第十九話 キャロルおじさん
中華人民共和国内で始まりの日に受けた損害は既に修復されつつあった。それもNPCやモンスター達の手によってだ。
「さっさと働け!」
ここ上海の静安区でもそれは変わらない。ビルの外には畑が出来つつあった。女子供はビル内に監禁され、労働力となる男は畑で働かされていた。
そんな静安区に再び俺は訪れていた。
「変わったな。生け贄のペースも減っているらしい」
「そうか。それでも何も変わってない」
「凰雅よ〜、無理のし過ぎは禁物だぞ?」
「わかってら。てかお前にだけは言われたくねぇ」
「ははは! あれは無理じゃなかったはずだが?」
「チッうぜぇ」
俺の後にはごついおっさんがいる。二週間前、『秘境の鉱山』の前で再開した仲間だ。
AEWで『キャロル』とかいう可愛げのあるネームだったが、中身はごついおっさんだった。
「キャロルおじさん、そろそろ行こうか」
「ああ、次にその名前で俺を呼んだら冥界に連れて行ってやるよ。戻るぞ、俺達にはまだ早い」
俺は悔しくも首を縦に振るしかない。
「「転移! 『アルバスの墓』」」
二人は再び経験値ダンジョンへと戻っていった。
ーー二週間前
「やっぱり中には入れねぇか」
この地球でも転移不可能な場所はあるようだ。今回もダンジョンの中ではなく入り口付近に転移した。
未開の秘境、そう称されてもおかしくはないだろう。AEWには世界地図と少し違うところがある。それはダンジョンが出現する場所が海の場合、新たな島がダンジョンの為だけに配置されていたのだ。
「人が多いな」
ゲームの中での主な移動手段は転移門、転移晶石、スキル、使い魔だった。この中でもスキルと使い魔は使い手が少なかったため、転移門や転移晶石が主流だった。
しかしこの世界で転移門は見つかっていない。転移晶石を購入できるアイテムショップも同様だ。
「全員がスキル……では無さそうだな」
明らか国から派遣されてきたであろう軍団がヘリから降りてきた。全員が銃を手にダンジョンへと入っていった。それ以外にもちらほらと海岸にはヘリや船が止まっているのが見受けられる。
「科学兵器か、便利なもんだ」
海岸付近をぶらぶら歩きながら情報を観察していた時、不意に声がかけられた。
「お〜い! お前もしかしてギルマスか〜〜?」
大声が入り口の方から聞こえてきた。感動の再開でも見られるかと興味を持ち声が聞こえた方を見ると、ガタイの良いおっさんが俺の方に向けて手を振っていた。周りには俺以外人はいない。
「俺は『キャロル』だ! 人違いだったらすまん」
「『キャロル』、『キャロル』って言ったか!?『境界の旅団』の『キャロル』か!?」
「ああそうだ! やっぱりギルマスだったか、会えて良かった!」
『キャロル』は俺がギルドマスターを務めていた唯一のギルド『境界の旅団』の仲間だ。
たった五人しかギルドメンバーがいなかった『境界の旅団』だが、その名はAEWで知らぬ者はいないと言うほど有名だった。
俺が高校受験をし、社会に出られるように。時には支え、時には叱ってくれた仲間の一人がこの目の前のおっさんだ。
しかしAEWでのアバターは猫耳の小柄な少女だった。本人は娘のゲームデーターを引き継いだ、中身は不細工なおじさんだと公言していた。それは真だったが一つだけ偽だ。それは全然不細工でない厳ついおっさんだった事だ。
「人の顔ばっかジロジロ見て何かついてるか?」
「いいや、何でもねぇよ」
こいつの国ではもっと整った顔の人が多いらしいが日本人からしたら充分だった。雰囲気はランカーの『タンク』と似ているかもしれない。
「どうやってここまで来たんだ?」
「俺は使い魔だな。『マイティエイ』をテイムしたんだ」
「ぷっ、あははははは! あの『キャロル』が使役者!!」
「なっなんだよ! 別にいいじゃねぇか!」
「そうだよな、うんうん。悪かった……ぷぷ」
『キャロル』は可愛らしい見た目と裏腹に豪快に敵をなぎ倒すというプレースタイルだった。
それが本体は軟弱な使役者になったと言われたらもう笑うしかない。
「てんめぇ、ギルマスはなんなんだよ! ランダムなんだから元のジョブじゃねぇんだろ?」
「ーーああ……秘密だ」
「まぁいいか」
いくら仲間とはいえ自分の正体を話す訳にはいかない。魔王は人類の敵なのだから。
「ここまでは何で来たんだ?」
「【転移】スキルだ」
「おいおい、魔導士にでもなったのか?」
「……まぁそんなとこだ」
罪悪感はあるが、我慢しなければ取り返しのつかないことになってもおかしくない。
「俺もソロだし一緒に行くか? ギルマス」
「ああ、『キャロル』が良ければお願いするよ」
「じゃあ久しぶりの共闘と行こうぜ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
意識が何故か微睡んでしまうお昼過ぎ。妹弟子は意識を覚醒させた。春川家のリビングのソファの上で少しばかり眠っていた彼女の横には縫い物をしている女性がいた。
「ちーちゃん!」
「どうしたの? そんなに大声出して」
「あれお母さん? ちーちゃんは?」
寝ぼけていたのもあるが横の女性を恩人である春川千夏と間違えてしまった。
「忘れ物って言ってたかしら? とにかく十分くらい前に出かけたわよ。妹ちゃんも出かけるの?」
「ちーちゃんを追いかけるよ! 行ってきま~す!」
「はいはい。七時には帰ってきなさいよー」
彼女は真夏のセミ取りに行く少年のようにドタバタと騒がしく春川家を出た。
「どこいっちゃったんだろ? コンビニかな?」
街は少しずつかつての姿を取り戻している。主に戦闘職のジョブを獲得した者だが、ダンジョン化していないスーパーマーケットやコンビニは営業を再開した。
「あっ! おーい、ちーちゃん〜!」
「むっちゃん、お昼寝はもう良かったの?」
「うん! それより出かけるなら声かけてよ!」
「かけたつもりだったんだけど?」
少し思い出してきた。そう言えば夢の途中で自分の教えたあだ名で呼ぶ声がしていた気がする。
「ごめんね、思い出したよ」
「いいえ、次からはもう少し起こせるように努力するわ」
「今日は行かないの?」
「今から行こうかしら。霊格も育ってきてるみたいだし危ないかもしれないけれど」
最近この街では中級モンスターのイビルダーの出現率が明らかに多すぎる。そこで二人は奴らがどこから湧いてきているのか、そのダンジョンを探し始めた。
探し始めて三日後、魔王の根城と反対側にダンジョンを発見した。そこからはイビルダーが湧いているのも確認済みだ。
「クリアの糸口が見つからない以上、今日もイビルダー狩りになると思うわ」
「それでもレベルも上がるし人々のためになるから行こう!」
「そうね、行きましょうか」
こうして二人は隣町近くの廃病院へと向かっていった。
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