三、花嫁との交渉
因みにこれが初めてではありません。
鮑黒玉を探して、少年は再び歩き出した。結うこともせず伸ばしたままのやわらかな赤髪を、湖畔にある木の影に見付けて、ほっと息をつく。
「黒玉大姐」
振り返りもせず、声が返ってきた。
「……黄玉?」
隣に痩身を滑り込ませて、座りこむ。成長期に差し掛かっている黄玉は、既に黒玉と同じ身長になっていた。
「はい。今、鮑長老に申込をしてきました」
不審気な顔が黄玉を見ている。
「申込って……?」
「結婚の申込をしたんです。長老の許可は貰えたので、黒玉大姐に求婚しに来ました。大事にします。妻に来て下さい」
まるで天気の話か世間話でもしているかのような、飄々とした物言いである。
「黄玉……?」
「はい。式は少し先になるかも知れませんが。子供は沢山欲しいし、出来れば急ぎたいんですよね」
「あなた、年齢差いくつだと思ってんの?!」
「十二歳ですよ。一回り。同じ干支って相性がいいんだとか。基本的に女性の方が長生きするというし、老後が楽しみですね。何か問題でもありますか?」
「大有りよ! あなたは海姓なのよ? しかもまだ十二歳……」
最後まで言い切らないうちに、唇を塞がれた。そのまま草の上に押し倒される。押しのけようとしてもがいても、既に黄玉の方が力があった。のしかかるような恰好はそのままに力は緩めず、黄玉は耳元で囁く。
「……俺が欲しいのは、あなたです。俺が縁談を言い出すなら本来は十五くらいが望ましい。でもあと三年ほっといたらあなたはどこかに持っていかれる。そうなる前に俺だけのにしときたいんです」
耳たぶに軽く口付けをし、再び黒玉を見つめる。切れ長の瞳に、ぞくっとするほど、艶やかな色があった。十二歳の少年とは思えない。そういえばこの子はあの白玉の弟なのだ、と思い当たる。
「もし今あなたが拒絶するなら、この場であなたを抱きます。ついでに口約束で誤魔化そうとしても無駄ですよ」
「……強引ね。力尽くは嫌いよ」
少年の笑顔に戻って、黄玉は再び黒玉の唇を塞ぐ。
「ええ、力尽くじゃありません。厭がるなら強制しませんよ。あなたが俺を求めるんです」
「大した自信だこと……」
半ば呆れたように呟く。
「伊達に見つめてきた訳じゃありませんからね」
「……」
抵抗を止めた黒玉の耳に、首筋に、黄玉の舌が這う。少しずつ呼吸に甘い何かが含まれていくのを感じながら、黒玉は七年前のことを思い出していた。
黄玉のはちょっとあれですが、まあ特定個人に固執する一種の病のようなものですので、お見逃し下さい。