第七話 当たり前の恐怖
そう、新ダンジョン『桃源郷』をクリアした俺達を待っていた仲間は五人しか居なかった。
「おろ? 『メガネ』はどうしたのじゃ?」
気弱そうだった眼鏡の子が居なかった。
「なぁに、少しミスしちまって、それを気にしてか自発的に一人で食べてるのさ」
へへ、と汚い、汚く見えてしまう笑みを広げた。
「白々しい、『オーガ』。あんたのやり方には嫌気がさしたわ、言ってた通り攻略組に移らせてもらうわ。ご馳走様」
汚物を見る目で『オーガ』を見下しこちらに体ごと向きを変えた。
「『ヒメ』よ、こっちのグループに入れさせて貰ってもいいかしら?」
「別にいいが何があったのじゃ? それと『メガネ』はどこにおる」
「そうね、ついてきなさい歩きながら教えてあげるわ」
目の前にある美味しそうな夕飯にかじりつきたかったがそれどころではないようだ。
「(六人しかいないのに虐めなんてよく考えつくな……まったくランカーにも色々と厄介な奴がいたもんだ)」
どこか遠い目をしながら周りの風景を眺める。もう五分は歩いただろう、完全に日が落ちた。
「どこまで行くんだ?」
「文句なら貴方とユーザーネームの似た奴に言いなさい、と言うよりも言ってちょうだい。調子に乗りすぎなのよ」
「お前だって『オーガ』よりランク上だろ? 何で言わなかったんだ?」
「そうね……」
そう言って俯いてしまった。
「人にはカリスマ性というものが誰だろうと何かしら備わっているわ、私はそうね、支配者という思考に向いているのよ、そういう場で自身のカリスマ性も光っていたと思うわ。だから『メガネ』を庇いきることが出来なかった、心の奥底ではあいつが足で纏いという『オーガ』の意見を認めてしまっていたのかも知れないわね」
彼女の現実での生活のことは知らないし興味もないが『オーガ』を否定しきれないということなのだろう。
「(難儀なもんだ、人一倍正義感が強いから尚更か……)カリスマ性がどうとかは分からないが俺は特に『オーガ』を説得する気はねぇぞ」
「っなんでよ!」
驚きと怒りが混ざった覇気を纏いつっかかってくる。
「お前は真っ向から『オーガ』の考え方を否定したいみたいだが俺はそうは思っていない、人の考え方は人それぞれだからな」
「見損なったわ! 本当にランカーはクズの集まりなのかしら!?」
「そんなことはない……貴方は多分、分かっていないだけ。彼は見捨てることはしない、ただ効率が悪いのが嫌なのと赤の他人の考えに興味が無いだけ……」
おお、なかなか確信を突いた発言を。まあ、大体その通りなのが自分でも悲しい……
「そうだな、『オーガ』はどうでもいいが『ヒメ』以外にもこっち側に移りたいやつがいたら拒みはしない」
「ただの正義の味方ではないのね、誰にでも愛想振りまく正義の味方気取りの人かと思ってたわ。ごめんなさい」
ひどい評価だなおい!
「俺の事をどう思っていてもあんまり気にしねぇが一応歓迎はするさ。これからよろしく」
「ええ、こちらこそ。……そろそろ着くわ」
洞窟と言ってもいいほどの大穴があり、小さな光が灯っているのが見える。
「『メガネ』っ! 何があったんだ!?」
「全く、だから着替えろと言ったのよ」
「着替えなんてどうでもいい、僕はもういいんだ」
「尋常ではないようじゃのう」
洞窟の中で火を中心に囲んで座る。
「『メガネ』自分で話なさい」
「僕は話したくない、ただ僕が役立たずの足で纏いだからメンバーから省かれただけのことだろう」
「ちっ、埒が明かないわ。私から話す」
納得いかない顔のまま『ヒメ』は口から経緯を話し始めた。彼女の声は聞こえやすく内容が頭に入ってきやすかった、お陰で十分に彼女の怒りが理解出来た。
要はダンジョンで足を引っ張り、モンスターに怯え行動不能になり迷惑をかけた。『メガネ』は自分でモンスターが侵入してくることのない、現実の自身の部屋の代わりとなる場所に引きこもり始めたということだった。
「まあ、それはしょうがないかもしれんのう。ゲームとして認識していた非現実的な世界が現実になってしまったんじゃからのう」
確かにランカーの十人中で一人しかこのような状態にならなかっただけ良かったのかもしれない。
「食事はどうしてたんだ?」
「私があげているわ、それじゃダメだと私は思うのだけど貴方はどう思うの?」
そう言って俺の方を向いてきた。正直怖がるやつが悪いと言ってしまえばそこまでなのだが、そんな状態になってしまったのにも関わらず他のやつが何もサポートしてやっていないのが気に食わない。
「正直に言うぞ、俺はお前に同情し味方になるつもりはねぇ、正直向こうのヤツらに非は全くないからな」
「それはちょっと冷たすぎやしないか?」
「『カミック』、まだ話は終わってねぇよ。お前の味方になるつもりはないが、それでも助けようとしてくれるやつもいることに感謝しろ、話はそれからだ」
そう言って洞窟から出た、人前でこんなに本音をぶつけることは久しぶり、あの日以来だ。
「感謝してない訳ないだろ! 彼女はここまでサポートしてくれているのは本当に感謝している、けど……恐怖がそれを上回っちゃうんだ」
典型的な引きこもりだったのかもしれない。人との関わりがなく、人との間に壁を作り隔離された部屋で毎日をAEWに費やしていたのだろう。しかし、それは俺達に関係の無いことだ。
「だったら『ヒメ』に感謝の言葉を伝えたか? そうしねぇと伝わらねぇよ。それと出来るだけユーザーネームで呼ぶことだな、まだ現実と決まった訳じゃない」
そんなことは有り得ないと自分でも分かっているが、それを免罪符にモンスター達の命を狩ってきた。自分が死ぬかもしれない、だからといって無闇に命を奪っていい理由にしてはいけない、本来話し合うのが先のはずなのだ。
「……分かったよ。『ヒメ』ありがとう」
「ええ、無理はしないようにしなさい」
「うん、分かってるよ。それでも見返してやりたいのは俺だって同じなんだ、ゲームで負けたくない!」
そう言って『メガネ』は立ち上がり歩き始めた。
「『メガネ』、周りをよく見ろ。ゲームの時みたいに周りに人がいないわけでもない、そしてこの世界には怖いもの以外に美しいものだってあるんだ。楽しまないと損だぜ」
「綺麗じゃのう」
六人は洞窟の外で満天に広がった星々の輝きに目を囚われていた。春夏秋冬、四季に合わせた四つの夜空しか設定されていない、動くことのない偽物の輝きが六人の姿を照らし出す。
そう、俺達の現実世界がゲームの世界に侵食されただけの話。その進行が終わったと、これ以上変化がないと思ったは何故だったのだろうか。その被害に遭う対象は元の現実そのものだって例外ではなかったはずだ。
あれから一週間半かけ『メガネ』の恐怖を克服した。周回組と顔を合わすことはなかった、攻略組といっても新ダンジョンにも挑戦していない、そこらの雑魚相手に戦っていただけの一週間半だった。新素材の事もすっかり忘れ、初心者らしくこの世界を楽しんでいた。
再び全員が集結したのは始まりの宮殿、元の世界と繋がっている場所だった。