桜の花びらと白いページ
「話してよかったよ。美鈴はちゃんと話きいてくれるから、ほんとに助かる~」
放課後、ファミレスからでるとすっきりした顔の友人を見送る。
ばいばいと手をふって彼女の姿が見えなくなると、肩の力をぬく。
口からはため息がもれてきた。
本日で今月の恋愛相談8件目……。
なんなんだろうか……、いつのまにか恋愛相談役なんて呼ばれ始めた。
理由をきくと、『話しやすいから』ということらしい。
そんなものは普通に彼氏もちの女子に話せばいいと思うのだが、『そういう子は自分の恋愛観を持ち込もうとするから黙って聞いてくれる美鈴がいい』だそうだ。
友人たちが褒めてくれるが、それは無口な幼馴染の影響が大きいだろう。
帰り道、バスの停留所で見知った顔を見つける
ベンチに腰をかけてうつむき気味にしている姿を見て、またかと苦笑を浮かべる。
「ほら、頭にのってるよ」
黒髪の上にのっていたサクラの花びらをはらってやると、今気がついたようにわたしの顔を見た。しかし、すぐに視線を膝の上にのせた本に戻す。
幼馴染の透は出会ったときから重度の活字中毒者であった。
暇があれば本を開き、歩きながら文字を追う。小学校の頃から本の虫っぷりはいかんなく発揮され、二ノ宮金次郎とクラスメイトたちからはやしたてられても、本人はまったく気にした様子はなく黙々と本を読み続けた。
最近ではその病気も重症化して、本が読みかけだと降りたバスの停留所に腰を落ち着け始める。
通りかかった運転手はバスを待っているわけでもないのに、ベンチにすわっている姿に困惑したことだろう。
透の横にすわり、ひらひらと舞い散るサクラの花びらを目で追う。
横目でちらりと透の様子をうかがうと、日に焼けていない生っ白い肌と線のほそい肩が目に入る。
視線を再び前にもどすとページをめくり紙のこすれる音がしばらく聞こえていたが、その音も止まり立ち上がる気配がした。
どうやら一区切りついたらしい。
透は本を読み終えるか、章がかわるまで読書を中断しようとしない。
「それじゃ、着替えたらそっちいくから、窓開けといてね」
家に帰るとセーラー服のリボンをほどき、楽な格好に着替えた。
カーテンをあけて窓をあけると、すごそこに透の部屋につながる窓が見える。
窓枠に手をかけて「おじゃまします」と体を移していく。透の部屋にはいるとまず目に入ってくるのが壁を埋め尽くす本の山。ついで、床の上には本のビルが建っていた。
この間までビル群は都心のように乱立していた。
あまりに本を溜め込むものだからおばさんに怒られて、この間片づけをしたばっかりのはずなのにと呆れてしまう。
片付けている最中も本を読み始め動かなくなる透を叱りながら、片づけを手伝ってやった。
捨てる本を選別していたがなかなか決めようとしないものだから、わたしの部屋の物置で眠ることになった。
そのうち引き取りにいくといっていたが、そんな日は永遠にこないのだろう。
「それでさー、ほんとまいっちゃうよね」
部屋の中ではわたしの話し声が占め、静かにページをめくり紙のこすれる音が聞こえてくる。
透はイスの上で膝をおりまげて体育座りをしていた。それが本を読むときのいつものスタイルであった。
話している最中、話の腰を折るようなこともないが、話題を振ってくることもない。それがわたしたち二人の過ごし方だった。
「ねえ、美鈴、質問があるのだけれどいいかな?」
透はときおり、唐突に話しかけてくることがあった。
それは読んでいた本の言葉でわからないことがあると聞いてきたり、明日の宿題であったりと予測がつかない。
わたしがうなずくと、透はいつも通りの顔のまま話を続ける。
「本の中では恋愛というものがテーマになることが多い。それにクラスのみんなも恋愛が大好きらしい。だけど……恋愛というものがよく分からないんだ」
「恋愛なんて言葉が透の口からでるなんて~、あははっ」
大真面目にそんなことをいうものだから、おもわず吹き出してしまった。
「美鈴はよく友人から相談をうけているのだろう。恋とはどんなものなんだ?」
「えっと、好きなひとと一緒にいると心がふわっと浮き立って落ち着かなくなって、相手が今何考えているのかってことばかり気になっちゃう、って感じかな」
恥ずかしさを感じながら話し終えると、そういうものなのかと透はうなずく。そして、腕を組んで考え込み始めた。
うつむき気味にしていた顔をあげて、わたしの顔をじっと見てきた。
「……そうすると、美鈴に恋をしているということになるのだが」
透は小首をかしげながら真顔のまま爆弾を投げつけてきた。
見る見るうちに自分の体温が上昇して頬が熱くなるのを感じた。
「ま、まじっすか……。というか、そんな平気な顔していわないでよ! 一緒にいるとき本ばっかりよんでるじゃん!」
「うーん、照れ隠し?」
そういって、透は開いていた本で自分の顔を隠す。
本の下の顔は一体どんな表情をしているのかが気になってしょうがなかった。
透の小さなつむじを見下ろしながら、指先でちょこんと本をひっぱってみた。
しかし、本のすき間からは、いつも通りの顔が見えるだけだった。
「いや、気のせいだろう。だって、わたしたちは女同士だし」
「そ、そうだよねー。透が冗談をいうなんて珍しいこともあるもんだー」
誤魔化すように笑いながら、本を再び開く彼女のことを少しだけ憎らしく思うのだった。
桜の花びらが読んでいた本の上に舞い降りてきました。春ですねー。