157・魔草三剣・葉々斬 上
「えっとぉ、確認終了いたしましたぁ。パーティ『蝸牛の楼閣』の皆様【ボア狩り】の依頼達成ですぅ。お疲れさまでしたぁ」
ウルズ王国の都・ウルザブルン。その開拓者ギルドで、風の民の受付嬢は今日も仕事に従事していた。
提出された猪型の魔物、ボア。その鑑定を終わらせた彼女は、カウンターを挟んで相対する年若い男に報酬を手渡す。
「報酬の100ラビスですぅ。お確かめくださぁい」
「ええ! 血抜きと毛皮の割り増しは!? 今回はうまくやったつもりだぜ!?」
背中にカタツムリ型の魔物、デンデンを張り付けた年若い男が不満の声を上げる。だが、受付嬢は涼しい顔でそれを受け流し、こう言葉を返した。
「申し訳ございませぇん。この状態では報酬額の上乗せはできかねますぅ。でもでもぉ、この間よりは随分と上達したと思いますよぉ。あともう少しですからぁ、また次回頑張ってくださぁい」
「ちきしょー! 新人殺しに怯えながら、必死こいてここまで運んだってのに!」
悔しげに顔を歪めながら、年若い男は100ラビス歯幣を受け取った。次いで踵を返し、仲間と共にカウンターから離れ、空いていたテーブルへと向かう。先ほど手にした報酬で、早速飲み食いをするつもりであるらしい。
そんなパーティを「ありがとうございましたぁ」と見送った後、受付嬢は椅子に腰かける。そして、提出されたボアの死体を見つめながら「はふぅ」とため息を吐いた。
「どうしたの、溜息なんて吐いて? 何か心配事?」
「あ、タミー先輩。見てくださいよこれぇ……」
隣の席で書類仕事に従事しているタミーの問いかけに、受付嬢は右手でボアを指し示しながら口を動かした。タミーは促されるままにボアへと視線を向け、言う。
「そのボアがどうかしたの?」
「お肉の状態もぉ、毛皮の状態もぉ、酷いと思いませんかぁ? これじゃあ売りものになりませんよぉ。報酬の100ラビスを回収できませぇん。赤字ですぅ」
「そんなのよくあることでしょうに。開拓者ギルドが用意した初心者向けのクエストは、そのほとんどが開拓者の成長を促し、開拓の準備資金を提供するために用意されたもの。多少の赤字は覚悟の上よ。私たちの給与は国が保障してくれているのだし、あのパーティは全員が新人の開拓者で、まだ手探り段階なのだから。文句を言わないの」
「あうあうぅ、普段ならそれでいいかもしれませんけどぉ、今は腕利きが出払っていて人手不足じゃないですかぁ。肉の消費に供給が追いついていない、このままじゃ価格が高騰するからどうにかしろってぇ、ついさっきギルマスから言われちゃったんですよぅ。お肉が値上がりしたら食卓に大打撃ですうぅ」
受付嬢はこう言った後、再び溜息を吐いた。そして、次のように言葉を続ける。
「はふぅ……こんなときにカリヤ様がいてくれたらぁ、とってもとっても頼りになるんですけどねぇ……」
「そうね。カリヤ様は毎日のようにクエストをこなしてくれたし、血抜きも完璧だったもの。この都を出てもうすぐ一週間。早いものね」
「カリヤ様と言えばぁ――アレ、何度見てもすっごくすごいですよねぇ……」
こう言いながら、受付嬢はギルドの一角に目を向けた。そこには大勢の見物客がひしめいており、ちょっとした騒ぎになっている。
見物客らの視線の先には、主化したアーマー・センチピードの死骸が、狩夜がここウルザブルンでこなした最後のクエスト【素材採集】のターゲットが、ロープだの、つっかえ棒だのを駆使して、生前に近しい姿で飾られている。
人という垣根があるにもかかわらず、視線をほんの少し上に向けるだけで見ることができるその巨体を、外骨格という鎧に全身が覆われた百足の怪物の死骸を見つめながら、受付嬢は生唾を飲んだ。
「アレ、なんでギルドに戻ってきちゃたんですかぁ? それにそれにぃ、なんであんなにも迫力のある構図で飾ってあるんですかぁ? 今にも動き出しそうでぇ、正直かなり怖いんですけどぉ……」
「今朝、こんなのうちじゃ扱えないって、依頼者の農機具職人が突っ返してきたのよ。硬すぎて手に負えなかったらしいわ。鋼鉄並みの強度らしいわよ、あの主の外骨格。あそこに飾ってあるのはギルドマスターの指示。見世物にして、新人開拓者に主の恐ろしさを教えるのが目的だそうよ」
「なるほどぉ、それは効果的でしょうねぇ。私なんてぇ、死んでるってわかってるのに鳥肌が治まりませぇん……って、あれ? ということはぁ、ずっとここに置きっぱなしですかぁ!? そんなの嫌ですよ私ぃ!」
「心配しなくても大丈夫よ。もうミーミル王国の開拓者ギルドに連絡したらしいから。あの国には、ガリム・アイアンハート様を筆頭に、優秀な鍛冶師が数多くいるもの。あれほどの素材なら、すぐに買い手がつくはずよ」
「それは良かったですぅ。今後はあれと一緒に仕事をすることになるのかと思いましたよぉ。でもでもぉ、そんな硬い外骨格に覆われた主の体を、カリヤ様はいったいどうやって切ったんですかねぇ? それもぉ、あんなに奇麗にすっぱりとぉ……」
「さぁ? 何せ、謎の多い人だから……」
こう言いながら、受付嬢とタミーは改めて主の体を、鋭利な刃物でぶつ切りにされたと思しき、鋼鉄の怪物を注視した。
そんな二人の視線がこう語る。いったいどれほどの切れ味を誇る武器を使えば、このような芸当ができるのか――と。
狩夜が振るったとある武器の切れ味。それをこの場で唯一知る主は、二人の視線に何も言葉を返しはしない。不動無言で、自身を絶命せしめた八つの切断面を、見物客らに晒し続けていた。
●
巨大な稲の葉。
レイラの背中から飛び出し、狩夜の右手の中に納まった木製の柄。そこから芽吹くように飛び出した黄緑色の刀身を一言で表現するならば、これが最もしっくりくるだろう。
被子植物単子葉類イネ科の植物を彷彿させるその刀身は細長く、そして薄い。刃文の如く刀身に走る無数の葉脈は見事なまでの平行であり、途切れることもぶれることもなく、刀身の縁にまで一直線に続いていた。
狩夜の右手に納まった柄の長さは片手剣のそれであり、柄頭からは蔓が伸びていて、レイラの背中へと繋がっている。その柄と刀身を合わせた長さは、おおよそ成人男性の拳十個分。
魔草三剣・葉々斬。
かの八岐大蛇を退治するときに須佐之男が振るったとされる神剣。それとよく似た名を持つ武器を手に取った狩夜は、即座に地面を蹴り、怪物に向かって全力で駆け出した。
新たな敵が自身の間合いの中に入ったことに気づいた怪物は、即座に迎撃に打って出る。首二つを狩夜へと向かわせ、その前進を阻もうとした。
「叉鬼殿!? なぜ前に出てきたのですか!? 今すぐに下がってください!」
「あんた馬鹿ぁ!? サウザンドの開拓者の手に負える相手じゃないってことぐらい、見ただけでもわかるでしょうが! 止まりなさいって、こらぁ! お願いだから青葉様と一緒にいてぇ!!」
相手取る首の本数が減り、矢萩と牡丹も狩夜の参戦に気がついた。そして、慌てたように声を上げる。
二人ともどうにかして狩夜のもとに急行しようとするが――失敗。四本の首にゆくてを阻まれ、思うように動けない。
そんな二人の嘆願を無視し、狩夜は更に前進を続ける。そして、走りながら葉々斬を振りかぶり、迫り来る首二本を、鋭い眼光で見据えた。
「……」
ここでレイラが動く。頭上にある二枚の葉っぱを前面に展開、狩夜を守る盾とした。その後、一秒と間を空けずに怪物の首二本と、レイラの葉っぱとが接触する。
接触の瞬間、レイラが葉っぱの角度を微妙に変更。怪物の突進を正面から受け止めるのではなく、後方へといなした。あれほどの質量を真正面から受け止めたら、自分はともかく狩夜の体がもたないという判断だろう。
自身のすぐ横を通過し、後方へと流れていく二本の首。その右側の首に対し、狩夜は葉々斬を水平に振るう。
狩夜の右腕は一切減速することなく振り切られ、怪物の首もまた、何事もなかったように前進を続けた。
そして、二本の首が伸び切り、その動きを止めた瞬間――
ビチャ!
狩夜の右側を通過した首、その上半分が飛んだ。狩夜のほぼ真後ろに立っていた青葉の横をもの凄い勢いで通過して、地下空間の壁に激突。大量の血液を撒き散らしながら壁に張りつき、そのまま動かなくなる。




