第十六話 妹弟子の来訪
突然の来訪に上海へもう一度渡るのは後回しとなった。現在、リビングの机を一人の少年と二人の少女が囲んでいた。
「私、必要あるかしら?」
「ないけどまぁ、世話になったみたいだし何かお礼をな」
「そうそう! 凰雅にぃ料理上手いんだよ!」
「お前らが全く料理しなかったからだろぉが。全く、イギリス行っても何にも変わってないな」
「えへへ、ありがとう」
「全く褒めてねぇよ」
はぁ、というため息が前に座っている春川から聞こえた。確かに兄妹の会話に何故一クラスメイトが混ざっているのだろう?という疑問があるのだろう。
「本当に私必要? いらないと思うんだけれど」
「まぁまぁちーちゃんも落ち着いて。凰雅にぃ【調理】スキル持ってるよね? 持ってなかったら」
「持ってるよ。材料ないけどな」
さりげなく春川を『ちーちゃん』と呼んでいるのがこいつのすごいところだ。人と全く壁を作ろうとしない。
「なら俺が料理しよう。デザートがいい、材料は何があるんだ?」
「えっと、『フルーワーアイス』でいい?」
「よく手に入れたな。それをくれ」
はぁ、と再びため息が聞こえた。
「随分適応してるのね。それに毎日話しているみたいよ? 久しいのではなかったの?」
「まぁ、そうだな。十歳から十四歳だから四年ぐらい一緒に過ごしたのか」
「あの人のおかげだね! ……もういないけど」
確かにあの人と会えることはもうないだろう。神の法とやらを破っていたそうだ。もうどこにいるか、生死も分からない。
「ああ、しんみりした話はこれで終わりだ。そもそも俺の妹じゃないしな」
「妹だよ!」
「妹弟子であって、妹じゃないだろぉが。年上のくせに」
「えっ? どう見ても中学一年生かそれ以下にしか見えないわ」
「ああ、俺が初めて出会った時から変わらないが確かにじゅ」
「凰雅にぃ、それは言わない約束だよね?」
まじの目で訴えかけてくる。いくら妹の様なものであっても女性の年齢をペラペラばらすという趣味は持ち合わせていない。
「ほら出来たぞ」
【調理】
調理に必要な道具を出すことができる。
料理法や調味料もレベルによって手に入る。
このスキルを使えばほとんどの料理が五分以内で出来ていたのだがレベルが低いため二十分もかかってしまった。
「簡単にゼリーっぽく作ってみたが味は保証できねぇ」
「これを神野君が? 意外にも程があるわ」
「わぁ〜美味しそう! いただきま〜す!!」
二人の分だけを作り、自分は少しスマホを取り出した。そして【異国】についてもう少し調べてみようと思ったのだ。
「あら美味しいわ。神野君は食べなくていいの?」
「俺はいい、少し調べないといけねぇからな」
苦しんでいる人がいるならば助けなければ……今も苦しんでいるだろうか? ならば少しでも情報を集めよう。
「おーい、おーいってば! 凰雅にぃ!ごちそうさまでした!!」
「んん、ああ」
「ご馳走様でした。神野君、少しはスマホから目を離したらどう?」
「ああ、ってすまねぇ。また集中してた」
「何を見てたの?」
妹弟子はニヤニヤといやらしく口角を上げながら聞いてくる。全く何を期待してるのか…
「【異国】と呼ばれるようになっちまったよそ様の国のことを調べてたんだよ」
「中国のことね。でもなぜ?」
「ちょっと用があんだよ……俺のせいで人が死ぬなんて絶対嫌だからな」
【異国】では人間は奴隷か家畜、生きるも死ぬも簡単に決められてしまうだろう。そんな中で脱走の疑いでもかかれば即アウトだ。上海のあの地域以外にも被害が広がっていくかもしれない。
「それってどういう」
「ちーちゃん! もう行こっか! このままじゃ凰雅にぃの……邪魔になっちゃいそうだしね」
「そうね、貴方の事情にさほど興味はないし帰るわ」
「悪いな……いや悪くはないな。そもそもそこのチビ、鍵直せよ」
「……で、では達者でな凰雅にぃ!」
「はいはい、死ぬような事はするなよ」
「うん、凰雅にぃもだよ」
ばたりと扉は閉まった。走り去った妹弟子は相変わらず元気そうで良かった。
「最後に一つだけ、この世界はいつかは終わるのね」
「きっと、いや絶対に終わらせる」
始まりの日のことを、あのゲームマスターのことを思い出し拳を握りしめる。しかしその拳も今は片方しかない。
「なら何も聞かないわ。それに貴方ほどでは無いかもしれないけれど私は私で問題を抱えているわ。どうしようもなくなったら貴方を頼ることにする」
「ああ、限界が来る前に頼ってくれると助かる」
「ええ、それじゃさようなら」
再びばたりと扉が閉まる。久しく賑わった神野家も静寂を取り戻した。
この時、俺の抱えている問題とは上海にあること。春川の抱えている問題はこれからの生活の事だと思い込んでいた。
ーーーー俺は彼女の抱えている問題に全く感づけていなかった。
「行くか、 転移!上海!」
体の感覚が一瞬無くなる、それが戻って来ると同時に視界は上海の郊外の物寂しい風景を映し出した。
それぞれはそれぞれの問題を抱えつつ、歩み始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「結局外で待ってたのね」
「もう遅いよちーちゃん!」
「呼び方はどうでも言いけれど私、あなたの名前知らないわ」
「そうだったっけ?私の名前は……。改めてよろしくね! しばらくお世話になるつもりだから」
「えっ!?」
二ヒヒと笑顔を浮かべる少女とため息をつく少女の明るい会話が静まり返った街に聞こえていた。
結局、妹弟子は春川千夏と行動を共にすることになる。
しばらく物語はゆっくりと進みますがご了承ください! 勇者達が再び登場するのももう少し後になりそうです。
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