第五話 桃花源記
『桃源郷』についての伝承は日本にもいくつか存在する、そもそも桃源郷とは一つの物語に登場した場所だったはずだ。
「桃源郷といえば桃花源記じゃの、これが桃花源記を本に作られたのだとすると……見つけることが出来なかった目印かのう」
「詳しいな」
「なぁにたまたまじゃ、それよりもこの仮説があっているとしたら桃の木を探さねばならん」
「見当たらないですね……」
見る限り一面の草原、木々などが生えている様子はない。
「その桃源郷ってのはユートピアとは違うのか?」
ユートピアとは確か理想郷という意味だったはずだ、確かに同じかもしれない。
「馬鹿者っ! 全くの別物じゃ。ユートピアは理想を求めた終着点、桃源郷は現実に何も求めなくなった者が行き着く終着点のことじゃ!」
「(何も求めない先に行き着く場所か、何も求めない、向こうからやってくる?)」
目視することが叶わず向こうからやってくる、そしてこれまでのダンジョンの新実装の事も考えると……
「「幻術か(ですか……)」」
おっと思って横を見ると声がはもった事が気恥ずかしかったのか少し頬を赤らめ俯いている『ユキノ』がいた。
「二人とも頭の回転が速いのう、今やっと理解出来たぞ」
「全然理解できていないから解説求む」
一通り考えを話し横では和装幼女が大げさにうんうんと頷いていた。
「あれ? 少し違いましたね……何でもないです」
少し浮かない顔だったが納得はしたようだ。
「謎が解けたもののどうするんじゃ? 幻術に対処する方法があるのかのう」
確かに攻撃されるにしてもこの広さじゃ運よくぶつかる可能性は低いだろう。
「それは問題ないだろ、索敵スキルで不自然に空白な場所を探せばいいだろ?」
「なるほど!」
『カミック』の発想は素晴らしかった、小屋の数百メートル先に見事に不自然な円形の空白が存在した。
「ここかのう、至って普通の場所じゃな」
全く普通の場所だが面白いように円形型に敵が配置されている、よく見ないとわからないが初見でこの中に侵入したら確実にゲームオーバーだろう。
「準備はいいな、油断するなよ」
衝撃に備えつつ、恐る恐る足を踏み入れる。
「来ないぞ、ッ!!」
景色が一変する、眼前には灼熱の炎が迫り来る。その業火は一匹のモンスターの口から出されていた、そのモンスターの名称はフェニックス・アスタリーと表示されている。
「散開しろ! 恐らく新モンスター、ボス級だ!!」
タダのフェニックスではない、黒い炎を纏う不死鳥だ。その攻撃力は大幅に普通のフェニックスを上回っている。
「〜〜っ! Lv120、立派なボスじゃ!」
「俺がタゲをとる! こいつを倒さないと先には進めない!」
「「「了解!!」」」
ナイフ型の双剣を投げる。投剣スキルのサポートで狙い通り不死鳥の目に向かって飛んでいく。更に跳躍のサポートスキル、二段飛びスキルで足元まで跳躍し双剣で斬りつけようとした。
「キィィーーーー!」
目に刺さる予定だった双剣は黒い業火の翼で防がれたが足を斬りつけることには成功した。
しかしその攻撃は初撃ダメージボーナスが加算され、黒い不死鳥のライフゲージの五パーセント程吹き飛ばした。その攻撃を受けた不死鳥は更に高度を上げ翼を大きく広げた。
「まずいっ! 防御が間に合わなっ!?」
黒い翼から放たれた数十の業火の槍は着陸直後で防御が間に合わない凰雅の真上にも飛来した。
しかし炎の槍が頭に突き刺さる前に銀髪の少女が身の丈に合わない巨大な斧で視界を防いだ。
「良かったです、間に合いました……」
「マジで死ぬかと思った、サンキューな」
「いえ……」
今のは『ユキノ』のおかげで助かったが、
「全く、初見でクリア出来る敵じゃねぇぜ」
「泣き言言っておらんで働くのじゃ!」
「分かってる、サポート頼むは『ユキノ』」
「うん」
翼に刺さったままの剣を一度収納する、武器ボックスに収納されたオリハルコンの双剣に再び持ち直す。
「アスタリーだか何だか知らねぇがぶっ飛ばす!」
『スト〜〜〜〜ップ!! ごめんね〜まさか君達がリタイアせずに『桃源郷』に挑んでるとは思わなかったよ。 アスタリーはまだ調整中なんだ、こっちのミスでごめんね』
やる気満々で跳躍したものの黒炎の不死鳥の姿が唐突に消え、四人は呆気に取られていた。
「説明しろ」
『いや〜こっちも色々忙しくてね、アスタリーは本来のモンスターじゃないんだ。本来のモンスターがポップするまで後十秒〜、頑張ってね〜』
「おい!」
返答はない、宣言された時まであと二秒。
地面から光の玉が現れ巨大な形を成していく、Lv100フェニックス。
「青いのう」
凍てつくような氷を纏い、空に君臨したのは氷の不死鳥だった。
「Lv100か、中ボス級だな。落ち着いて行くぞ!」
攻撃パターンは普通のフェニックスと完全に一致している。燃焼のデバフが凍結のデバフに変わったぐらいだ。三本目のゲージを削り終え、四本目にさしかかろうといったところだ。
「ラスワンじゃ!」
残り僅かのゲージが吹き飛んだ、氷の不死鳥は消滅し草原のこの場所にのみ桃の花が咲き溢れた。
「絶景ですね……」
「素晴らしいのう! 桃花源記で間違いないようじゃな」
「ああ、鍵を探そう」
満開の桃の花に桃の実も実っている。不思議な光景ではあるが文句を言う植物学者もいないだろう、それほどに美しかった。
桃の木に印が付けられているのを見つけた後は早かった。巨大な岩が現れ鍵のかかった扉が現れる、その横には鍵がかけられてあった。
「ここにも鍵か、まさかもう一本探せなんてことはないだろうな……」
「分からないがここの扉の鍵じゃないな、あの小屋に戻るか」
途中でゴブリンと遭遇するも危なげなく屠る。
ガチャ、ギィ。鍵穴に鍵を差し込むとガチャという音がし木の扉が軋む音を上げながら自動で開いた。
「おおっ! 助けに来てくれたのですね、ありがとうございます」
老人が一人そこにはいた、生活感のない部屋でまるで閉じ込められていたようだ。謎に釣竿と魚を入れれそうな籠も部屋の隅っこに置いてあった。
「どちら様ですか?」
「私は桃源郷に足を踏み入れたしがない漁師です。桃源郷の噂が広まるのを恐れられ閉じ込められてしまっていたのです。本当にありがとうございました、お礼となるかは分かりませんが桃源郷への門の鍵を差し上げましょう。」
手に受け取り、小さくお辞儀をして小屋から出た。無情にもその小屋の扉は閉まり差しっぱなしだった鍵も消滅した。
「よし、行くか」
岩に取り付けられた扉の鍵穴に鍵を差し込む。今度は自動で開くことはなかった、扉を開ける。
「恐らくボス戦じゃろうな、準備はええかの?」
「さっさと行こうぜ、時間もねぇし」
「俺もいいぜ」
「右に同じ……」
和装幼女はニカッと笑いを零し扉の中に足を踏み入れた、ようやく最終ステージにたどり着いたようだ。
虹色の甲羅を背負ったスケールが桁違いの巨大な亀の咆哮が俺達を迎え入れた。
ワクワクが胸から溢れだし表情に明確に現れる。
「面白そうじゃねぇか!」
満面の笑みで双剣を手に巨大な亀に突っ込んだ、四人全員の表情はどれも楽しそうだった。
『桃源郷』のボス戦が始まった。