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ペルソナ・ノン・グラータ 日本鎖国  作者: テロメア
第3章 後篇
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     ♪




 円卓会議が終了し、それぞれの要人が部屋から出てくる。

 今回は参加を見送った蕾は、少し離れた中庭に出ていた。

 残夜が終わり、空は瑠璃色に染まり夜が今にも明けようとしていた。

「蕾、そんなところでぼーっとしてたら、灰になるぞー」

 後ろから声を掛けられ、振り返る。

 その振り返った視線を下に修正して、月女の姿を確認する。

「終わったんか?」

「まーねー」

 その間の抜けた返事と曖昧な表情に、蕾は不安になる。

「首尾は?」

「良いとも悪いとも言い難いかな? まあ、どちらにせよ腹を括るしかないって奴かな」

 蕾の問いになんとも頼りない言葉だった。

 ますます不安は募ったが、「詳しくは後で話すわ」という月女に、蕾は頷いた。

 後があればの話だが――と、蕾は視線を外しながら思った。

「じゃあ、行くよー、蕾」

 そう言って先頭切って歩き出した月女に、蕾は進めなかった。

 付いてくる気配を感じなかったのか、月女が振り返って小さく首を傾げた。

「蕾?」

「悪いな、ちょっと用事があんねん」

 先、行っといてや――と、その蕾の複雑な笑みに、月女は今度は深く首を傾げた。

 しかし、何かを悟ったのか一言だけ言葉を投げてきた。

「じゃあ、後でね――待ってるからな」

 そう言って後ろ手に手を振って、そのまま振り返らずに歩いていった。

 そんな月女の小さな後ろ姿に、蕾は小さく謝った。

「ごめんな、月女」

 そして向き直ったその先に――目的の人物が歩いてきていた。

 その人物は真っ直ぐの信念のもと形成されたような、シャープな姿をしていた。

 真っ直ぐに歩いてくるその姿は、日本の未来を見据えている。

「池田さん!」

 そんな正道を歩く池田智秋を、蕾は呼び止めた。

 強い覚悟のもとに。

「おや、君は確か――風見蕾君だったね」

 智秋は立ち止まり、蕾の方に向き直った。

 その手には先程までの会議の資料などが抱えられていた。

「お話があります――安部冬実さんのことで」

 その名前を出した途端、もともと鋭い眼光がさらに鋭さを増し――強い意志が揺れていた。

 整った眉根がぴくりと動き、こちらを睨むような表情で訊ねてくる。

「冬実が、どうした?」

 完全に敬称もなく、親しい間柄を示すように呼び捨てにする智秋に、蕾は核心と覚悟を決めて続きの言葉を繋げる。

 口の中が緊張で乾いて、舌が縺れる。


「安部さんを殺したのは――おれです」


 その言葉が発せられた瞬間、智秋の眼光で揺らめいていたものが集束し固まり、一つの意志を持って蕾を睨み上げ――蕾は後ろの柱に叩き付けられていた。

 一瞬、蕾には何が起こったのか把握できなかったが、智秋の右腕が自分の喉元を抑えているのが見え、次に見えた智秋の憎しみに燃えた瞳には蕾は見覚えがあった。

 それは先日、自分がある少女に向けた瞳と同じ色をしていた。

 それは復讐の業火に焼かれた、鬼の瞳だった。

 智秋が持っていた書類が舞い、地面に次々に落ちる中、智秋は声を抑えながら言葉を紡ぐ。

「――貴様、例えそれが偽りであっても、もはや許さんぞ」

「いえ、おれが殺しました……殺してしまいました。ビルの窓から落ちて、受け身を取ったときに、車ごと……」

 そう、言葉を必死に紡ぐと、智秋は眉間に深い皺を刻んで激昂する。

「巫山戯るなッ!! 貴様、よもや冬実を踏み潰して殺してしまったとでも言いたいのか? 私の最愛の者を、虫のように踏み潰してしまったと――そう言いたいのかッ!?」

 首を締める右腕の力がさらに強まり、息が詰まる。

 しかし、嘘偽りで隠してはいけない。

 蕾はその一心に頷いた。

「そうです、おれはあなたの最愛の人を、殺したことも気付かずに殺してしまいました!」

 その言葉に、小刻みに怒りに震えていた智秋の頭が、ぷつん、と糸が切れたように揺れた。

 次の瞬間、懐から拳銃を取り出し、蕾の額に押し付けた。

「いい度胸だ」

 左手人差し指が引き金に掛かる。

「ならば――ここで討たれるが良い!」

 引き金が絞られる瞬間、蕾は助言をした。

「それでは、吸血鬼(ヴァンパイア)は殺せませんっ」

 その蕾の言葉に、智秋は見開かれていた双眸が細められる。

 怒りに頬が震えている。

「何だと?」

 銃口が斜めを向き、そのまま一気に右目を押し潰して、眼孔から脳に直接銃口が突き付けられる――その激痛に、悲鳴が漏れそうになるのを、蕾は唇を噛み必死に耐える。

「――脳を吹き飛ばせば良いのではないのか? 銀の弾丸を心臓に撃ち込めば良いのか!? 心臓に白木の杭を打ち立てれば良いのか!? 十字架か、聖水か? 首を刎ねれば良いのか、太陽で灼けば良いのかッ!?」

 智秋の次々と呪いのように告げられる吸血鬼(ヴァンパイア)の抹殺方法に、背筋が凍るような寒気を感じた。右目から涙のように流れる血が口に入り込み、血の味が口の中に広がるなか、蕾は正確な吸血鬼(ヴァンパイア)の殺し方を告げる。

「……太陽のもとに晒せば、吸血鬼(ヴァンパイア)は灰になって――死にます」

 その言葉とほぼ同時に、柱の向こうから太陽が昇った。

 太陽は柱の両脇から朝日を輝かせ、朝の到来を告げていた。

 吸血鬼(ヴァンパイア)にとってのもっともの狂気の、朝日が――。

「ほら、こんな風に……」

 蕾は覚悟して、その強烈な太陽光に左手を晒した。

 すると、予想を絶する速さと熱さで、左手は完全に灰になって崩れ落ちた。

 それを目撃した智秋は、静かに暗い笑みを浮かべて――蕾を太陽光に晒そうとずらす。

 その徐々にずれていく身体に、覚悟を決めて蕾は目を瞑る。

 左手の残った腕の部分が徐々に灼かれ、苦痛に悲鳴を上げる。

 しばらく腕の先から徐々に灼かれていく激痛に苦しんでいると、不意に首に掛かる負荷がなくなり、そのまま地面に尻餅をついて落ちる。

 灼熱の痛みに、左腕を抱えて蹲ると、左腕は二の腕から先が焼けて無くなっていた。

 しかし、そんな痛みもすぐに慣れて、智秋を見上げる。

 智秋はこちらを鬼の瞳で見下ろしたまま、何もしなかった。

 智秋の血に濡れた左手に持たれた銃から一滴の血が、地面に落ちた。

 その智秋の不可解な行動に、蕾は当惑した。

「な、ぜ……?」

 その智秋の行動に、蕾は疑問を投げ掛けると、智秋は吐き捨てるように言った。

「貴様、……殺されに来たのか?」

「え……?」

 何を言っているのか分からない。

 それが蕾の精一杯の反応だった。

「貴様は私に殺されに来たのかと訊いているのだ?」

「そ、そうですっ」

「何故?」

「そ、それは……」

 蕾はその理由の返答に詰まった。

 何故、復讐を受け入れたのか?

 簡単だ、自分も復讐者として立っていたからだ。

 そして、その復讐の苦しみを一番よく知っている。

 そう、自負していた。

 だから――

「貴様は本郷明日香と恋仲だったそうだな」

「――ッ!?」

 思わぬ言葉に、蕾の瞳は動揺に揺れる。

 そんな蕾を見て、智秋は汚物を見るように吐き捨てた。

「貴様はその彼女の復讐に生きていたそうだな。それはどうした?」

「そ、それは……」

「諦めたのか? 相手が自分に勝てない相手だから?」

「ち、ちが――」

「そして自分の復讐に巻き込んだ犠牲者である冬実の死に動揺し、私に復讐させてあげようと試みた」

「そ――」

「私に復讐されて死ぬ。そして自らの復讐の業火から逃れたかった。死んで楽になりたかった――貴様は私を救う振りをして、自らが救われに来た偽善者以下のゲスだッ!」

 その言葉に、何の反論もできなかった。

 彼の言うとおり、自分がただ救われたかっただけだったのかもしれない。

 自分が巻き込んで殺してしまった人への重圧から、自らが復讐を誓った最愛の人から。

 自分は――――逃げたのだ…………。


「そんな最低な死にたがりを、私が快く救ってやろうと――どうすれば思えるのだ?」


 その言葉と同時に、胸倉を再度掴まれ、持ち上げられる。

 鋭い眼光が、真正面から蕾を睨み付けていた。

「殺しはしない。殺して楽にさせてやるものか――貴様はこれからも生きるのだ! その死から限りなく無縁な肉体を持って。自殺でもしない限り、未来永劫まで生き続けられる、生き続けなければならないその最強の吸血鬼(ヴァンパイア)の肉体を持ってッ!」

 その言葉に、絶望に、視界が急速に狭まるのを感じた。

 真正面から見据えられる真っ直ぐな怒りに耐えきれなくなり、視線を下に外した。

「誰が貴様の自己満足の謝罪なんて受け入れるか。せめて、生き続ける限り永遠の謝罪と、この国の為にその力を役立てろ」

 胸倉を掴まれた手が乱暴に外れ、柱を背にずるずると地面に落ちて力無く座り込む。

「死なんて生温い」

 踵を返して、言葉を吐いた。

 最後去り際に、吐き捨てるように智秋は言い放った。



「――生きて、苦しめ」



 その本当の意味での断罪に、蕾は絶望に震えた――――。

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