016・異世界のお金と金属事情 下
「で、カリヤ殿はこの後どうするつもりだ? 私は村民を一堂に集め、今後のことを話し合うつもりだが」
「あ、そのことなんですけど、レイラと一緒に魔物狩りにいこうかと思います」
狩夜は、部屋の隅でラタトクスとにらめっこをしているレイラを一瞥してから言う。一見仲良くしているように見えるが、ふとした切っ掛けでレイラがケージごとラタトクスを食べてしまうのではないかと、正直不安であった。
「ほう、狩りか」
「はい。イルティナ様に養われているだけでは心苦しいので……それで相談なのですが、僕たちが狩った魔物の肉を、また買い取っていただけないでしょうか? 僕にはお金が必要なんです。きちんと自立したいですし……」
イルティナは「一生ここにいてくれてもかまわないぞ」と言ってくれたが、それを真に受けてずっと居座るわけにはいかない。お金と情報、そして知識を集めて、いつかは自立しなければならないのだ。
狩夜の言葉を聞いたイルティナは、右手を口元に当てて考えるそぶりをする。次いで、こう言葉を発した。
「ふむ……つまりカリヤ殿は、魔物狩りで生計を立てたいと言うのだな?」
「はい。御迷惑でなければ、ぜひ」
「迷惑? はは、まさか! そのようなことを思うはずがない。カリヤ殿が魔物を狩ってくれれば、ティール周辺の魔物が減り、食料は増える。願ったり叶ったりだ。しかし、そういうことならもっと良い方法があるな」
ここでイルティナは若干身を乗り出し、こう言葉を続けた。
「カリヤ殿。君は開拓者になるべきだ」
開拓者。イルティナの口から飛び出したその言葉に、狩夜は若干息を飲む。その言葉が何を意味するのかを、狩夜はすでに知っているからだ。
魔物をテイムし、ソウルポイントで自身を鍛え、魔物に奪われた大地を人類の手に取り戻し、開拓する。それが開拓者という職業だ。猟師や、食肉生産者とはわけが違う。死と隣り合わせの、過酷な職業なのである。
開拓者という仕事の過酷さに、内心ビビリまくりの狩夜。そんな狩夜に対し、イルティナは言う。
「昨日の夜も、白い部屋にはいけたのだろう?」
「あ、はい」
探るような視線向けるイルティナに、狩夜は肯定の言葉を返す。
昨日の夜も、一昨日と同じく白い部屋の夢を見た。ソウルポイントが0だったので、何一つ強化できなかったが、意味はあった。これで、一つの事柄がはっきりしたのである。
狩夜がレイラを――マンドラゴラという魔物をテイムしているということ。そしてこれは、叉鬼狩夜という人間が、開拓者になる資格を有していることを意味する。
「開拓者ギルドには、魔物狩りをはじめとした様々なクエストが日々発注される。それらクエストをこなしていけば、生活費は十分に稼げるだろう。それに、異世界人であるカリヤ殿にこう言うの心苦しいが……現状この世界では、魔物をテイムできた人間は、開拓者になることが半ば義務となっている」
「義務……ですか?」
「そうだ。今は大開拓時代。魔物に奪われた大地を人の手に取り戻すのだ! と、皆が声を張り上げる時代だ。魔物がテイムできたのに開拓者にならない者は、恥知らず、臆病者と、白い目で見られてしまう。たとえ王族であろうとも――な」
「そんな理不尽な!」
「申し訳ないが事実だ。もちろん、ティールの村民はカリヤ殿をそんな目で見たりはしないだろう。だが、この村が奇病から解放されたことは、昨日の通信で都に伝わっている。じきに商人や開拓者、開拓者志望の者たちが、この村にやってくるだろう」
開拓者にならなければ、その者たちから白い目で見られることになる。遠回しではあるが、イルティナは狩夜にそう明言した。
職業選択の自由は、異世界では通用しないらしい。まあ、魔物狩りのクエストがあるのなら、狩夜のやることは大して変わらないだろう。肩書が猟師か、開拓者かの違いだけである。
開拓者になるのは正直怖い。だけど、不特定多数の人間に白い目で見られたり、陰口をたたかれるのはもっと怖い。法的保護のない異世界ならばなおさらだ。
狩夜は「よし、決めた!」と頷いた後、イルティナの目を真っ直ぐに見つめ、次のように宣言する。
「わかりました。僕、開拓者になります!」
「そうか。カリヤ殿がそう言ってくれると、私も助かる」
「助かる?」
「あの奇病のせいで、私とメナド以外の開拓者が村を出ていってしまったのでな。この村は現在、深刻な開拓者不足なのだ」
苦笑いを浮かべ「カリヤ殿が開拓者になってくれて、本当に助かる」とイルティナは言う。
「はあ、なるほど……それで、開拓者ってどんなことをするんです?」
「それは開拓者ギルドで聞いてくれ。登録の際に、ギルド職員が説明してくれるだろう」
「そうですか。なら、早速いってみようと思います」
狩夜はそう言いながら席を立ち、レイラのほうへと視線を向ける。
「レイラ、いくよ」
狩夜の言葉を聞いたレイラは、すぐさまラタトクスとのにらめっこを切り上げ、たどたどしい足取りで狩夜の方へと歩き出した。正直遅い。
まどろっこしく感じた狩夜は、自分からレイラに近づき、両手で抱え上げ、定位置である頭上へと運ぶ。すると、レイラは嬉しそうにはしゃぎ、ペシペシと狩夜の頭を叩いてきた。
テイムという事象を知り、その確たる証拠を見たためか、狩夜のレイラに対する警戒心はかなり薄れている。狩夜を異世界に引きずり込んだことを許したわけではないが、それを踏まえつつも、レイラとうまくやっていければいいな――と、狩夜は考えていた。
「それじゃ、いってきます」
イルティナとメナドにこう言い残し、狩夜はレイラと共に出入り口へと向かう。
「いってらっしゃいませ、カリヤ様」
「ああ、いってこい。開拓者ギルドは、村の入口から見てすぐ右側の建物だぞ」
「はい。わかりました」
口を動かしながら引き戸を開け、狩夜は家の外へと足を踏み出した。
目指すは大開拓時代を支える重要機関。開拓者ギルドである。