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101・欲しいもの 下

「くひ……きひひ……」


 凄絶な笑みを浮かべながら、瀕死の体を引きづるように、ドゥラスロールに向けて足を前へと動かす狩夜。すると、ドゥラスロールを守らなければならない立場であるはずのドヴァリンとドゥネイルが、一歩後退りする。


 両者の目には、圧倒的に優位だった自分たちが守勢に回っている現状への困惑と、狩夜に対する恐怖の色があった。そしてそれは、ダーインの治療をしているドゥラスロールも同様である。


 能力で圧倒的に勝っているはずの聖獣たちが、瀕死の狩夜に怯えていた。その姿を見て、狩夜は確信する。


 こいつら、実戦は初めてだな――と。


 少し考えればわかることだった。聖獣は世界樹の最終防衛ライン。そして、この聖域に足を踏み入れたのは、女神を除けば歴代の勇者たちのみ。【厄災】の後でなら、狩夜とレイラだけだと断言できる。


 本来、聖獣は世界樹を守護する存在であり、勇者と敵対する理由はない。ならば、この戦いが初陣で当然なのだ。


 だからダーインは、勝利が確定していないのに油断した。だから聖獣たちは、異様な言動をしている狩夜に――いや、経験したことのない未知に対して怯えている。そして、油断と怯え(それらふたつ)が、優位だった戦況を一瞬で覆す、致命的な隙に直結することを理解していない。


 ならば、次に狩夜が取るべき行動は――


「こいよ鹿ども! 全員まとめて食ってやる!」


 狩夜は、こう叫んでからマタギ鉈を眼前に運び、突き刺さったままになっていたダーインの眼球に食らいつく。そうして、純然たる殺意を、弱肉強食という野性の掟を、温室育ちの家畜どもに叩きつけた。


 突如出現した新たな未知。それを前にして、ドヴァリンとドゥネイルの体が強張り、僅かだが硬直。視線も狩夜に釘づけとなった。


 そして、その隙を見逃すレイラではない。


 上空から高速で振り下ろされた二本の蔓が、硬直しているドヴァリンとドゥネイルを、真上から強襲する。


 大径木をも両断するレイラの蔓による攻撃。それが二匹の胴体に直撃した。ドヴァリンとドゥネイルの体は豪快に抉れ、血しぶきを撒き散らしながら根の上を転がる。


 一時の別離を乗り越え、再び狩夜の背中へと戻るレイラ。そして、狩夜の体に蔓を巻きつけながら、先端に針のついた治療用の蔓を出現させる。


 レイラが狩夜の首筋に針を突き立てるのと、ドゥラスロールの角が今までにないほどの輝きを放ち、聖域全体を光で満たしたのは、ほぼ同時。


 瞬く間に傷を癒し、立ち上がるドヴァリンとドゥネイル。脳を掻き回されたダーインの目にも、光が戻ったように見えた。復活は近い。


 それに対し、狩夜の体は――


「――っ!?」


 治らない。驚愕に目を見開き、いっこうに変化のない狩夜の傷を凝視するレイラ。すると、そこにスクルドが合流。レイラと狩夜に向けてこう叫ぶ。


「駄目です、勇者様! ダーインの角によってつけられた傷は、ドゥラスロールと私たち女神にしか癒せません! そして、今の私にそんな力は――だから、気を強く持つのです、オマケ! 丹田に力を込めて、魂の尾を巻き戻すのです! 気を抜いたり、諦めたりしたら死にますよ! 死んではダメです! 生きるのです! あなたごとき未熟者では、死んでも戦死した勇者の魂(エインヘルヤル)とは認めませんよ! 私は絶対、ぜっっったいに認めませんからね!」


 この言葉を聞いた後、レイラの行動は早かった。狩夜の体に巻きつけていた蔓から無数の根を出し、その根を傷口へと殺到させる。


 傷口からの出血が止まった。傷口から流れ出る狩夜の血液を、レイラの根が一滴残らず吸い上げているのだ。


 それに並行して、レイラは狩夜の動脈に蔓を接続。ダーインの攻撃によって損傷した主要臓器の代わりに酸素を溶かし、不純物をろ過した上で、狩夜の体に新たな血液を送り込む。


 げに恐ろしき方法で、レイラは狩夜を延命させていた。


 ――ここまでか。


 主要臓器修復のため、傷口から自身の体の中に入り込んできた根だの蔓だのを漠然と見つめながら、狩夜は口を動かす。


「レイラ……スクルドを連れて……逃げるよ……」


 消え入りそうなこの言葉に、レイラとスクルドが息を飲む。


 反論は――ない。二人ともわかっているのだ。この状況では、逃げるのが最善だと。


 狩夜は瀕死の重傷で、レイラの力による急速な回復も望めない。レイラには目立った消耗はないが、狩夜の生命維持をしながらでは満足に戦えないだろう。スクルドは初めから戦力外だ。


 もう、狩夜たちに勝ち目はない。逃げるべき――いや、逃げるしかない状況である。


 だが、それでもレイラとスクルドの体は、動こうとしなかった。


 レイラには、勇者としての使命感と、狩夜を傷つけた聖獣たちへの怒りがある。スクルドには、戦乙女としての矜持と、姉であるウルドへの愛情がある。


 逃げたくない。戦いたい。勝ちたい。その気持ちは痛いほどにわかった。


 自身の葛藤に直面し、動けなくなった二人。逃げることと負けることに慣れていない選ばれた者たちに、狩夜は――凡人は言う。


「見つけたんだ……欲しいもの……戦う理由……」


 動かすのも辛い口を懸命に動かして、呼吸するだけで激痛の走る肺から空気を絞り出し。狩夜は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「強くなるから……」


「……」


 えぐり取られた眼球すら再生し、再び立ち上がるダーイン。ついにすべての聖獣が復活した。八個四対の瞳が、一斉に狩夜たちを睨みつける。


「あいつら倒せるくらい……強くなるから……」


「オマケ……」


 一斉に走り出す聖獣。四匹揃えば大丈夫だと、未知に対する恐怖を振り切り駆け出した。もう油断もしてくれそうにない。


 戦ったら――負ける。そして死ぬ。


 ――僕は、叉鬼狩夜はまだ死ねない! 妹を、咲夜を残して死ぬわけにはいかない!


「だから頼む! 今このときは逃げてくれ!」


 狩夜がこう叫んだ直後、レイラが悔しさを堪えるように歯を食い縛る。次の瞬間、奥歯にスイッチでも仕込んでいたかのように、戦いの最中に自切して、破棄しておいた果実ハンマーが、轟音と共に爆発した。


 足を止めて防御態勢に入る聖獣たち。一方のレイラは、頭上にタンポポのような綿毛を出現させ、爆風をつかみ取り、狩夜と自身の体を空へと舞い上げる。


 見事に爆風に乗り、結界の外へと逃げ果せる狩夜たち。聖獣たちからの追撃がないことを確認して、狩夜はその意識を手放した。

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