012・大開拓時代 下
「ぬし?」
「ソウルポイントが、魔物版の“レベル”だという説明はしただろう? つまり、魔物の方もソウルポイントを使って、自身を強化できるわけだ。魔物同士が共食いをして、強くなると考えてくれればいい。ここまではわかるな?」
「はい」
「野生というのは弱肉強食。当然だが偏りが出る。主というのは、広範囲の縄張りを牛耳り、ソウルポイントを独占している魔物のことだ」
「ソウルポイントを独占……」
「そう、独占だ。他の魔物との生存競争に勝利し、一度主として縄張りに君臨すれば、もう主の優位は揺るがない。他ならぬ主が、自分の縄張りで自分以外の魔物が台頭することを許さないからな」
「なるほど、正に主ですね――って、ちょっと待ってください。なら、主を放置したら、そいつは独占したソウルポイントで、際限なく強くなっていくってことじゃないですか?」
「その通りだ。主はできる限り早く狩った方がいい。時と場合によっては、国を挙げての大規模な討伐隊が組まれることもある。カリヤ殿は運がいいな。先ほどの説明で理解したと思うが、主はマナによる弱体化を上回る速度で自己を強化し続けるため、とてつもなく強い。他の魔物とは一線を画する。開拓者の間では『ソロのときに主を見たら生きて帰れない』という噂があるくらいだ。カリヤ殿が無事でよかったよ」
イルティナはそう言って小さく笑った。そして「まあそのぶん、倒したときには大量のソウルポイントが手に入るのだがな」とつけ足した。
どうやらレイラが食い殺した漆黒の四足獣は、あの辺りを牛耳っていた主ということで間違いなさそうである。確かに、ラビスタや巨大芋虫とは一線を画する強さ、存在感だった。
しかし、そうなると――だ。その独占したソウルポイントで、かなり強化された魔物であるところの主を、あっさり食い殺したレイラっていったい?
頭上にいる旅の道連れの強さと異常性を再確認し、狩夜は生唾を飲む。
「主の存在と、その強さは以前から知られていたが、放置による危険性が認知されたのは最近だ。ゆえに、このユグドラシル大陸にもまだまだ多くの主が残っている。主には迂闊に近づかないよう、カリヤ殿も十分に気をつけた方がいい」
「放置の危険性が認知されたのが最近? なぜです?」
「各国の研究機関がソウルポイントの存在を公にしたのが最近だからな。それまでは、主は突然変異の強い魔物で、極力近づかないほうがいい程度の認識だったのだ」
「えっと……具体的には何年くらい前です?」
「初めて魔物がテイムされたのが大体五年前。国がソウルポイントの存在を公にして、開拓者という新たな職と制度を用意したのが、三年くらい前だな」
三年前。本当に最近のことだった。
「なら、肝心の開拓はどうなってるんです? 人類の版図は、その三年でどれくらい広がったんですか?」
「人類の版図は、いまだにほとんど広がってはいない。私たち開拓者は、ユグドラシル大陸の外にようやく足を踏み出したところだ。今の最前線は、ユグドラシル大陸の東端からいける、ミズガルズ大陸の西端だな」
イルティナはここで言葉を区切ると、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。次いで、こう言葉を続ける。
「情けない成果だと思うかな? 異世界人殿?」
「い、いえ……そんなことは……」
狩夜は慌てて首を左右に振るが、イルティナの表情は晴れなかった。暗い表情のまま口を動かす。
「取り繕うことはない。かく言う私も情けないと思っている。だが、仕方のないことなのだ。武器も、力も、情報も……なにより開拓者の絶対数が足りていない」
声色を真剣なものに変えながら、イルティナは開拓者の現状を語る。
「先ほども説明したが、今は大開拓者時代だ。誰もがソウルポイントを求め、開拓者になりたいと願う時代。だが、開拓者になるには、真っ先に越えなければならない難関がある」
「わかるだろ?」と言いたげに、狩夜に意味深な視線を向けてくるイルティナ。そんな彼女に、狩夜は簡潔に答える。
「魔物をテイムすること……ですよね?」
「そう、魔物のテイムに成功する。それが、開拓者としての第一歩だ」
狩夜の回答に満足げに頷き、イルティナは話を続けた。
「開拓者になるには、まず魔物をテイムしなければならない。だが、けして楽なことではないのだ。命懸けな上に、確率がとても低い」
「あれ? さっきは頻発してるって……」
「それはユグドラシル大陸全体での話だ。だが実際には、その確率は百分の一とも、千分の一とも言われている」
「うわぁ……」
「こればかりは、もうほんとに運でな。一回でテイムに成功する者がいる一方で、何度魔物と遭遇してもテイムできない者もいる。幸運の女神は気まぐれだ」
どこかで聞いたことのある話だった。主にネットゲームとかで。
「魔物をテイムできる幸運な者は、さほど多くはない。まあ、魔物をテイムする以外にも開拓者になれる方法が、もう一つだけあるのだがな……」
イルティナは、自身の後方に控えるメナドに視線を向ける。狩夜もつられてそちらに目を向けると、メナドが優雅に頭を下げてきた。
そんなメナドを見つめながら、狩夜は口を動かす。
「魔物のテイムに成功した開拓者、そのパーティに加入すること……ですか?」
「その通り」
イルティナは、狩夜の言葉に深く頷きながら言葉を続ける。
「魔物のテイムに成功した開拓者。そのパーティに加入すれば、パーティメンバーはソウルポイントで自身を強化できるようになり、正式に開拓者を名乗ることが許される。もっとも、テイムに成功した正式な開拓者に比べ、開拓者ギルド内での立場が低く、幾つか制限も発生するがな」
「なるほど」
こっちの方法なら手軽だし、何より安全だ。できればこの方法で開拓者になりたいと思っている人は大勢いるだろう。そして、これは魔物をテイムした人間にもメリットがある。仲間が、戦力が増えるのだ。命懸けの開拓の中で、これほどありがたいことはない。
つまり、テイムした魔物は、開拓者にとって大切なパートナーであり、パーティの要でもある、ということだ。なんとしても守り抜かなければならない。
「なら、イルティナ様がテイムした魔物は……えっと、あの子ですか?」
狩夜はイルティナ邸のリビングをざっと見回した後、部屋の隅に置かれた竹製のケージ、その中で飼われている一匹の小動物を指差した。
それは、体長三十センチほどの栗鼠。
茶色の毛皮に、可愛らしい外見。姿形は地球の栗鼠と大差はないが、一ヵ所だけ大きな違いがあった。
額である。
その栗鼠の額には、真っ赤な石がめり込んでいた。その石は、まるで赤珊瑚の如く美しくきらめき、見る者を魅了する。
王女のパートナーに相応しい、可愛らしい魔物だなぁ――と、狩夜は思っていたのだが、狩夜の指を辿るように視線を動かした後、イルティナは首を左右に振って否定の意を示した。次いで言う。
「いや、あの子は違う。あれはラタトクスといってな。魔物ではなく、普通の動物だよ」
どうやら早とちりだったらしい。イスミンスールには魔物だけでなく、普通の動物もいるようだ。
狩夜は「へぇ、ラタトクスか」と小声で呟いた後、次のように言葉を続ける。
「普通の動物ということは、愛玩動物ですか? 可愛らしいですね。イルティナ様は栗鼠がお好きなんですか?」
「いや、それも違うな。私たちがラタトクスを飼っているのは愛玩目的ではなく、額の宝石に備わった通信能力が目当てだ」
「通信能力?」
イルティナの発言の一部を復唱しながら首を傾げる狩夜。そんな狩夜に対し、メナドが補足説明を開始する。
「はい。ラタトクスは遠く離れた同族と、額の宝石を使って声のやり取りができるのです。別名、森のメッセンジャー。その可愛らしい容姿と、通信能力の利便性から、非常に人気が高く、様々な分野で日々大活躍です。裕福な家庭ならば、大抵一匹は飼育していますよ」
「へー」
確かに便利な能力である。電話なんてない世界だ。人気が出るのも頷ける。
しかし、そんな特殊能力を有する生き物を、果たして普通の動物と呼んでいいのだろうか?
普通の動物と魔物の違い。それについても後で聞いた方がよさそうである。
「それじゃあ、イルティナ様のパートナーはどこに?」
「もうこの世にはいない。私のパートナーは、二年半前にあった【スターヴ大平原攻略戦】の最中に戦死した。私が開拓者として一線を退き、このティールを造ったのは、それが理由だよ」
「……すみません。聞かない方がよかったですね」
「狩夜殿が気にすることではない。気持ちの整理ならもうついている。ちょうどいい。ラタトクスを使って、都の父上にも今日のことを報告しておくとしよう。カリヤ殿、少々席を外すが、かまわないか?」
「あ、はい。もちろん」
「すまないな。メナド、私が戻るまでの間、カリヤ殿お相手を頼むぞ」
「はい、お任せを」
イルティナはこう言い残して席を立ち、ラタトクスの入ったケージを手に取った後、寝室のほうへと消えていった。
イルティナを見送った狩夜は、メナドが入れてくれたお茶に口をつけ、新たに得た情報と、この後聞かなければならないことを整理する。
いつの間にか日は沈み、外は既に夜であった。だが、イルティナ邸での情報収集は終わらない。
聞きたいこと、知りたいことは、まだまだいくらでもあるのだから。