表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペルソナ・ノン・グラータ 日本鎖国  作者: テロメア
第2章 前篇
9/28

9



     第二話/破「享受する少女、拡がる世界、復讐する少年」




「お兄ちゃんはわたしの誇りだよ」




 ☆東京 都内某所(昼前)



 この日、風見蕾は大阪から約三時間掛けて東京まで上京してきていた。

 理由は遠距離恋愛状態にある最愛の彼女の明日香との月に一度のデートのためだ。

 この日の資金を貯めるために、複数のアルバイトを掛け持ちして、毎日バイトに明け暮れているのは明日香には気恥ずかしいから秘密だった。

 蕾と明日香はもともと幼稚園から小・中とずっと同じ学校に通っていて、いわゆる幼馴染みという奴だった。そんなある日、高校に上がる前、彼女はお兄さんが一人だと心配だから一緒に付いていくと、中学の卒業式の日に打ち明けられた。

 高校入試もパスしていたし、何より今まで一緒だっただけに、自然と今まで通り同じ高校に行くものだとばかり思っていた蕾にとってそれはあまりにショックなことだった。

 あまりに衝撃が強過ぎて――思わず、告白してしまった。

「ずっと……ずっとずっとずっと好きやったっ、付き合ってくれ! 俺はお前が居らな、生きていかれへんっ! お前が居らん世界なんて想像できへんっ!!」

 今思い出しても顔が熱くなるほど恥ずかしい拙い告白だったけど、その突然の告白に、「そんなの……ずるいよ」と、途惑いつつも涙を浮かべて明日香は答えてくれた。


「断るわけ、ないでしょ――ばかっ」


 その日、蕾はファーストキスと愛を彼女に捧げた。

 彼女の潤んだ薔薇色の唇は柔らかく、キスに潤む彼女の瞳が可愛らしく、抱き締めた細い身体は予想以上に柔らかくて、今にも壊れそうで――愛おしかった。

 それから二年、蕾は毎月会いに行くという約束通り東京に毎月通い詰めていた。

 ――と言っても、未だにキス以上に進展はなく、手を繋ぐのもなかなかの勇気の要る試練として蕾に常に襲い掛かっていた。

 遠距離恋愛の問題点は、前の月に進展した仲も、一ヶ月という悪魔のように長い時間とともにリセットされてしまうと言うものだった。

 この盲点により、毎回、再会してから手を繋ぐまでが遠かったりするのである。




 新幹線から電車を乗り継いで、彼女の住んでいる地区まで揺られること十五分。ぷしゅー、という電車の両ドアの開閉音とともに人混みにうんざりしながら、ようやくのこと到着した。

 改札をぴっ、と通り抜けると――そこには彼女が笑顔でこちらに手を振ってくれていた。

 それに蕾はようやく安堵感に包まれて手を振り返し、明日香のもとに早足で駆ける。

「待った?」

「まぁね、一時間二十七分二十八秒ぐらい」

 明日香はケータイを見つつ、そう告げた。

 そのケータイを覘くとそれはストップウォッチ機能になっていた。相変わらずきっちりしているのに蕾はどこか安心した。

「悪いっ」

 蕾は頭を下げて「これ、お土産でごぜいます」と白い箱を献上した。それは大阪にしかない明日香の好きなケーキ屋【フール】のケーキ群だった。常に道化師のメイクをしたパティシエがいる変わった店だ。何でも、男前過ぎてケーキの味ではなく自分の容姿で客が来ることに嫌気を差した彼は、顔ではなく味で来てくれという主旨からそういうメイクをするという奇行に至ったらしいが、その顔が本当に男前かそもそも何人なのかも誰も知らない。

 しかし、そのケーキの味は本場で金星を取るほどで、正直ケーキに疎い蕾が唸るほどだった(今回はこれを買うために夜行バスとかは使えないのでブルジョアに新鮮さを優先して新幹線を使ったのだった。ドライアイスたっぷり、長距離専用の箱で)。

「うむ、くるしゅうない」

 と、明らか使い慣れていない武士語を使って仰々しく受け取る明日香。

 しかしその瞳は爛々と輝いて「ケーキっ、ケーキっ」と、押さえた喜びの声が溢れていた。

 その明日香の喜びに零れる笑顔を見て、ここに来るまでの疲れが吹き飛んだ。

「はい、ここで選択肢」

 突然、明日香はそういうと選択肢を三ついう。

「A『このケーキを休憩を兼ねて家に帰って食べる』、B『このケーキを持ったままデートに行くという愚行を展開する』、C『驚き、これはハンバーガーみたいなもんだよ、と片手に持って食べるという斬新スタイルをわたしに提案する』」

 明日香はこうしたお遊びが大好きな子だった。

 そして、必然的にそれを選ぶしかない選択肢を提案する子でもあった。

「……Aでお願いします」

 蕾は当然ながら、用意された常識的な選択肢を選択した。

 それに満足そうに明日香は「うんっ」と笑みを浮かべて頷いた。

「じゃあ、一旦家に行ってから出掛けよっかっ」

 美味しい紅茶もあるしね――と、ケーキの白い箱を両手で持って、可愛くウインクをする明日香に蕾は笑みと一緒に頷いた。




 なかなかの盲点である遠距離による関係性のリセットは、蕾が再会してから明日香と手を繋ぐという時間を長くする。

 チャットやスカイプ、ネット通信によるテレビ電話などで毎日のように会っているとは言え――やはり、画面の向こうとリアルでそこに居るという緊張感はまったく別ものである。

 結局、明日香の家に着くまでの間、蕾は手をぐーぱーぐーぱーすることしかできなかった。




 そして楽しい時間というものはあっと言う間に過ぎてしまうもので、もうそろそろ帰り支度をしなければならない時間となっていた。

 一緒にお昼を食べて楽しさを噛み締めたり、今話題の映画を観に行って予告編に騙されたと一緒に叫んだり、公園でお喋りしてパーソナルスペースを固体距離(一二〇から四十五センチ)から密接距離(四十五から〇センチ)に雰囲気を取り戻せたり、最後は夕食で明日香と一緒に台所に立ってじゃれ合いながら料理を作ったり、その料理を食べて少し新婚気分を味わって幸せを噛み締めたり――そんな幸せの時間が終わりを告げていた。

 もうそろそろ帰らないと、終電に間に合わないのだ。

「もうっ、泊まっていけばいいのにぃー」

 そう残念そうに言ってくれるけど、蕾にはそれができないのだった。

「いや、明日香のお兄さんに泊まって良いでしょうかって前に訊ぃたら、『――ミディアムにするぞ』って謎の断りを入れられとるから怖ーて怖ーて」

 明日香の兄は日本刀のように鋭い怖さを持っていた。

 今の蕾にはどう足掻いても彼には勝てそうになかった。

「もう、お兄ちゃんてばっ」

 むー、と怒っている明日香だが、それも本心からの怒りではなさそうだった。

 明日香はお兄ちゃんっ子だから、明日香からの説得は不可能だろう。何だかんだ言って、その言葉にどこか嬉しそうな顔をしているぐらいだし。

 それにそもそも明日香とお兄さんの二人暮らしで、お兄さんは忙しくて家に帰って来れないことなんてざらだった――で、年頃の男と女を一つ屋根の下に置いておくなんて、そんな危ないことを肉親としてできないのは当然と蕾も納得していた。

 だから、蕾は基本的に日帰りという弾丸状態なのである。

 それに夜行バスの時間まで居たとしたら、それはそれで何か言われそうだから、蕾は基本的に電車での時間計算で動いている故に――まだ明るい夕方には退散せざる終えなかった。

「じゃあ、家に着いたら電話してね」

「あ、ああっ」

 と、ちょっと名残惜しそうに蕾が揺れた。

 今日はまだ昼に手を繋げただけで――もっと明日香に触れたかった。もっと明日香を抱き締めて、明日香の暖かくて柔らかい身体に触れていたい……そうした未練が渦巻いていた。

 そんな蕾の変化に気付いたのか、手を挙げて重い足取りでとぼとぼ歩き出した蕾を後ろからぽんぽんと肩を叩いて足を止めた。

「ん? なに――っ!?」

 振り返ると、視界一杯に明日香の顔――そして、柔らかい唇が自分の唇にそっと触れた。

 刹那の短い――キス――――。

 そして、すぐに離れた明日香は舌をちろっと出して自分の家の方にさっと戻っていった。

 両手を後ろ手組んで、少し上機嫌に。その足取りはステップを踏むように軽やかだった。

 そんな明日香の後ろ姿に見蕩れていたら、不意に振り返って純白のワンピースがふわりと揺れた。そして、にっこりと太陽のような笑顔が輝く。

「じゃ、また後でねっ――」

 と、右手を大きく振ってくれた。

 夕日に輝く笑顔に、蕾も答えようと手を挙げた――瞬間。



 しゅっ



 と、空気が真横に裂けるような感覚が拡がった。

 その空気の揺れは自分の右脇腹にも走り、何かが弾けるような感覚がして――熱く感じた。

 何事かと脇腹を見ると、脇腹が大きく抉れて血に濡れた桃色の腸がはみ出ていた。

 訳の分からない状態、しかし脇腹はみるみるうちに朱に染まっていく――。

「……ぇ?」

 状況が理解できず、何だろうこれ、という風に明日香の方を向き直った。

 すると――明日香は動きを止めていた。

 いや、違う。

 動きが止まっているように見えた。

 同時に、べちゃ――という濡れた音が聞こえた。

 見ると明日香の左腕が――弾け千切れるように、地面に落ちていた。

 その訳の分からない状態に、明日香も困り顔を浮かべていた――が、

 その困り顔が見えたのは――一瞬だった。

 ばしゃっ、と腹部が――弾けて、

 ズレた。

 明日香が、

 ズレた。

 明日香がずる、と、

 前のめりに、

 上半身が、

 ズレ……た……?



 ずしゃ!



 明日香の上半身は弾け、下半身と千切り裂かれたように分かれ――落ちた。

 地面に明日香は顔面から崩れ落ちて……小刻みに痙攣して――動かなくなった……?

「え?」

 何が起こったのか、

「明日香?」

 分からない、

「明日香?」

 理解できない、

「明日香ッ!!」

 理解できないが、本能は何かを理解していた。

 これは――

 これは……

 コレハ、、、、、、、、、

 コレ、ハ。。。。。。。。。

 どういうことだ……??



 右脇腹から溢れ出す鮮血と内臓を抑えながら、

 動かなくなった右脚を引き摺りながら、

 脇腹からの血で右脚で赤い線をアスファルトに描きながら、

 蕾は明日香のもとに這い寄った。

「あすか……」

 震える声で名前を呼び、

 明日香のずり落ちた上半身を起こした。

 明日香の可愛い顔が、

 顔から地面に激突したことで、

 鼻が折れ、

 前歯が欠けて、

 その愛しい可愛い顔が血に染められていた。

「あ、あす……か……?」

 返事がない。

 さっきまで笑っていた顔が潰れ、

 さっきまで笑いかけてくれていた瞳が半目で固定され、

 さっきまで触れていた唇の端から血が溢れて耳に溜まっていく……。

「な、なん……っ、で……」

 下半身は近くで倒れている。

 初めて見た明日香の下着は血に濡れ染まった、真っ赤な色をしていた。

「なんでだよ?」

 震える声と、動揺に大きく揺れる瞳で辺りを見渡す。

 よく見ると、周りの家も塀も木も電柱も全てがズレて――崩れ落ちていた。

「なんなんだよ……?」

 電柱が明日香の家に激突して発火する。

 炎が明日香の家を焼いていく、その焦げ臭さは後ろからもする。

 鼻につく血の臭いと混ざって、それは頭を鈍器で殴られたような熱さをもたらす。

 世界全てが突然、切り裂かれ、壊されたかのようだった。

「何だって言うんだよーッ!!」



 蕾は明日香の上半身を抱えたまま、

 理不尽に訪れた不幸に叫んだ。

 巫山戯るな、と。

 誰がこんなことを望んだんだ、と。

 一体、誰の仕業なのだ、と。

 世界の理不尽を呪って空を仰いだ。

 すると、空を仰いだ蕾の瞳に青い光が映った。

 その青い光はまだ幼い少女だった。

 その少女が高速で楽しそうに笑いながら、飛んでいた。

 それに、蕾は気付いた。




 こいつだ、と。




「ふざけやがって、ぶっ殺して――――ゃぐッ!!」

 怒りに支配された蕾だったが、脇腹から急激な痛みの灼熱に吐血する。

 吐き出された血が、地面に大きく広がっり――明日香の血と混ざって解け合っていた。

 ああ、なんて理不尽なんだ。

 どうして自分はこんな目に遭わされているんだ。

 蕾は自分の命ももう既に無くなるであろうことが本能でわかった。

 明日香の上半身を大切に抱えたまま――後ろに倒れた。

 広がる血に、抜けていく力。

 自分の無力さをこれでもかと突き付けられる。

 朱に染まる視界の端で広がるのは、燃え盛る民家や崩れ落ちるブロック塀。

 気が付くと自分達も炎に包まれているのが分かった。

 髪が縮れていく、皮膚が爛れていく、足元から燃えているようだった。

 無気力にそのまま死を受け入れようとしたとき、聞こえたのだ。

 あの、悪魔の少女の高笑いが、

 とても心地よさそうに、

 とても、清々しそうに、


 ――笑っていたのだ。



 それが蕾には許せなかった。

 明日香と自分をこんな目に遭わせた奴が、笑っている。

 許せない。

 許せるわけがない!

 許してなるものかッ!!



 燃え盛る身体を引き摺り、

 這いながら、

 蕾は彼女を抱き締めたまま、その炎の外に出た。

 炎の外に出るとそこは――地獄だった。

 家々は全て燃えて崩れていた。

 人は死に、血溜まりがあちらこちらで広がっている。

 片目が焼けて濁ってしまった蕾も残った片目で地獄を見た。

 ――しかし、そんな地獄に一人、不釣り合いな人がいた。

 その人は長い長い穢れなき美しい金髪をした幼女で、深い青の双眸をこちらに向けていた。

 その完璧な桃色の唇が、言葉を紡いだ。




「なんだお前、まだ死にたくないのか?」




 そいつはもうダメだが、お前なら生きられる――と。

 その言葉に、焼け爛れた喉から呻き声を漏らした。

 蕾にはそれが何を意味するのか、なんと呻いたのか分からなかった。

 しかし、金髪の幼女はそれに何かを受け取ったように、

「良かろう」

 と、その幼女が蕾の焼け爛れた首筋を掴んだ。

「その生への執念――」

 そして、その長い牙を――

「受け取った」

 蕾の首筋に突き立てた。




 そして、蕾は意識を失った――――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ