018・開拓者ギルド 下
「そういえば、随分と人が少ないですが、いつもこれくらい――なわけないですよね?」
狩夜は、右手で羽ペンを動かしながら口を開き、ずっと気になっていたことを質問した。するとタミーは「まさか」と言いたげ首を左右に振り、次いで口を動かす。
「いえ、今日は特別です。以前はこの村を拠点とする大勢の開拓者と、開拓者志望の方々がギルド内にひしめき、賑わっていたのですが、あの奇病のせいで……」
「やっぱり、そうですか」
「もちろん、この村の住人にも開拓者志望の方はいらっしゃいます。ですが、今日はティールの今後ついて話し合う会議がありますので、しばらくは誰もこないかと。私以外のギルド職員も、その会議に呼ばれておりますし」
「あ、だからタミーさん一人なんですね。タミーさんはいいんですか、会議?」
「私はティールの村民ではなく、都からの出張扱いですから。村の今後について口を出す権利はございません」
「なるほど」
だから会議に出席しないのか。そう胸中で呟きながら、狩夜は次なる質問を口にする。
「あの、さっきの説明を聞く限り、開拓者ギルドは多額の税金が投入されている公的な支援機関……ですよね? でも、ギルドは同業者組合を意味する言葉。ちょっと違和感ありません?」
「ああ、それは昔の名残ですよ。開拓者という職業が制定される以前に魔物のテイムに成功した人間は、魔物と仲良くする変人、奇人扱いされ、迫害されていた時期があるのです。それら人間たちが自衛のために集まり、ソウルポイントで強化された身体能力を生かそうと、何でも屋をはじめました。時間がたつにつれ数を増やし、国の至るところにできたその何でも屋は、繋がりを強めようとギルドを結成。今ある開拓者ギルドの前身となったのです」
「へえ、迫害に、何でも屋ですか」
魔物は、イスミンスールに生きる全人類共通の敵。テイムという現象を知らずに魔物と仲良くしている人間を見つけたら、大多数の人間は色眼鏡で見るだろう。
そういう意味では、狩夜はいい時期にこの世界にきたのかもしれない。
国がソウルポイントの存在を公にして、開拓者という職業が制定された今、魔物のテイムに成功した人間は、迫害されるどころか、引く手あまたの大人気なのだから。
ギルドという呼称は昔の名残。聞きたいことを聞き終え、その答えに納得した狩夜は、黙々と羽ペンを動かした。そして――
「よし、書けた」
この言葉と共に登録用紙を書き終える。次いで、それをタミーへと差し出した。
「これでいいですか?」
「確認します、少々お待ちください。えっと……はい、大丈夫です。この瞬間、カリヤ・マタギ様は正式に開拓者となりました。我々開拓者ギルド職員一同は、貴方様を心より歓迎いたします」
タミーはそう言って頭を下げた後、笑顔で拍手をしてくれた。なんだか気恥ずかしい。
「これがカリヤ様のギルドカードになります。再発行の際には100ラビスの手数料が発生しますので、なくさないようご注意ください」
「はい」
狩夜は、世界樹を模したマークが焼印された木製のカードを受け取った。表の看板にも描かれていた世界樹の絵。これが開拓者ギルドのシンボルマークなのだろう。
ギルドカード。開拓者である証。
これで狩夜も開拓者である。まさか十四で就職するはめになるとは思わなかった。なんだか感慨深い。
受け取ったばかりのギルドカードを眺めながら、物思いに耽る狩夜。そんな狩夜に向かって、タミーは小さな布袋を差し出してきた。次いで、こう口を開く。
「こちらが魔物をテイムした新規開拓者全員に支払われる支援金、1000ラビスになります。お受取りください」
「え、支援金?」
狩夜はギルドカードから視線を外し、タミーの顔を見つめた。そして、困惑気味にこう尋ねる
「も、貰っていいんですか?」
「はい、もちろんです。こちらの支援金を活用し、開拓の準備を整えてください」
「あ、ありがとうございます! 助かります!」
自立することが当面の目標である狩夜にとって、これほどありがたいことはない。1000ラビスにどれほどの価値があるのかはいまだ不明だが、国が後押しする仕事の支援金というぐらいだ、一度や二度の食事で消し飛ぶ額ということはないだろう。
嬉々としてタミーから布袋を受け取る狩夜。そんな狩夜に対し、タミーが驚きの言葉を口にする。
「では、早速ではありますが、我々開拓者ギルドは、開拓者カリヤ・マタギ様に、あるクエストを依頼したいと思います」
「え!? いきなりクエストですか!?」
かなりの急展開に、思わず体を強張らせてしまう狩夜。そんな狩夜を見つめながら、タミーは安心させるように微笑んだ。
「そんなに身構えないでください。町の中で完結する、とても簡単な依頼ですから。依頼内容はこちらです」
そう言いながら、タミーは木製のカードを二枚差し出してくる。大きさはハガキサイズで、厚さは5ミリほど。
狩夜はそれを受け取り、そのカードに書かれた依頼内容に目を通す。
依頼名【初めてのパーティメンバー】
依頼者・開拓者ギルド
内容・誰とでもいいからパーティを組んで、その人を開拓者ギルドに連れて来よう。
報酬・1000ラビス。
依頼名・【パーティ完成!】
依頼者・開拓者ギルド
内容・テイムした魔物の限界人数までパーティを組み、開拓者ギルドにその全員を連れて来よう。
報酬・10000ラビス。
「魔物をテイムした開拓者には、随分と美味しい特典があるんですね」
渡された依頼カードに目を通しながら、狩夜は言う。
これは、魔物をテイムして開拓者になった人間には、12000ラビスもの支援金が支給されることと、ほぼ同義である。なにせ、パーティを組むだけなら危険がない。
ソーシャルゲームのチュートリアルを彷彿させる、実に簡単な依頼だが、開拓者ギルドとしては、多少お金を払ってでも新規登録者にはパーティを早急に組んでもらい、生存率を上げつつ、開拓者の人数を少しでも増やしてほしいというのが本音なのだろう。
「我々開拓者ギルドは、これくらいの優遇処置は当然と考えます。魔物のテイムには命の危険が伴うのですから」
「まあ、そう言われれば確かに……」
要するに危険手当である。それに、人類の版図拡大のためには、これくらいの資金援助は惜しまないということだろう。
「それで、いかがでしょう? 今すぐにこちらの依頼をこなし、大金を手に入れてみては?」
期待に満ちた視線を狩夜に向けるタミー。やはり、今は一人でも多く開拓者が欲しいようだ。
「普段なら、開拓者志望の方々から選び放題なのですが……」
タミーは、自らの職場をぐるりと見渡した。狩夜もそれに釣られ、開拓者ギルド内部を見回してみる。
異世界なのに、閑古鳥の鳴き声が聞こえてきそうな有様だ。見事に誰もいない。どうやら狩夜は。他の新規開拓者と比べ、パーティメンバー探しに少し苦労することになりそうである。
まあ、それでもいいか――と、狩夜は思った。なにせ狩夜は異世界人。パーティメンバーは慎重に選んだ方がいいだろう。お金は欲しいが、それはそれ、これはこれである。目先のお金に目がくらみ、本当に大切なことを見失ってはいけない。
「どうします? お昼過ぎになれば、開拓者志望の方々もやってくると思いますが?」
タミーのこの言葉に、狩夜はゆっくりと首を左右に振った。次いでこう口にする。
「すみません。パーティメンバーは、よく考えてから決めようと思います」
狩夜は、タミーに依頼カードを返しながら言う。しかし、タミーは依頼カードを受け取らなかった。右手を立てて返却を拒否し、こう口を開く。
「カリヤ様のお気持ちはわかりました。ですが、依頼カードはそのままお持ちください。カリヤ様のパーティメンバーが決まりましたら、その時に提出してくだされば結構です。ティール以外の開拓者ギルドでも、報酬は受け取れますので」
「……わかりました。もらっておきます」
狩夜は【初めてのパーティメンバー】と【パーティ完成!】の依頼カードをポケットの中に入れた。