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158・魔草三剣・葉々斬 下

「?」


 何が起こったのかわからないのか、全身を硬直させる怪物。が、一方の狩夜は止まらない。自身の左右で動きを止めている怪物の首目掛けて、葉々斬を振り下ろした。


 地面に対し垂直に、円を描くように振り抜かれた葉々斬は、一振りで怪物の首二本を切断する。再生する様子は――ない。どうやら傷口を焼く必要はなさそうだ。


「まず二つ」


 本体から切り離された首をその場に残し、狩夜は再び駆け出した。狙いは一つ。戦闘を他の首に任せて高みの見物を決め込んでいる、怪物の本体ともいうべき中央の首。


『シャァアァァアァァアァ!!』


 弓から放たれた矢のように近づいて来る狩夜に向けて、渾身の威嚇を披露しつつ、更なる首を差し向ける怪物。しかし、焦りと恐怖から繰り出されたその首の動きは、明らかに精彩を欠いており、容易に見切ることができた。その首もまた葉々斬で切り飛ばし、狩夜は尚も走り続ける。


「ちょ、なに!? 叉鬼狩夜ってこんなに強かったわけ!? まじぱないし!」


「いや、叉鬼殿の身体能力と技量では、あのような芸当は本来不可能だ! あの剣になんらかの絡繰りがあるはず!」


 獅子奮迅の戦いをぶりを披露する狩夜の姿を目の当たりにして、牡丹と矢萩が叫んだ。そして、矢萩の推測は正しい。これは狩夜ではなく葉々斬の、勇者であるレイラの力だ。狩夜はそれを一時的に借りているにすぎない。


 稲刈りを経験したことのある人はご存じだろうが、稲の葉の縁には、ときに人間の皮膚をも切り裂く鋭い棘が並んでいる。この棘は稲の細胞の一つであり、硝子とほぼ同じ成分で構成されている。


 プラント・オパール。


 土中にある珪酸という物質を根から吸収し、特定の細胞にため込む事で形成されるこの物質を、葉の筋や表面に並べることで、イネ科の植物は丈夫で乾燥に強い体を作り上げ、草食動物や昆虫から身を守っているのだ。


 マンドラゴラであり、世界樹の種を内包するレイラが形成したプラント・オパールの硬度は凄まじく、どれほどの衝撃を与えてもまったく変形しない。葉々斬の刀身には、このプラント・オパールによって作られた棘が鋸の歯のように配置されており、高速振動を絶えず繰り返している。


 それだけではない、刀身に走る葉脈の中には純度の高いマナが流れており、葉脈に沿って配置された無数の気孔から周囲に放出されている。そのため、刀身に触れた魔物の体を瞬時に弱体化させ、その防御力を著しく低下させることができるのだ。この現象は、相手がマナを絶対の弱点とする魔物である限り、決して逃れることはできない。


 植物であるレイラだからこそ完成させることができた、対魔物用高周波ブレード。それが葉々斬の正体である。多種多様な攻撃手段を有するレイラであるが、葉々斬の攻撃力は、その中でも間違いなくトップクラスだ。鋼鉄並みの強度を持つ魔物の外骨格を、容易に切断するほどの切れ味を誇る。


 何より一番の利点は、その驚異的な攻撃力を、狩夜に付加することができるという点だ。


 聖獣との戦いで、狩夜は自身の力不足を痛感した。それと同時に、レイラの万能性の限界を知る。


 いかにレイラといえど、攻撃と防御を同時かつ完璧にこなすのは不可能だ。連綿と続く攻防の中で、どうしても意識にほころびが出てしまう。足手纏いである狩夜を守りながらでは尚更だ。


 だが、狩夜に葉々斬を、レイラが有する最高峰の攻撃手段を譲渡すれば、レイラは攻撃を狩夜に任せ、防御だけに集中できる。一方の狩夜は、防御をレイラに任せ葉々斬を、一時的に狩り受けた勇者の力を思うがままに振るえばいい。


 負けた。悔しかった。だから考えた。


 あの害獣どもを駆除するために、人間が持つ最強の武器を行使し続けた。


 考えて、考えて、出した答えがこの葉々斬であり、魔草三剣だ。


 これがあれば、狩夜はレイラと共に戦える。力になれる。


 その事実と喜びを胸に、狩夜は走った。


「うおぉぉおぉおぉ!」


 雄叫びと共に、狩夜は六つ目となる怪物の首を切り飛ばす。そして、本命である中央の首目掛けて突進した。


 どれほどの猛攻を前にしても、狩夜は一歩も止まらない。その進路を、一度とて譲らない。そんな狩夜を前にして、ついに怪物の心が折れた。狩夜に背中を向け、横穴の中に引き返していく。


 要は、逃げたのだ。


 テンサウザンド級の魔物が、サウザンドの開拓者を相手に負けを認め、全力で逃走を開始する。


 そんな怪物を見つめながら、狩夜は不敵に笑った。


 どうやらあの怪物は、ここでの穴倉生活が長すぎたらしい。戦場でも野生でも、不用意に背中を晒せばどうなるか、すっかり忘れてしまったようだ。


 葉々斬を豪快に振りかぶりながら、狩夜は小声で呟く。

 

「伸びろ」


 次の瞬間、葉々斬の刀身が何倍にも延長した。葉々斬は剣を模した植物であり、レイラの体の一部。ゆえに、その刀身は自在に伸縮する。


 何倍にも延長した葉々斬を、中央の首目掛けて躊躇なく横薙ぎに振るう狩夜。そして、残った五本の首、その全てを一太刀で切り飛ばしながら、言う。


「二人揃えば無敵を目指してるんだ。お前なんかに、止められるものかよ」


 中央の首が地面に落下し、動かなくなるのを見届けた狩夜は、ちり紙をゴミ箱に捨てるかのような気軽さで葉々斬を真上に放り投げた。狩夜の手から離れた葉々斬を、レイラはすぐさま回収し、それと同時に体から出していた蔓も収納。次いで、狩夜の背中から離れる。


 地下空間に自らの足で降り立ったレイラは、頭上には肉食花を、両手からは蔓を出現させ、周囲に散乱している怪物の死骸の回収を始めた。それらを蔓で器用に絡めとり、肉食花の中へと順次放り込んでいく。


 相も変わらず豪快な食事風景であった。暴食に耽るレイラを、矢萩が興味深げに、牡丹がドン引きした様子で眺める中、青葉が歩いて狩夜に近づいてくる。


「御手並みしかと拝見。やはり狩夜殿は、類まれなる益荒男でありました。姉が語り、ボクが憧れた通りの――いえ、それ以上の力を、狩夜殿は有しておられます」


 ここで言葉を区切った青葉は、狩夜と正面から向き合い、その目を真っ直ぐに見つめてきた。狩夜もまた、そんな青葉の目を真っ直ぐに見つめ返す。


「きっと狩夜殿は、その力で先ほど語った目的の場所へと邁進するのでしょうね。そして、それは誰であろうと止めることはできない……それを理解した上で、今一度願います。この国を謀反人から守るために、狩夜殿の力を貸してはいただけませんでしょうか!? どうか我らに御助力を!」


「……」


 この青葉の願いに、狩夜はどうしようかなと思考を巡らせようとして――やめた。


 そうだ、考えるまでもない。休憩と食事、それ以外の時間のすべてを目的達成のために費やす。狩夜はそう心に決めているのだ。


 だから――


「いいよ、やるよ。鹿角青葉殿からの救国の依頼、この叉鬼狩夜が請け負った!」


 ここで青葉と真央を見捨て、カルマブディス・ロートパゴイを放置したら、明日食う飯が不味そうだ。安眠だってできそうにない。


 だから、やる。カルマブディス・ロートパゴイの野望を完膚なきまでに叩き潰し、このフヴェルゲルミル帝国を救ってみせる。


 狩夜は、レイラ、青葉、矢萩、牡丹と共に、地下空間を後にした。


 敵は、禁中にあり。

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