127・白猫拾いました 下
「えっと、そろそろ事情を聞いてもいいですか?」
服はレイラに任せて大丈夫。そう判断した狩夜は、部屋の中にあった木製の丸椅子腰掛けながら、白猫の美少女と正面から向き直った。
狭い部屋の中で、裸同然の異性――しかも極上の美女――と、面と向かって話をするというこの状況に、やや緊張気味の狩夜。一方の白猫の美少女は、別段気後れした様子もなく、こう言葉を返してくる。
「それはもちろんいいけれど、ボクの事情はここにくるまでの道中で、あらかた話したと思うんだけどなぁ」
この言葉で、狩夜は主から助け出した後のことを、森の中で聞いた彼女の身の上話を、もう一度脳内で整理した。
余談であるが、あの絶壁の主はすでに打倒済みである。状況が状況だったので、地面に叩きつけた後で崖の一部を崩し、圧殺するという方法を取った。レイラの力を借りて手早く済ませてもよかったのだが、人前で容易に主を倒してしまうと、後々要らぬ勘繰りだの、追及だのを受ける可能性があるので、これでよかったと狩夜は思っている。
「それじゃ、順番に確認していきますね。あなたは魔物をテイムして開拓者になりたいと思っている。だけど、周りの人たちがそれを許さない。業を煮やしたあなたは、発情期で警戒が緩んだ隙を突いて木刀片手に家を飛び出した。初めのうちは水辺でテイムに挑んでいたが、中々魔物が見つからない。危険を承知で森の中へと歩を進め、魔物を見かけるたびにテイムを挑むが、ことごとく失敗。気がついたら森の奥、ウルズ王国の国境付近にまできていた。初めて見る国境の景色に目を奪われたあなたは主の接近に気がつかず、哀れ囚われの身。身ぐるみはがされ、もはやこれまでかと諦めかけたそのときに――」
「偶然通りかかった君に助けられて、九死に一生を得たわけだ」
「魔物のテイムに夢中になって水辺から離れ、無策じゃ手に負えない屈強な魔物に遭遇する……開拓者志望の人達が帰らぬ人になる定番じゃないですか! あなたは何をやってるんです! 命は一つなんですよ!? もっと大事にしてください!」
「ごめんごめん。反省してるから、そう大声で怒鳴らないでおくれよ。これでも勝算はあったんだ。ボクは耳の良さには少しばかり自信があってね。聴覚による周囲の警戒は、いついかなるときでも怠らない。もちろん、国境で景色を眺めていたときも、ね。だけどあの主は、気配や足音はおろか、心音や呼吸音、関節が曲がる音すらしなかったというか……」
「カタツムリですからね!」
カタツムリの心臓と肺は、背中の殻の中にある。あの岩石めいた分厚い殻越しでは、音なんて聞こえるはずがない。関節にいたっては言わずもがなだ。
「木刀での打撃もほとんど効かないし……ボクの天敵みたいな魔物だったよ。それがあんな場所に潜んでいたなんて、夢にも思わなかった。ユグドラシル大陸に存在する主の情報は、すべて把握しているつもりだったけど、あんなのは知らない。あれに遭遇して生きている人間は、恐らくボクと君だけだろうね」
「え? ユグドラシル大陸に存在する主の情報を……全部? どうして開拓者志望の君が? サウザンドの僕だって全部は知らないのに……」
「あ……」
狩夜のこの指摘に、白猫の美少女は「しまった」と言いたげな顔を浮かべ、次いで視線を右往左往させる。だが、狩夜の訝しげな視線に観念したのか、次のように言葉を紡いだ。
「えっと、そういう類の情報が、自然と耳に入る場所で普段暮らしているというか……その……」
「やっぱり、名家のお嬢様なんですね?」
「まあ……ね。って、この話はもうおしまい! それよりも、ちゃんとしたお礼がまだだった。今日は本当にありがとう。ボクが今生きているのは、間違いなく君のおかげだ。わけあって頭は下げられないけれど、ボクは君に心から感謝している。お礼は後日になるけれど、必ずさせてもらうから」
真っ直ぐに目を見つめられながらの謝辞に、狩夜は右手の人差し指で頬をかいた。次いで言う。
「いえ、お礼は結構ですよ」
この言葉に白猫の美少女は目を丸くした。直後、慌てたように口を開く。
「待ってくれ! 君は善意でそう言っているのかもしれないが、それではボクが困るんだ! 命の恩人に何の謝礼もしないとあっては、末代までの恥になる! ご先祖様にも顔向けができない! 絶対に受け取ってもらうよ!」
「いえ、受け取れません。確かに僕はあなたを主から助けましたが、その労力に見合った見返りは既に受け取りました。これ以上貰ったら貰いすぎになります」
狩夜の言葉の意味が理解できなかったのか、白猫の美少女は困惑顔で小首を傾げた。次いで、自身の胸元に視線を落とし、顔をほんのり赤く染めた後、胸を庇うように両手で体を抱き締める。
「このスケベ」
「全然違いますよ! あなたの胸は、先ほどの話にまったく、これっぽっちも、一切合切関係ありません! 僕が受け取った見返りは、あの主のソウルポイントですよ! ソウルポイント! というか、あのとき触っちゃってごめんなさい!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ狩夜。ようやく合点がいったのか、白猫の美少女は「ああ、そういうことか」と胸の前で手を打った。
狩夜は「まったくもう……」と小声で呟いた後、こう言葉を続ける。
「あの主は、スキル重視の隠密特化型だと思われます。あなたが襲われている最中でなければ、僕たちはあの主を発見できなかったかもしれません。そして、あの主を打倒したことで僕が手にしたソウルポイントは、千を優に超えるはずです」
「千を超えるソウルポイント……」
「はい。お金には決して換えられない、この大開拓時代で最も価値のあるものの一つです。あなたを助けたことで、僕はそれを受け取りました。ですからお礼は結構ですよ」
狩夜がこう言うと、白猫の美少女は「そうか、君の考えはわかったよ」と頷いた。次いで溜息吐き、肩を深く落としながら言葉を紡いでいく。
「お金に換えられない価値がある……か。そうだよね。お金でソウルポイントが買えるなら、ボクは今すぐそうするよ。いいなぁ、ソウルポイント。ボクも欲しいよ」
心底羨ましげに言う白猫の美少女。その様子があまりに切実であったため、狩夜は気がつけば理由を尋ねていた。
「ただ開拓者になりたいってだけじゃなさそうですね。いったいあなたは、ソウルポイントで何がしたいんです?」
「止めたいんだよ、月経を。次の満月までにどうしても……ね」
「え゛?」
間髪入れず返された男には縁遠い単語に、狩夜は目を丸くした。




