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我々『人間』にとって、その世界(二次元)こそが完全なる我々の『理想郷』なのである。
ただし、それは我々にとってであり、二次元のキャラクターにとってはどう思っているのかは知る由ではないし、彼らに我々『人間』の人権や法を照らし合わせるのは、そもそも世界が違うのだから実に馬鹿馬鹿しいことであろう。
彼らの価値観は、決して我々には分からないのである。
それこそ、我々がこの世界の『神様』を認知出来ないように、彼らにとっても我々の存在は同じである――だとしたら、今度はその問いは我々に跳ね返ってくる。
我々はこの資本主義世界に生きていて、我々(消費者)が求める物を書くのは分かる。
だが、もし彼ら(キャラクター)の価値観に合わせた――と思わせて自分達の価値観の押し付けによる誑かし――としたら、我々(消費者)が物語を楽しめるのか否か。
当然ながら、否である。
二次元のキャラクターの価値観に合わせると、我々の世界に『物語』と言うものが無くなってしまう――だとしたら、それは我々にも言えることだろう。
我々も『神様』の一人の創作物であり、『神様』たち――創造神(作家)や超越神(消費者)――が楽しめるように出来ているのであれば、我々『人間』がその『神様(作家)』に助けを求めるなどと言う思想は実に馬鹿馬鹿しいとしか言いようがないだろう。
そんな事をすれば、『神様』の世界の『物語(この世界)』が無くなってしまうのだから――。
☆東京 都内某所(夕暮れ)
窮屈。
それが一文字ゆまが日頃から思っていた人生の感想だった。
ランドセルを背負いてくてくと通学路を歩いて帰る。その子鹿のように細い両足はいつも重かった。そんなゆまの足元には時代錯誤の甲冑を身に付けた落ち武者が転がっていた。その隣には黒く焦げた防空頭巾を被った自分と同じぐらいの少女が泣いていた。
今時と思うが、関ヶ原など近くで合戦があったり、東京大空襲などで大量の死者が生産された近くの都市では、こうして流れ着く幽霊は別段珍しくない。人に憑いて来た者、彷徨って流れ着いた者、その理由は様々だろう。
ゆまは足元に転がり縋ってくる落ち武者を忌々しげに踏みつけて、苛立ちを抑え込もうと必死だった。黒くなった防空頭巾の子は顔の半分が焼け爛れ、おそらく焼夷弾で亡くなったと思われ、その痛さとはぐれたのか母親と思われる名前をずっと叫んで泣いている。その泣き声が耳障りでならない。
これがいつものことだから、それ故にゆまの苛々は埃のように自然と積もっていく。
一文字ゆまは幽霊は視えるけど、それ以外はなんの特徴もない普通の小学生だ――特に勉強ができないわけでも、スポーツが苦手なわけでもなく、それ相応に人並み以上にはどんなこともできてしまった。でも、一年の時にぽろっと幽霊が視えると漏らしてしまって以来、ハミゴにされるようになり、友達は居なくなった。それはそうだ、家族ですら幽霊話は昔からするなというぐらいだ。家族はゆまが構って欲しくて妄想して言っていると思っているらしく、それ以来、家族旅行に毎月行くようになったけど、別に楽しくはなかった。
ハミゴの所為で学校を転校し、今は学校では「ゆまちゃんはなんでもできるよねー」という立ち位置になっていた。それをキープするのはそんなに難しいわけではなく、故にちょっとやって人並み以上になると飽きて止めてしまうということを繰り返す典型的な器用貧乏だった。でも、心からの友達というのはできなかった。
だから、暇潰しに父親の本棚にあった本をテキトーに漁り、普通の小学生だと興味がないような政治や経済や法律のことも勝手に勉強していた。ニュースは四六時中テレビっ子世代の親故に流れていたし、基礎はすでにできていたのだ。友達はいなくとも、いずれは社会に出るのだ。だから、今から勉強しておこうと思った。仕事さえできてしまえば、他は誰も何も言わないだろうという小学生にしては冷めた将来を漠然と考えていたのだ。
しかし、問題だったのはそのニュースの内容だった。
勉強すればするほど、現実で実際に流れているニュースのなんと不正義なことか。
嘘ばかり。
それが一文字ゆまの世の中への感想になった。
それからネットや書籍を読み漁った。すると日本が悪いことをしたなんて歴史も嘘、炭素主犯説の地球温暖化も嘘、この国の安全保証している国が起こす数々の戦争も嘘の塊、PCゲームなどの悪影響なども私の所為じ(ブレ)ゃ(イム)な(・ミ)い(ー・)の(シン)よ(ドロ)症候群で嘘ばかり……。
嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘――――。
ついには、ゆまは考えることを放棄した。
この世界そのものに期待することが小学四年生の九歳の段階でゆまはできなくなってしまったのだった。
嘘を嘘として正しいことをいっても、まったくの無駄な世界。
それが人間が作り出した、この異形の嘘で塗り固められた社会の姿だった。
これから年を取って、大人になって、そんな社会に自分が融け込んでいってしまうなんて考えたら、それだけで大きな絶望と吐き気がした。
そんな淡々とした静かな静止した世界にただただ漂っていたとき――ゆまは出会った。
一体の妖精に――。
「こんにちは、キミにはボクが視えるみたいだね」
そう二十センチぐらいの輝く妖精は、幽霊の頭を踏みつけているゆまに声を掛けてきた。
ゆまには幽霊を踏みつけることはできても祓うことはできない――だから、邪魔だったので蹴飛ばして、道路のガードレールの向こう側にある汚泥の流れる水路に蹴り落とした。
「……なに、あんた?」
ゆまは『妖精』と言うものを視るのは初めてだったが、特に動揺もなく聞き返した。
ゆまにとって重要なのは今起きていることではなく、これから起きる『結果』だけだったからだ。
そのゆまの面倒臭そうな言葉にも、黒色の服を着た妖精は丁寧に答えた。
「ボクはリリヤ。〈秩序派〉に属する妖精だよ、よろしくね」
「よろしくするかっ」
ゆまはそう一言言い捨てると、リリヤを思い切り手の甲で叩いて、リリヤを弾き飛ばした。
リリヤは「わぁぁぁぁぁぁ!」という悲鳴とともに水路の向こう側の民家のざらざらとしたコンクリートの壁に激突して、「ぎゃふっ」と、止まっていた。
ゆまはそんなリリヤにまったくの無関心で、そのまま帰路に戻っていく。
至極怠そうに赤いランドセルを背負い直して、ぺたぺたと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよっ! ボクが視えて認識できるほどの能力者なんてそうそう居ないんだからさ――ねえ、キミって霊能力者だろう? ああ、ボクの存在? 『妖精』を知らなかったら胡散臭いよね、ごめんね。怪しいものじゃないんだ。簡単に説明すると、妖精はこの世界からしたら高次元な存在――『この世界』の『外』の存在だね。だから、本来ならその情報量の多さでこの世界の者はボク達を認識できない。しかし、この世界と外世界に共通に流れている物質があるんだ。それをこの世界だと『魂』だとかと表現されているあれだね。それら世界共通物質が包みもしくは内包されているその違いを見分けられるのが、キミのような霊能力者と言うわけだよ。だからこそ、キミはボクが視えたんだ。認識できたんだ。これって凄い事なんだよ? 例え視えたとしても認識から外れる事だってある、無意識にね。だから、ボクの話を――ぐぎっ」
饒舌なしつこいナンパ野郎のごとく付きまとってくる妖精の胴体を鷲掴みにして、ゆまは面倒臭くなって、その頭をガチャポンで出てくるゴム人形を壊すごとく、その頭を噛み千切ってやろうと口を大きく開いてその妖精の頭を口腔に入れて噛み切ろうとする。
「ちょ……ちょっとちょっと、待ったぁぁぁ!! 何する気ですか? 噛む気ですか、それはこの世界のこの国のこの地域の愛情表現ですか!? それとも悪意の表明で噛み切るつもりですかっ!?」
その小さな両手でゆまの上の歯と下の歯を必死に抑えて抵抗する妖精リリヤ。
あまりの抵抗が強すぎるために噛み切ることを断念――口から出すと、リリヤはちょっと安心したような顔をして、「お話を聞いてくれる気になりましたか?」と、言ってきたがゆまはそのまま話を聞くなんて真似はせず、凸凹とした民家のコンクリ壁に頭をがんがんとさせながら歩いた。
「ひぎゃ、ほぎゃ、ま、まぎゃ――」
がん、がん、がん、がん、とリズム良く段々になった壁にぶつかって声が漏れるが、それも鬱陶しくなって、そのまま飽きたオモチャを棄てるように道路側に投げ捨てた。
その時にトラックが丁度通りかかり、がぃんっ、という音を立てて妖精を跳ね飛ばした。
これで静かになったと、清々しながらゆまはケータイを開いた。
『No Message』
ただいま、メッセージはお預かりしておりません――の冷たい登録音声が響く。
そのケータイを溜め息と一緒に閉じてポケットにしまった。
なんだか、誰とも繋がっていないケータイってこの世界で一番悲しいものだ。
そんな感想が過ぎったが、すぐに頭を振って思考を曖昧にする。
「もー、妖精はいくら死なないからって、痛かったり驚いたりするんだよ?」
その声に驚いて振り向くと、そこには先程棄てた妖精がいた。
傷ひとつなく、その妖精はただそこにいた。
その、自分に声を掛けてくれる相手がいるという状況に、すこし心がじわっと暖かく感じたのに、ゆまは凄く恥ずかしくなって、悪意を相手に向けることで答えた。
「死ねばいいのに――」
あたしに話し掛ける相手なんて……――と、小さく声が漏れた。
ゆまに話し掛けてくる相手は、幽霊が視える彼女をからかうためか、変な妄想をする子だという同情か、彼女をからかう相手が厭がらせするために友達のフリをさせるため以外にいなかった。
だから、彼女は自分に話し掛けてくる相手を呪う対象でしか見れなかった。
でも、それで自分が不幸だと思ったことは一度もなかった。自分のような境遇の人間なんてこの世界に五万といるのだから――それがゆまの自己安定剤だった。
でも、
「ボクの話を聴いてほしいな」
妖精は――リリヤは、それ以外で話し掛けてくれた。
「ボクは今、とっても困っているんだ」
例え、それが――どんな裏が隠れていようとも、
「ボクを、助けてほしい」
その言葉は、ゆまがリリヤの話を聞くのに十分な理由となった。
リリヤの話は簡単だった。
まず最初に妖精の世界に派閥があり、その派閥の中で自分の〈秩序派〉と対立軸にある〈変革派〉の妖精がこの世界に来ていること。それを自分は止めるために、一緒に戦ってくれる誓約者を捜していること。そして、その素質があるであろう相手が自分であること――だった。
つまり、妖精同士の派閥抗争を代理戦争してくれとのことだった。
「で、誓約って?」
「簡単に言うと、お互いの『誓い』だよ。お互いがお互いの目的のために、誓い合って力を貸し合う。それが『誓約』だよ」
「あたしがあなたに力を与えるのは、基本的に戦うこと?」
ゆまは小さく首を傾げて黒い服の妖精を見る。
リリヤはそれに頷いて言葉を続けた。
「まあ、どんな戦いをするかはキミに任せるよ、基本的に〈変革派〉の妖精の思惑を阻止できたなら、その手段は問わないよ」
ただし、〈秩序派〉は名の通り、秩序を重んじるから、それは尊重してね――と、リリヤは言った。が、その言葉は既にゆまの耳には届いておらず、ゆまにはもっと他のことに興味が注がれていた。ちょっとわくわくした風にリリヤに訊ねる。
「――で、あなたがあたしに与えてくれる『力』って、なに?」
ゆまの心拍数が上がり、にわかな期待がゆまを突き動かす。
そして、ゆまの望み通りの言葉が聞こえてきた。
「ボクたち妖精がキミたち人間に与えられる力は――どんなことでも、だよ」
キミがその力を信じることさえできれば、ね――と、にこりと笑うリリヤ。
その言葉の意味は理解できなかったが、ゆまにはそれだけで十分だった。
窮屈だった。
その窮屈な現状から何か、変わる切っ掛けがあるのなら――迷わずそれに飛びつく。
それは当然の原理だった。
ゆまはにこりと笑って、リリヤに協力を申し入れた。
「わかったわ、リリヤ――あたしはあなたの願いを叶える」
「わかった、ボクはキミの願いのために力を与える――さあ、キミの望みはなんだい?」
ゆまがその問われた言葉に、深呼吸して、ゆっくりと前を見据えて力強くいった。
「『正義』」
見据えた前は――この国の未来を見ていた。
「『正義』を行える力が欲しい!」
その宣言した言葉に、リリヤは微笑んで、「わかった」と言ってその蝶々の羽のような四枚の羽を大きく広げて、言った。
「汝を我の誓約者として認める」
そして――妖精はゆまの身体と、解け合った。
一瞬、ゆまと一体となり――そして、ゆまの背中から出てきた。
背中から羽が生えたような感覚をゆまは感じた。
そして、一瞬にして服が真っ青なワンピースに手袋、ブーツに変わった。
気持ちが高揚して、なんだか今ならどんなことでもできる気がしてきた。
「さあ、キミが一番大切にしているものはなんだい?」
すると、その言葉に反応するように、ゆまの胸ポケットから一つのペンが浮かび上がった。
ペンは青く輝き、自らを主張している。
そのペンは、昔、幼稚園の頃住んでいた町にいたお兄ちゃんから貰った物だった。
そのお兄ちゃんも幽霊が視えてしまう体質で、ゆまのことをよくわかってくれていた。
もう顔もはっきりと思い出せないお兄ちゃん――でも、今でもそれが心の支えだった。
唯一の理解者――そして、別れ際に、お兄ちゃんがくれたのがこのペンだった。
そのペンの中には護符が入っていて、悪霊を浄化してくれる。
悪を打ち倒してくれる、そんなお守りだった。
「さあ、その力の権化を手に取って」
そのペンを胸から引き抜いて、かちり、と護符の芯を出した。
不思議と、そのペンの使い方がわかった。
そのとき、後ろから付いてきていた防空頭巾の少女の泣き声が耳に留まった。
そう、こうするのだ――。
そのまま振り向き様に、『一線』を真横に引く。
すると、ペンに胴体を切られた少女はばしゅっ、と弾け、さらさらと『浄化』された。
その光景に、頬が上がったが、ペンの『一線』はそれに止まらず、ペンに切られたように、ブロック塀や民家、その中の家具や空気が一閃された。
まるで、御盆を引っ繰り返したように、切られた部分が宙を舞い、数秒経って落ちてくる。
その一線で、落ちてきたのは何も物だけではなかった。
通行人、民家に住んでいた住民、犬や猫、木々などの生物も両断されて地面に転がった。
広がる血の海が、一線された間からうっすらと見えた。
一瞬、引き吊って声が詰まったが――これは使える!
「……ふふ」
妖精のリリヤは動揺に目を見開き、青ざめた顔をしている。
だが、それがどうかしたのだろうか?
でも、今のゆまには至極どうでもいいことだった。
これはとても使える力――それさえ解れば十分だった。
地面を軽く蹴る――。
すると、百メートルぐらいの高さまで飛翔でき、空を飛ぶことができた。
「ふふ……あは、あはは、あははははははははははははっ!!」
両手を広げてくるくると飛翔し、気圧が変わり空気が澄んだ世界で深呼吸した。
黄昏時の世界を見下ろして、街の灯りを見下ろして、蠢く人々の生活を見下ろして、もう自分はあの世界に居なくても良いんだと、解放されたんだと実感すると、
とても、
とてもとても、
とてもとてもとても、気分は――清々しかった。




