019・クエストと階級 上
「今すぐ受けられる依頼は、他に何かありますか?」
新規開拓者の殆どが登録した直後にクリアするであろう【初めてのパーティメンバー】と【パーティ完成!】の依頼。その攻略を後回しにした狩夜は、他の新規開拓者と比べて資金的に不利な状況でのスタートとなる。こなせる依頼があるのなら、それらを早急にこなしてお金を稼がねばならない。
開拓者になった直後にこの手の質問をする人は他にも多いのか、タミーはすぐさま五枚の依頼カードをカウンターの上に並べてくれた。次いで、営業スマイルと共に口を開く。
「ございますよ。初心者向けですと、この辺りがおすすめです」
「えっと――」
依頼名【ラビスタ狩り】
依頼者・開拓者ギルド
内容・可愛い顔の憎い奴、ラビスタを三匹倒して、開拓者ギルドまで死体を持って来よう。可愛いからって油断していると痛い目を見るぞ! しっかり血抜きをすれば報酬アップだ!
報酬・50ラビス。
依頼名【害虫駆除】
依頼者・開拓者ギルド
内容・農民の敵、ビッグワームを五匹倒して、その触角を持ち帰ろう。ちなみに正式名称はポイズンバタフライの幼虫。成虫になる前に叩け!
報酬・50ラビス。
依頼名【ボア狩り】
依頼者・開拓者ギルド
内容・森の大食漢、ボアを一頭倒して、開拓者ギルドまで死体を持って来よう。しっかり血抜きをすれば報酬アップだ! 毛皮に傷が少ないと更にアップ!
報酬・100ラビス
依頼名【ベア狩り】
依頼者・開拓者ギルド
内容・森の暴れん坊、ベアを一頭倒して、開拓者ギルドまで死体を持って来よう。しっかり血抜きをすれば報酬アップだ! 毛皮に傷が少ないと更にアップ!
報酬・300ラビス
依頼名【薬草採取】
依頼者・開拓者ギルド
内容・草原や森の中に自生する薬草を採取し、開拓者ギルドまで持って来よう。量が多ければ多いほど報酬アップだ。薬草は道具屋で調合されて回復薬になり、君の開拓を助けてくれるぞ!
報酬・出来高払い
「ふむふむ、なるほど」
確かに初心者向けといった感じの内容である。何気に食料に関係する依頼が多い。住人の食糧確保も開拓者の仕事ということだろう。
道具屋もあるらしい。回復薬とやらが気になるので「後日顔を出すべし!」と、狩夜は心のメモ帳に記入した。
「これらの依頼は、我ら開拓者ギルドからの依頼であり、いつでも、何度でも受けることができます。ただし、報酬を受け取った次の日にならなければ、同じ依頼を受けることはできません。ご了承ください」
「わかりました」
ようは、デイリークエストということらしい。
「他には、町人や農民、商人といった方々からの依頼もございます。こちらは中級者向けが多く、毎日あるとも限りません。報酬は早い者勝ちで、内容は様々ですね」
タミーは、更に五枚のカードを取り出し、カウンターの上に並べた。
依頼名【村の拡張】
依頼者・イルティナ・ブラン・ウルズ
内容・ティールの村周辺の木々を切り倒し、村を拡張せよ。依頼を受ける時は【木材採取】とのセットがお得。この森では木を切るのも命懸け。油断はダメ、絶対。
報酬・出来高払い。
依頼名【木材採取】
依頼者・イルティナ・ブラン・ウルズ
内容・民家や防護柵を造るための材料が不足している。村の周囲の木々を切り倒し、木材を手に入れろ。依頼を受ける時は【村の拡張】とのセットがお得。この森では木を切るのも命懸け。油断はダメ、絶対。
報酬・出来高払い。
依頼名【スライム捕獲】
依頼者・イルティナ・ブラン・ウルズ
内容・スライムを二匹捕獲し、開拓者ギルドまで持って来よう。生け捕りは想像以上に難しい。スライムとはいえ油断するな。
報酬・500ラビス。
依頼名【新人殺しを討て!】
依頼者・開拓者ギルド
内容・新人殺しと名高いベヒーボアを一頭倒し、開拓者ギルドまで死体を持って来よう。しっかり血抜きをすれば報酬アップだ! 毛皮に傷が少ないと、更にアップ!
報酬・500ラビス。
依頼名【グリーンビーの巣の駆除】
依頼者・イルティナ・ブラン・ウルズ
内容・巨大なグリーンビーの巣を発見。放置すると大変危険。早急に駆除しよう。ソウルポイントも大量ゲットだ!
報酬・3000ラビス。
「確かに、ちょっと厳しそうですね」
というか、イルティナからの依頼ばっかりであった。本当に人手不足であるらしい。
「はい。特に、グリーンビーの巣の駆除などは大変危険です。参考にと一応お見せしましたが、今のカリヤ様にはおすすめできません」
「ですね、自分でもそう思います」
今は弱い魔物を多く倒して、ソウルポイントとお金を地道に貯めることが肝要だ。レイラがいくら強くても、狩夜が弱いままでは話にならない。当面の間は近隣の森で狩りに勤しむべきだろう。安全第一だ。
「ベヒーボアってどんな魔物なんです?」
新人殺しとはまた、随分と物騒な二つ名である。狩夜も新人である以上、他人事ではない。
狩夜が真剣な口調で尋ねると、タミーは両目をキラリと光らせた。そして、どこか重くるしい口調で説明を開始する。
「はい。ベヒーボアというは、このティール周辺の森に生息する魔物の中で、最も警戒すべき魔物のことです。黒い毛並の猪型の魔物で、血の匂いにとても敏感なのです」
タミーの説明に、ああ、あれか――と、この世界にきて早々に襲われた、漆黒の四足獣を思い浮かべる狩夜。あの四足獣は、そのベヒーボアとやらが主化したものに違いない。襲われた原因は、ラビスタの血の匂いだろう。
「倒した魔物の死体を惜しんで持ち歩いたり、解体に手間取ったりしたハンドレットの開拓者が襲われ、毎年多数の犠牲者が出ております。今年もその例に漏れず、すでに多くの犠牲者が……」
タミーの懇切丁寧な解説に、狩夜は「なるほど」と声を漏らしながら頷いた。
やはりあの四足獣は、かなりやばい魔物だったらしい。もしレイラがいなければ、狩夜もその犠牲者とやらに仲間入りしていたに違いない。
「ついた仇名が新人殺し。カリヤ様も、ベヒーボアには十分お気をつけください。近隣の森では、水辺以外では魔物の解体をしないほうがよろしいでしょう」
「マナが豊富な水辺なら、ベヒーボアも寄りつかないってことですよね?」
これはベヒーボアだけでなく、イスミンスールに生息するすべての魔物に当てはまる基本知識である。ずっと川沿いを歩いていた昨日、狩夜が一度も魔物と遭遇しなかったのがその証拠だ。
水辺は安全。魔物に襲われたら水に飛び込め。この世界の人間は、そう言い聞かされて育つのだとか。そして、ユグドラシル大陸に存在するすべての町、村は、湖や泉といった、水辺の傍に造られるという。
「その通りです。カリヤ様も、当面は水辺から離れすぎないように行動するのがよろしいかと。危険を感じたら、迷わず水の中に飛び込んでください。それで大抵の危機は乗り切れます。マナには傷を癒す効果もありますから、大怪我をしていても大丈夫ですので」
タミーの言葉に目を丸くする狩夜。次いで思う。
――傷まで治るのか!? マナって本当にすごい。この大陸の水すべてが、回復アイテムみたいなものじゃないか!
「わかりました、ベヒーボアには特に注意したいと思います。それで、これが中級というと、上級にはいったいどんな依頼が?」
「お見せするのはかまいませんが……」
タミーは、不安げな視線を狩夜に向ける。それを受けて、狩夜は苦笑いで口を開いた。
「見るだけですよ」
「そうしてください。私の権限では、止めることはできても、拒否することはできないのです」
安堵の息を吐きながら、タミーは一枚の依頼カードを取り出した。