第二十六話 秘密と仲間
九時五分、それでも五人から人数は増えなかった。
「どうする?」
今日はあの勇者を名乗る軍団は来てないようだ。人は誰もおらず閑散としている。
「五人、剣二人、盾一人、杖一人か。ゲームなら余裕だったんだけどな」
確かにゲームだったならばこれで充分だ。しかし、これは現実、命を預ける以上用心に越したことはない。
「瞳也、お前実は戦えたりしないか?」
これは昨日のことを踏まえた希望的観測だろう。どう答えるべきか、信用しているとはいえ魔王の右腕など物騒すぎる。
「戦えない、とも言いきれない。俺の右腕は人間の右腕じゃないんだ。経緯は省かせてもらうがこれは……魔王の右腕なんだ」
「っ!? どういうことだ!」
やっぱりこうなるか、しょうがない。
手袋を外し、右腕の袖を捲る。中からは禍々しい紋様が刻み込まれた腕が出てきた。
「そ、それが魔王の腕なのか!?」
「ああ、恐らく俺達はこの世界を知り尽くしていない。この腕はあの酒呑童子と戦った戦場で拾ったものだ。つまり……魔王がもう一人街にいることになる」
ゴクリ、何人もの唾を飲む音が聞こえた。あの圧倒的な力を持つ魔王がもう一体潜んでいるとなると、あの街は世界で一番危険かもしれない。
「あの人! 有栖川さんなら知ってんじゃないのか!?」
「ああ、知ってて隠してた張本人の可能性もある」
あの軍人のことは信用しきれない。対話していてもどこか違う世界を見て話しているような、そんな別の人間に感じる。
「話を戻そうーーこの腕は戦える力がある。それは昨日証明できた。でも、何の力なのか、どうやって使うべきなのか、何もわからない」
しばしの沈黙が流れる。それもしょうがないか……自分でもこの腕は気持ち悪い。
「まぁ出来れば今まで通り約立たずとして扱って欲しい」
あーあ失敗した。こんな空気になるかもな〜と思って伏せておいたのに、失敗した。
「あ〜なんだ、瞳也。俺はお前が敵に回るとかは嫌だぞ?」
ん? 阿形は何を言ってんだろう?
「俺もお前と戦いたくない。そんなに面白くもなく平凡なやつだけど嫌いじゃないし」
ん? こいつもよくわからないが喧嘩を売ってきたのは分かるぞ、おい。
「わ、私は正直怖いな」
そうそう、そういう反応を待ってたんだ!
「えっと、俺ついていけてないんだけど。とりあえず天塚が運良く力を手に入れたってことでいいのか?」
「それは違うぞ、壮太! 瞳也は魔王になりつつあるんだ!」
「「「えっ!?」」」
どうしてそう思ったんだ? 田中 壮太の意見は正しい。一緒に驚いたこの中で唯一の女子である三上 夏菜子も同じ解釈だったのだろう。
もちろん俺もそんなことを言った覚えはない。
「「えっ!? 違うのか?」」
「違う! なんで俺が魔王にならないと行けないんだよ!」
「だって……お決まりだし」
「何の!?」
「「……ダークファンタジーの」」
「……」
何とも言えず沈黙が流れる。何か言わないととは思うもののどう対応していいか分からない。
「あはっは、お前らバカじゃねーの! アニメの見すぎだろこの厨二病患者!」
ブチブチ、ブチ!
「あのなぁそうたぁ? この世には言っていいことと悪いことがあるんじゃボケナスがぁ! 厨二病患者? なんですかそれ? 悪いんですかなんなんですか? そういう貴方は一度も二次元に憧れたことがないってんですか〜?」
スイッチの入った阿形の抗議は止まらない。よくもまあこんなに饒舌に言葉が出てくるもんだ。
あまりの熱意に気圧されそうだ。
「んー二次元? アニメに憧れるってことか? それならないぜ! アニメはアニメだからな!」
その熱意も伝わらず、当たり前の正論ですぐさま論破。田中恐るべし塩対応。
「「ぐはぁ!」」
何を苦しんでんだ? とでも言いたげな目で二人を見下ろす田中。心に即死級ダメージを負った二人は今にも死にそうなほど落ち込んでいる。
何はともあれ、雰囲気が和んだことには変わりはない。
「……ありがとな」
誰にも聞こえないような声でボソリとお礼を言った。それは今だけのことではない。これまでもそしてこれからもこいつらになら命を預けられると確信した。
「まぁ、話を戻そう。今日どうするか、そしてこれからどうするかを決めよう」
本題はこれだ。俺の手のことなどおまけに過ぎない。
しかし、案は出ない。来てない人たちを説得しに行くのか、このメンツでやっていくのか。
「こんにちは! 阿形君、草壁くん、田中くん、三上さん、そして天塚くんだね」
急に横に現れた見覚えのある男性。それにこの取り繕った笑顔と声の持ち主と言えば一人しか思いつかない。
「初めましてではないけれど改めて有栖川と言うものです。今日はただのオフデイ、仕事は関係ないよ」
「(この人も【転移】スキルを持ってるのか!?それにしてもタイミングが良すぎやしないか)」
仕事、俺達に魔王討伐を依頼した張本人だ。それに今いる五人には信用がないことを知っているのだろうか?
「そう警戒しないでくれ。君達は昨日ドイツの勇者達に会ったそうだね」
「っ!? どういうことですか? 俺達は本当に勇者なんですか?」
「君達は勇者だ。それは保証しよう。この世界の悪、魔王を打倒する主人公だ。しかし目的は違う、魔王討伐は第一歩に過ぎない」
「それはどういうことですか?」
「別にこの世界を終わらせるだけならば魔王は倒さなくても良いはずなんだ。グランドクエストをクリアさえすればいい」
確かに、勇者と魔王がいれば戦うのが必然と考えてきたがこの世界を終わらせる為には魔王を倒しても意味が無い。
「じゃあなんで自衛隊は俺達に魔王討伐の依頼を?」
「そうだよね、この世界に魔王が五人いることは知っているよね?」
皆が頷く。これは世界に向かって既に配信されている情報だ。
「でもいわゆる二次創作だと勇者一グループに魔王一体だ。君達の常識もそうだったろう?」
これまた頷く。大体が世界を支配した魔王を勇者が倒しハッピーエンドで終了だ。
「ならばこの世界にも他に勇者がいてもおかしくない。最初は全ての国が勇者の情報を隠蔽したんだ。でもそういう訳にも行かなくなった。
グランドクエスト改め『バベルの塔』、そして魔王城には科学兵器を無効化されてしまうことが分かったんだ」
「そこで人間兵器である俺達勇者が必要になったと」
「あはは、そう卑屈にならないでくれ。結局七カ国に勇者が存在することが判明したんだ」
「七カ国!? 魔王の数より多いじゃないですか!」
「そう、原因は何であるにしろこちらの方が有利というわけだ」
しかし、魔王が討伐されたという報道は未だに聞いたことがない。
「まだ……いや、今どれだけの勇者が生きているんですか?」
「約六カ国分の人数だ。彼らの犠牲を持ってしても傷一つ負わすことは出来ていないはずだ」
「「「っ!?」」」
約三十人がすでに死んでいる。その事実を聞かされれば意思が折れる者達も多いのではないだろうか?
「そこで君達に提案を持ってきたんだ。君達自身一人一人が考えてくれーーーー強くなりたいか?」
傍から見て目の前の男性は三十代前半くらいにしか見えない。
それでもこの時の雰囲気は魔王に似て非なるものがあった。
ーー二ヶ月後、彼らは覚醒する。
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