154・テンサウザンド 下
「え?」
狩夜の言葉に、冷水を頭からひっかぶったような表情を浮かべる青葉。次いで、目を皿のように見開きながら、矢萩と牡丹の戦いぶりを凝視する。その視線の先で、矢萩が怪物の首の一つに蹴りを入れた。
豪快に吹き飛ぶ怪物の首。それを見つめながら、青葉は言う。
「あの、やっぱり矢萩と牡丹があの怪物を圧倒しているようにしか見えないんですけど……」
「まあ、青葉君にはそう見えますよね」
矢萩と牡丹の動きは、サウザンドの狩夜ですら残像を追いかけるのがやっとであり、完全に見失うことが多々あるほどに速い。一般人か、それ以下の身体能力であろう青葉には、まったく見えていないだろう。青葉は、派手に弾け飛ぶ怪物の首たちを見て、矢萩と牡丹が優勢にことを進めていると判断しただけだ。
だがそれは、あの怪物が攻撃を受け流すために、インパクトの瞬間に同じ方向へと首を動かした結果にすぎない。派手に吹き飛んではいるが、見た目ほどには効いていないのだ。蛇の体の特性を生かした、見事な防御方法といえる。
一方、怪物の硬い鱗に覆われた体を、生身の体で攻撃している矢萩と牡丹は――
「二人の両手両足、もうボロボロですよ」
「――っ!!」
ときたま狩夜の目に映る、残像ではない生身の体。その両手両足は、狩夜の言葉通りボロボロである。怪物を攻撃する度に傷が増え、出血も酷くなる一方だ。このままでは、失血で動きに支障をきたすだろう。いや、体力に限界が訪れるのが先だろうか?
いずれにせよ、矢萩と牡丹には怪物の攻撃を回避できなくなるときが必ずくる。そう遠くない未来に二人は直撃を受け、そこで勝負は決するだろう。二人とも典型的な敏捷特化型だ。最初の一撃が致命傷になりかねない。
「というわけで、勝負を有利に進めているのは怪物の方です。さっきも言いましたが、このままだとまずいですね」
「そんな!? どうしてサウザンド級の魔物相手に、テンサウザンド開拓者が二人がかりで負けるんですか!? こんなのおかしいですよ!?」
顔を真っ青にしながら叫ぶ青葉。彼が言うようにこれはおかしい。
相性が最悪で、二人の武器がカルマブディスに没収されて丸腰だから――だけでは説明がつかない。あの怪物には、きっとまだ秘密があるのだ。
狩夜は「どうしよう! どうしよう!」と慌てふためく青葉の隣で、再度怪物を注視し、思考を巡らせる。
十一匹ものグラファイト・バイパーを人の手で繋ぎ合わせることで作りだされた、異形の怪物。
やはり、何度見てもサウザンド級の魔物には見えない。
そもそもなんで首は十一本なんだ? なんとも半端な数である。新たに首を繋げるたびにパーティ限界人数が増えるのならば、もっともっと繋いでキリが良い本数にまで増やせばいいだろうに。何か理由があるのだろうか?
地下に閉じ込めているのだから、人目を気にして――などという理由ではないはず。拒絶反応? 技術的限界? それとも、あの首の本数にも何か理由があるのだろうか? もしくは――
「十一本目を繋いだ時点で、これ以上は繋いでも無駄だとわかった――とか?」
この仮説が正しい場合、十一本目の首はむしろ蛇足となる。魔物を生きたまま繋ぎ合わせることで得られるメリットは、十までで限界なのかもしれない。
十。なんともキリの良い数字だ。そして、この十という数字が密接に関係し、今狩夜が抱える疑問に直結するであろう事前情報が一つある。
禁忌を侵した際に獲得できるソウルポイントの量は、殺害した人間の累積ソウルポイントの、おおよそ十分の一である。
「……」
次いで狩夜が思い浮かべたのは、青葉が倒れていたあの休憩所だ。カルマブディスたちは、オーガ・ロータスの花粉に満たされていたあの地下空間をどのようにやり過ごし、あの休憩所まで青葉を運んだのだろう?
あの怪物に運ばせた? なるほど、そう考えれば青葉の件は説明がつく。だが、それではあの休憩所に大量に置かれた小瓶たちの説明がつかない。
あの小瓶には、オーガ・ロータスの実がぎっしり詰め込まれていた。オーガ・ロータスが定期的につける実を収穫し、一つ一つ小瓶に詰め込んだのだろう。そんな器用な真似が、あの巨大な怪物にできるだろうか? 結論、できない。あの休憩所には、明らかに人の手が入っていた。
矢萩は情報交換の際にこう言っていた。カルマブディスの側近たちの中には、少なくとも一人、高レベルの〔耐異常〕スキル持ちがいると。
牡丹は情報交換の際にこう言っていた。カルマブディスの側近たちの中には、テンサウザンドである牡丹の攻撃に耐える者がいると。
そして、カルマブディスはこう言ったそうだ。狩夜の中に蓄えられたソウルポイントをすべて頂くと。
これらから導き出される新たな仮説。それは――
「テイムした魔物に同名の魔物を生きたままつなぎ合わせることで、限界パーティ人数だけでなく、獲得ソウルポイントも増やすことができる?」
もしそれが真実だった場合、あの怪物の累積ソウルポイントは、六万や七万どころではない。罠にはめて殺害した開拓者たちに蓄積されたソウルポイント、そのすべてを吸収し、六十万から七十万になっていると見るべきだ。そして、グラファイト・バイパーが〔耐異常〕スキルをLv9にするのに必要なソウルポイントは、五万千百。
残りのソウルポイントを、すべて基礎能力の向上に注ぎ込めば――届く。
「あの怪物、テンサウザンド級だ……」