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124・森の殺戮者 下

「レイラ。いつも通り、危なくなるまでは手出ししないでね?」


 覚悟を感じさせる声で、狩夜は言う。


 サウザンドの開拓者がソロで主に挑む。本来これは無謀なことだ。ユグドラシル大陸の主を倒すことが絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに進出する際の目安の一つになるならば、サウザンドの開拓者が三人以上、もしくはハンドレットの開拓者数十人がかりというのが、主に挑む時の適正――否、最低戦力である。


 そんな無謀なことを、狩夜は聖域での敗戦以降、延々と繰り返してきた。自身よりも強い相手と実戦を繰り返すことが強くなる近道だと信じて、愚直に主に挑み続けている。


 そして、いまだに独力で主を倒せたことは一度もない。要所要所でレイラの力を借りて、どうにかこうにかというのが現実だった。レイラがいなければ、何度死んでいたかわからない。


 正に命懸けの鍛錬。だが、それでいいと狩夜は考えていた。非才の上に、武術の心得もなく、平和な世界をごく普通に生きていた僕みたいな人間が、少しでも早く強くなるには、それくらい自分を追い込まないとダメなのだ――と。


 ソウルポイントで身体能力を上げれば確かに人間は強くなる。だが、それだけでは本当の強さは身につかない。実戦経験を積み、幾度も死線を乗り越えてこそ、狩夜が求める強さは手に入るのだ。


「……(コクコク)」


 レイラは狩夜の言葉に頷いた後、腹這いの体勢で占拠していた頭上から、背中の方へと移動した。次いで、自身の体と狩夜の体とが離れないよう、蔓でしっかりと固定していく。最近わかったことだが、これはレイラが真剣になった証拠だ。


 レイラがマジモードということは、あの主の攻撃力は、気を抜いていたら万が一が起きかねないほどに高いということだろう。レイラが戦闘に一度でも介入したら、狩夜は本来死んでいたと考えてよさそうである。


 だがその反面、防御力は低そうだった。あの細い首にしろ、胴体にしろ、今の狩夜ならば、一撃で切り飛ばすことが可能だろう。


 ともに一撃必殺の攻撃手段を持つならば、先に当てた方が勝つのが道理。


 地力は間違いなく主が上。だが、決して勝てない相手ではない。


 ――今日こそ、僕だけの力で主を倒してみせる!


 狩夜は胸中でこう叫ぶと、右手のマタギ鉈を逆手に持ち替え、それと同時に全力で駆け出した。その疾走を、森の殺戮者が迎え撃つ。


 先に手を出したのは、リーチで勝る主の方であった。鎌状の右前足を限界まで伸ばし、斜め上からの袈裟切りを放ってくる。


 防御不可。左側に回避したら死ぬ。


 咄嗟にそう判断し、進路を右斜めに変更。その身を鎌の攻撃範囲外へと逃がす狩夜。そのまま主へと接近しようとするが、その進路上に主が鋏状の左前足を限界まで広げ、刃が地面に対して水平になるよう突き出してくる。


 狩夜は目を見開き、胸中で叫んだ。


 ――誘い込まれた!?


 百八十度開かれたことによって、鋏はその攻撃範囲を爆発的に広げた。これでは左右に逃げ道がない。


 上に向かって跳躍すればこの攻撃はかわせるだろう。だが、それは悪手だ。人間の背中に翼はない。それでは後に続かない。


 この絶体絶命の窮地に、狩夜は――


「おおぉお!!」


 そのまま前に前進することを選択。迫りくる鋏に向かって、臆することなく足を前に踏み出した。


 死中に活を求める狩夜のこの選択に面喰ったのは、他ならぬ主である。


 どうやら主は、狩夜はこの攻撃を上に跳躍することでかわすと先読みしていたらしい。その後、宙に身を躍らせたことで自由に動けなくなった狩夜を、先ほど振り下ろした右前足で下から切り上げ、勝負を決めるつもりだったようだ。


 そんな主にかまわず更に前進する狩夜。そんな狩夜が、鋏の付け根目掛けて右足での蹴りを繰り出すのと、気を取り直した主が鋏を閉じ始めたのは、ほぼ同時である。


 次の瞬間、狩夜の右足が主の左前足を直撃し、鋏を下からかち上げた。一方主の鋏は、狩夜の遥か頭上でようやく閉じられる。狩夜の体どころか、髪の毛一本切断できていない。攻撃範囲を広げるために限界まで刃を開いたことが、狩夜の前進によって裏目に転じたのだ。


 サウザンドの脚力で左前足が蹴り上げられたことにより、主の体勢が大きく崩れる。その隙に狩夜は主に肉薄し、必殺の間合いの中に、主の首を収めた。


 無防備となっている主の首目掛け、狩夜は銀光を走らせる。


 ふと、主と目が合った。


「お見事」


 そんな主の呟きを、耳ではなく心で聞きつつ、狩夜は主の首を切り飛ばす。


 戦った相手の最後を見届けようと、安全を考慮して距離を取りつつ主へと向き直る狩夜。すると、頭部を失った主の体が、狩夜の視界の中でゆっくりと傾き、ほどなくしてその巨体を地面へと横たえる。昆虫の魔物だけあって、頭がなくとも所々が小刻みに動き続けているが、再び立ち上がる気配はない。


「勝った……ついに僕の力だけで……主に勝ったんだ……」


 達成感やら疲労感やらで、その場にへたり込みそうになる自身の体をどうにか支えながら、狩夜は小さく呟く。次いで、左手を自身の顔のすぐ横へと運び――


「んで、またもお前は、僕の勝利に水を差すわけだ」


 この言葉と共に、主の縄張りの外から高速で飛来した、拳大の石をつかみ取る。


 投石の出どころへと目を向けると、案の定ワイズマンモンキーがいた。本来は縄張りの木を切り倒す主を殺すための刺客、あるいは監視役だったのだろうが、その主を倒した狩夜へとターゲットを変更し、今が好機とみて攻撃を仕掛けてきたのだろう。


 強敵を倒して気が抜けた瞬間を狙い、必殺のつもりで放ったであろう投石。それが容易に受け止められたことがよほどショックだったのか、口をあんぐりと開けながら目を丸くしているワイズマンモンキー。ターゲットの前で間抜けをさらす刺客目掛け、狩夜は手首のスナップだけで石を投げ返した。それを見たワイズマンモンキーが我に返るが、時すでに遅し。


 ワイズマンモンキーの顔面が投石で潰れ、捕まっていた木の上から落下するさまを見届けながら、狩夜は言う。


「うん。少しはマシになったじゃないか、叉鬼狩夜」


 ――まだまだ全然足りないけどね。

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