ちました!」


 男衆の一人が、焦りを含んだ声でこう叫んだ。ガエタノを含むすべての人間に緊張が走り、斧から発せられていた小気味の良い音が初めて途切れる。


「まさか、もうこっちに気づきやがったのか!?」


「くそ! 作業を始めたばかりだってのに!」


「狼狽えるな! 警戒態勢!」


 ガエタノの号令に男衆が一斉に上を向き、水鉄砲をかまえた。キコリも斧を放り出し、水鉄砲を構える


 男衆の緊張と不安は狩夜にも伝染した。狩夜はしきりに周囲を見回す。


 ――いったいどうしたんだ? 何が起きている?


「魔物発見! ワイズマンモンキーです! 数多数!」


「くそ、やっぱりか!」


「作業中断! 全員構えろ! 対空戦闘用意! カリヤ殿もお気をつけて!」


 ――ワイズマンモンキー!? 魔物か!? というか対空戦闘!?


「きました!」


 男衆の一人がこう叫んだ直後、そいつらは狩夜たちの頭上に現れた。


 チンパンジーの様な顔をした、黒い毛並の猿である。手足が長く、両手をいっぱいに広げれば二メートル近くありそうだった。


「あれが、ワイズマンモンキー?」


 ワイズマンモンキーは、長い両手を器用に使い、森の木々を次々に飛び移りながら、高速で狩夜たちに近づいてくる。しかも数が多い。十匹以上は確実だろう。


 この辺りで一番の大径木。その枝、高さにして二十メートルはありそうな場所から、ワイズマンモンキーの群れが狩夜たちを見下ろしている。あっという間に頭上が制圧されてしまった。


 一匹のワイズマンモンキーが「キーキー」と、耳障りな鳴き声を上げながら狩夜たちを指さしてくる。ずいぶんと興奮――いや、怒っているようだ。


「縄張りの木を少し傷つけただけでこれか。相変わらずだな」


 ガエタノが小さく呟く。どうやらワイズマンモンキーは、縄張りの木を傷つけられることを酷く嫌うらしい。


「が、ガエタノさん……」


「数が多すぎる……か。全員、村まで後退。だが、背中は見せるなよ。敵の目を見ながら、ゆっくりと後退だ」


 ワイズマンモンキーを刺激しないように、小声で後退を宣言するガエタノ。男衆は一斉に頷き、すり足でゆっくりと後退を始めた。狩夜も異論は挟まず、後ろ歩きでゆっくりと後退。気分的には、森の中で熊と遭遇した時のそれだった。


 徐々にだが、確実に広がるワイズマンモンキーとの距離。だがワイズマンモンキーは、狩夜たちの撤退を黙って見過ごしはしなかった。


 一匹のワイズマンモンキーが、右手を豪快に振りかぶる。そして、その直後――


「うわ!?」


「ひぃ!」


 地面の一部が、轟音と共に爆発した。


 巻き上がる砂埃。その中心には、地面にめり込む拳大の石の姿があった。


 狩夜は叫ぶ。


「投石!?」


 凄まじい投石であった。速度が半端じゃない。狩夜が学校の球技大会で体験した、野球部のエースより速かった。あんなのにもし当たりでもしたら、普通に重傷。最悪即死である。


 狩夜と、ガエタノ、男衆の間に戦慄が走った。


「ちくしょう! いつもいつも邪魔しやがって、猿どもが!」


 キコリの一人がワイズマンモンキーを憎々しげに睨み、悪態をつく。どうやらこのような妨害は、一度や二度じゃないらしい。


 生唾を飲む狩夜。そして、この作業が命懸けであるということを再確認した。いくら対策を立てても足りないくらいである。開拓者ギルドに依頼がいくのも納得であった。


「キキャァアァァ!」


 先ほど投石をしたワイズマンモンキーが、甲高い雄叫びを上げた。それを合図にしたかのように、頭上のワイズマンモンキーの群れが一斉に投石を開始する。


 最初の一匹ほどの速度はなかったが、十分に人間を殺傷しうる攻撃が狩夜たちに降り注ぐ。ただ、コントロールは悪いようで、投石に命中した者はまだいない。だが、死傷者が出るのは時間の問題だろう。しかもワイズマンモンキーの群れの中には石を大量に抱えた補給係が二匹おり、そいつらが他の猿に石を手渡しているので、弾切れの気配がまるでない。


 ワイズマン。賢者という名前だけあって、頭もいいようであった。


「くそったれがぁ!」


 やられっぱなしでたまるかと、先ほど悪態をついたキコリが前に出た。次いで水鉄砲を構え、ワイズマンモンキー目がけ水を発射する。しかし――


「きゃっきゃ!」


 届かない。射程が絶対的に不足していた。水鉄砲から発射された水は道のりの半ばで失速し、地面と木の幹を濡らすだけに終わる。それを見たワイズマンモンキーが「無様、無様」と言いたげに、男衆を見下ろしながら笑い声を上げた。


「畜生! 馬鹿にしやがって! 弓矢さえ使えればてめーらなんかなぁ!」


「馬鹿野郎! 下手に傷をつけたら、もっと厄介なベヒーボアがくるだけだろうが!」


「くそ、撤退だ! 全速後退! カリヤ殿も!」


 ガエタノがこう叫ぶと、男衆が我先にと逃げ出した。大きな瓶も、高級品である斧もその場で放棄し、すり足をやめて走り出す。


 逃げ遅れたのは――


「うえ!?」


 一緒に訓練をしていない狩夜だけだった。

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