第十一話 この世界
「えっ、うたれ、た?」
真っ赤に染まってゆく右腕の感覚は吹き飛び、ただただ意識が朦朧としてきた。
「まったく困るんだよ。仕事を増やすな」
はぁ、とため息をつき偽りの皮を脱ぎ捨て元の姿に戻る。警備員のおじさんの面影はどこにもない、人間としての面影も皆無である。体は黒い影で出来ており手の部分だけが鎌のようになっている。
「あの方のご命令なんでな」
ザシュッ。鋭利な手による一撃で少年の意識は完全に落ちた。辛うじて息はあるものの持ってあと数分と言ったところだろうか、死は免れない。
「それにしてもダンジョンの巨大化があまり進んでいないな、もうちょっとペース上げるか」
鎌のようなその手はみるみる元の人間の手へと代わりほんの数秒で警備員の姿へと化けた。
「帰りますか」
踵を返し来た道を戻ろうとした時、同時に十メートルほど先の曲がり角から一つの影が飛び込んできた。
「おっさん! 無事だったか……あの子はどうした?」
やれやれと言って姿を変える、この小僧もこのダンジョンの養分になってもらうしかない。
「悪いのはお前だ、恨むなら不用意に踏み入れた自分の行動を恨め」
避けられるなどという考えは頭の片隅にもなかった。相手の表情を確認せずそのまま鎌を振り下ろした。
「イビルダーか!? あの子は無事か!?」
「まさか避けられるとは思わなかったな、、あの子は見ての通り瀕死、あと数分の命もないだろ」
「ッッ! てめぇ、許さねぇ!!」
「許してもらわなくて構わない、死人に口なしだ」
イビルダーは側面攻撃にめっぽう弱いが、その弱点もこの狭い通路では狙うに狙えない。
つまり、啖呵切ったものの打つ手なし、そこの少年を助けつつ入口まで移動するのはほぼ不可能だ。
ーー奥の手はあるが……リスクが、どうするか。
「来ないなら行くぞ?」
「ッッ!くそったれ! ーーーー神気解放!!」
神が如き力が込み上げる、それと同時にソーン・カスタロフに換装する。
「こっこれがリスクかよ!?」
画面のライフポイントの部分は減っていない、それでも自身の命が縮まっていることは本能的に理解出来た。
ソーン、太陽の力が語源になっているこの神器を使用する事が吸血鬼にとって何を意味するのか、それは即ち自滅である。
「なんだその力は!? あの方にも匹敵するその力は何だ!」
「さぁな、だがお前をぶっ倒せる力だ!!」
空間が焼き切れる、その力の余韻は余すこと無くダンジョン化したホームスーパーに与えられ、崩壊が始まった。
「ハァハァハァ、少年は!」
神気解放を解き武器も元の包丁に戻っている。満身創痍で前を見た。
「死んでるとも、ほれ」
唐突に見知らぬ、空気が凍てつく様な声が聞こえた。
建造物は確かに崩壊を始めた、しかし少年がいた一部、その部分だけは依然として風圧一つ受けていなかった。
その少年の前に片手を突き出している『何か』がいた。その圧倒的な威圧感は目を合わせることを許さず口を開くことを許さない。
「なんだ? 拾いもしないのか? それぐらいは見逃してやろうぞ」
その声で我に帰り、やっとその『何か』が投げたものが視界に入る。
「ッ! てめぇがやったのか?」
そこには紛れもないあの少年の生首が転がっていた。切断面は綺麗なもので 作り物に見えるほどだ。
「何、我にも情けというものぐらいある。苦しむ少年を楽にしてやるぐらいのな」
ふざけて言っているようにも聞こえない、その声が首を落とす行為が良心からきている行動であるのを示していた。
「お前は何者だ?」
敵か味方か、それを判断する要素が少なすぎる。
「何者? それはお前が判断することだ。それに判断基準など見れば分かるだろう? ……もしや何も見えておらんのか?」
判断基準とはジョブのことだろう、しかし相手のジョブなどどう目を凝らした所で見える気配は微塵もない。
「何もかも知らなさそうだな、では一つ助言してやろう。人の味方になるか、魔物の味方になるかを決めよ。その上で己が何者なのかを知りたければ『第六天神社』まで来い、命をかけてな。」
「俺は人間の味方だ! それは何があっても変わらない!」
例え体が変わろうとも、心まで変わることはないはずだ。
「変わったのは世界のみだけではない、しかと心に刻み込んでおけ。再び相見える時、貴様の心が変わっていなければ、俺は貴様の命を狩らなばならん」
そこで初めて正面から顔を見た。
中世的な顔付きに鋭い目、体には常に黒い靄が付きまとい体型までは分からない。
黒い靄が広がり目を瞑る。そこにはあの少年の首のなくなった亡骸しかなかなくなっていた。
酸っぱく、耐え難いものが底から込み上げ口から漏れ出た。
携帯で救急車を呼びその場を離れた。
それから三日経った、このことは微塵も報道されることなくこの街に静寂が戻った。テレビには海外で内乱が起きたことなどが報道されている。
街を出歩く人は一人もいない。二日前、世界中の首脳が会談を開き一つの結論が導き出された。謎の生命体が住処としているダンジョン内でしか活動出来ないという前提を否定した。
つまり、未知の生命体がどこにでも現れると公言したのだ。それから人々は家から出ることはなくなり、家の中で死の恐怖に怯えて過ごす生活が始まった。それにより経済は破綻し、世界中で飢餓に苦しみ、死に絶えるという絶望的であり解決策のない問題が発生している。
「命をかけろか、なるほどな」
残りは数少ない非常食のみとなった凰雅はリビングで携帯の画面を見て覚悟を決めようとしていた。
画面には一番近くの第六天神社の半径二キロ以内が赤く染まっている地図が映っていた。
政府が公言したのはそれだけではなかった。世界で五体の魔王を冠するに相応しい反応が確認されその一つが日本の埼玉県、『武蔵第六天神社』にいると発表した。
「行くか」
席を立ち神野家の門を出る。ここから三キロ、そこからはモンスターの跋扈する地獄と理解した上でも、その足を止めることは無い。
自身の正体を暴く為、あれから寝る間も惜しんで学校に通った。希に出現する経験値モンスターを何度も殺しレベルを上げた。神気解放を使うと経験値は入らないことも判明し、自力でモンスターに立ち向かった。
ーーその結果
job??? Lv26
family 吸血鬼
attack 4000
lifepoint 11000
defense 1100
skill
神器生成0/3 転移 隠密 調理 貫通 切断 索敵 ??? ??? ??? ??? 神気解放
という感じになった。
レベルが二十五に達した時にスキルがひとつ増えたものの使えず、パワーアップしたのは純粋な数字だけだ。レベルがひとつ上がる毎に全てのステータスが五十上がる事が判明した。しかし、世間では二十から四十の範囲内でランダムに上がるらしい。
それは種族の特権なのか、理由は分からないが初めての利点な気がする。
それともう一つ、吸血鬼の能力が発揮されていないように感じた。元々ないのかもしれないが、伝承では不死性と人間の限界を超越した力があるはず。しかし、そのようなことは全くなかった。羽も生えていない、少し、いやとても残念だ。
「壮観だな」
霧に包まれていて先が見えない所に着いた。ダンジョンの入り口というのはないのかもしれない。きっちりと円形に霧が広がり壁のようになっているのは壮観というほか無かった。
「行くか」
深呼吸を一つしてゆっくりと右足で踏み込んだ。霧が顔にあたり堪らず目を瞑った。
次に目を開くと、霧はなく荒地が広がっていた。澄み渡っていた空は赤黒く染まり、地面もそれと同色に近い。木々は朽ち果て、煉獄を彷彿とさせる風景だ。
地面がモゴモゴと隆起し、甲冑を身にまとったスケルトンが現れ、凰雅も武器を構える。町の色々なところから金属は集めている、武器は使い捨て状態だ。
「行くぞ魔王! 俺は人類の味方だ!」
凰雅の初めての魔王攻略が始まった。先客がいることに気づくことは無い、その対面が心を揺さぶることになるとは知らず全力で前へ、前へと進む。
イビルダーは中級ボスの部類に入るぐらいのモンスターです。




