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引っこ抜いたら異世界で マンドラゴラを相棒に開拓者やってます  作者: 平平 祐
第一章・引っこ抜いたら異世界で……
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015・異世界のお金と金属事情 上

「ではカリヤ殿、これが約束の対価だ」


 異世界活動三日目。メナド手製の焼きラビスタと、空豆のスープで朝食をすませた後、イルティナがこう話を切り出してきた。


 テーブルの上に置かれる拳大の布袋。狩夜はその袋を「ありがとうございます」と言いながら手に取り、無礼を承知で早速中をあらためる。


 布袋の中には、光沢を帯びた長方形の物体が十数枚入っていた。


 狩夜は「これがこの世界のお金か……」と呟いた後、右手でそれを取り出し、まじまじと観察する。


 色は白。大きさは横に十五ミリ、縦に三十ミリほどで、厚さは三ミリぐらいである。中央には複雑な模様の印が押されており、妙に軽い。


 狩夜は首を傾げた。軽さ、色艶、手触り。そのどれもが金属と異なっていたからである。


 これは――そう、骨だ。そして、この光沢と手触りからして、原材料は――


「歯?」


「そうだ。この世界の通貨は、ラビスタの前歯を加工して作られている」


「ってことは歯幣しへいですか!? 珍しいですね!」


 世にも珍しい歯でできたお金。つまりは『歯幣』。それがイスミンスールの通貨らしい。


「ラビスタ五十七匹で950ラビス。血抜きがきちんとされておりましたので二割増しの1140ラビスでの買い取りとなります。お納めください、カリヤ様」


 買い取りの内容を懇切丁寧に説明するメナド。ラビスというのは、イスミンスールの通貨単位だろう。


 狩夜は「ラビスタの前歯だからラビスか。うん、わかりやすい」と頷き、次いで布袋をひっくり返した。布袋の中身、そのすべてをテーブルの上に並べてみる。


 布袋の中には、四種類の歯幣が十五枚入っていた。


 太陽の様な光を放つ歯幣が一枚。同じく太陽の様な光を放つが、大きさが半分くらいの歯幣が一枚。先程手に取った白の歯幣が三枚。色艶は同じだが、大きさが半分くらいの白の歯幣が十枚である。そして、それら歯幣には、それぞれ違う模様の印が押されていた。


「陽の光を放つ大きな歯幣が1000ラビス。同じく陽の光を放ちますが、サイズが小振りな歯幣が100ラビス。先ほどカリヤ様が手に取ったものが10ラビス。そして、10ラビスと色合いが同じで、サイズが小振りなものが1ラビスとなります」


「えっと……これらは具体的に何が違うんですか?」


「加工に使用される前歯を持つラビスタの種類が違います。ミズガルズ大陸に生息するラビスタの上位種、ラビスタンの上前歯と下前歯が1000ラビスと100ラビスに。ここユグドラシル大陸に生息するラビスタの上前歯と下前歯が、10ラビスと1ラビスにと、それぞれ加工されます」


 歯幣一つ一つを指さしながら説明するメナド。狩夜は真剣にその説明を聞き、頭の中に刻み込んだ。


 つまり、メナドの説明をまとめると――


 1000ラビス ― ラビスタンの上前歯 ― 生息地・ミズガルズ大陸 ― 特徴・陽の光を放つ。大きい。


 100ラビス ― ラビスタンの下前歯 ― 生息地・ミズガルズ大陸 ― 特徴・陽の光を放つ。小さい。


 10ラビス ― ラビスタの上前歯 ― 生息地・ユグドラシル大陸 ― 特徴・白い普通の歯。大きい。


 1ラビス ― ラビスタの下前歯 ― 生息地・ユグドラシル大陸 ― 特徴・白い普通の歯。小さい。


 こうなる。


「でも、歯幣なんて意外です。なんで貨幣――金属じゃダメなんですか?」


 狩夜は、テーブルの上に並べた歯幣を再び布袋の中に戻しながら尋ねた。すると、イルティナが首を左右に振り、こう口を開く。


「理由は簡単。我々にとって、金属がこの上なく貴重だからだ。ユグドラシル大陸は生物資源こそ豊富だが、鉱物資源は非常に乏しい。通貨に金属を使うなど、できることではない」


 どうやらイスミンスールでは、金属はたいへんな貴重品らしい。確かに、これまで目にしてきた食器類はすべてが木製であり、調理器具は土鍋や石鍋、石包丁であった。


 リビングをぐるりと見回してみても、金属の類はまったく見当たらない。この家、そして家具は、すべてが木と土と石でできている。


 狩夜は、次にイルティナを見た。


 村の代表であり、王族であるというイルティナ。そんなイルティナですら、金属類の装飾品は皆無である。


 どうやら本当に、嘘偽りなく、金属類はかなりの貴重品であるらしい。


「えっと……なら、これって凄い値打ちものだったりします?」


 狩夜は、腰にぶら下げていたマタギ鉈を鞘から抜き放ち、テーブルの上に置いた。その瞬間、イルティナとメナドが目を見開き、生唾を飲む。


「こ、これは……カリヤ殿、手にとってもいいだろうか?」


「どうぞ」


 狩夜の了承を得たイルティナは、恐る恐る手を伸ばし、マタギ鉈を手に取った。一方のメナドは、身を乗り出してイルティナの手元を覗き込む。


 ほどなくして、二人の口から驚嘆の声が上がった。


「ひ、姫様! わたくし、こんな見事な鋼を見たのは初めてです!」


「ああ、見事な鋼だ。私も、これ以上のものは数点しか記憶にない……」


 この言葉に、狩夜は胸中で「えぇ……」と声を漏らす。


 確かにそのマタギ鉈は、現役のマタギである狩夜の祖父が「使い勝手がいい。それに丈夫だ」と愛用するもので、日本の鍛冶師が鍛えたそれなりの業物である。だが、一品ものではなく、金さえ出せば誰でも買える量産品だ。大騒ぎする二人の反応に、狩夜は少々困惑した。


 というか、鉈一つでこの騒ぎ――となると、少し気になることがある。


 狩夜は、興奮した様子でマタギ鉈を凝視する二人に向けて、ある質問を口にした。


「あの、それじゃあこの世界の人達は、どんな武器で魔物と戦っているんですか?」


「うん? ほとんどの人間は、削った石や骨を、短剣、斧、槍などに加工して使っているな。竹の槍や、棍棒で戦う者もいる。私は父上に譲ってもらった青銅の剣を使うが……恵まれているなといつも思うぞ」


「ユグドラシル大陸に現存する金属装備は、そのすべてが国によって厳重に管理されております。金属製の装備を持てるのは、王族、もしくは王族に認められるほどの功績を上げた、一部の者だけですね。金属装備は開拓者の憧れであり、目標の一つであると言えます」


 二人の真摯な言葉に、狩夜は思わず絶句した。


 ――まじか。尖った骨や、石の斧、竹の槍や棍棒が、この世界の主力武器だというのか? 王様から銅の剣でも貰えれば、感動に打ち震える世界だというのか?


 狩夜は、どうしてこの世界の人類が、数千年もの長きにわたり停滞していたのか理解した。『厄災』の呪いと、魔物だけじゃない。圧倒的なまでの金属不足も、人類停滞の理由の一つなのだ。


 十分な量の金属がなければ、人類の発展速度は亀の如く鈍化する。それは、地球の歴史を振り返れば一目瞭然だ。


 武器もない。情報もない。ついでにいえば魔法もない。


 イスミンスールの魔法は、精霊の力を借りる精霊魔法なので、精霊が封印されると同時に使えなくなってしまったそうだ。


 そう。この世界、イスミンスールは、劣悪なまでに人類が生き辛い世界なのである。


「っと、すまない。つい興奮してしまった。これは返そう」


 そう言って、マタギ鉈をテーブルの上に置くイルティナ。狩夜はそれを受け取り、鞘の中へと収納する。


 このマタギ鉈は、イスミンスールではかなりのお宝のようだ。盗まれないように気をつけたほうが良さそうである。

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