23
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「しかし、解せませんね」
円卓会議後の夜明け前の残夜――妖精側の民が日本にほぼ入国が済んだ、そんなある日。
クローディアは、そう呟いた。
「どう考えても、貴方達日本人が我々を受け入れることのメリットが見えません。最初の魔法少女も全部我々の種族の責にして、人類総出で我々を駆逐した後に国際社会に復帰する方が理に適っています――なぜ、我々に責任転嫁をせずに手を組もうと思ったのですか?」
そのもっともなクローディアの意見に、月女は選択されなかった最悪の未来の姿に背筋を冷やした。しかし、そんな言葉にも鉄郎も智秋もまったく動揺もしなかった。
「あー、そう言う手がありましたか。思い付きませんでしたね、今からでもそうします?」
鉄郎のその言葉には感情が一切入っていなかった。
それにクローディアとともに月女は拍子抜けした。
「鉄郎さんの冗談はなかなかユニークですけど、今は笑いたい気分ではありませんよ」
クローディアのその返しに、鉄郎は苦笑して応じた。
智秋に目を配らせて、目を伏せられる。その行動に了解と見たのか、疑問に答える。
「簡単ですよ。この国は義を重んじる国です。義に反することは致しません」
「ご冗談を。政治の世界に『利』以外にありますか?」
「そう、その通り。つまり、世界の政治の幼稚さに、我々日本人は辟易しているのですよ」
「それはどういう……」
さすがのクローディアもその言葉は予想の範疇を越えていたようで、返答に詰まった。
そんなクローディアを見て、鉄郎は滔々と語り出した。
「人間の政治とは――民主主義とは結局は集団合意です。しかし、人間が互いに互いの意見に合意できる、し易いのは、原始的な欲求のみです。アブラハム・マズローの欲求階層に象徴されるように、我々の欲求とは豊かさに正比例して細分化されていきます。そしてその細分化された欲求は合意され難い。だから人間は組織を作り、一定の合意し易い部分を取り決めます――それが組織や国家であり、さらには国際社会となりうるのです」
ここまでで疑問があるか目を配らせた鉄郎だったが、クローディアは続きを促した。
「人間は組織化し、その組織が肥大化すればするほどその合意は原始的になる。それは原始的な利益主義の方が、義や理を重んじるよりも集団合意され易い傾向にあるからです。集団合意こそが政治であり、国家の規範なのです。今の世界の国々はそうした集団合意の元、部族レベルの抗争をしているに等しい原始的な社会だ。それは民主主義が生み出した弊害でしょう。民主主義とはつまりはどれだけ多くの人間の意見を取り入れて、その中での過半数をその全ての組織に属する人間の意見として決定される多数決社会です。少数派はたとえどれだけ正しくても、その多数派の意見を押し付けられます。そもそも歴史を見れば民主主義なんてものは、ものを知らない人間が一揆を起こして作られたもの。多数派によって作られた集団暴力のような政治です。数に物を言わせ、義も理もなくした世界。それが今の国際社会ですよ」
「そうですね、多数決による正しさの補完とは大昔の集団制裁と変わらないでしょう」
鉄郎の言葉をクローディアが補完する。鉄郎はそれに頷き、言葉を続ける。
「しかし、昔はそれ相応の教養ある者が上に立ち、正しく導いていた制度もあるので、一概に原始社会の政治を否定する要素にはなりませんけどね」
その鉄郎の言葉に、痺れを切らせたクリストファーが唸った。
「で、結局は何が言いたいんですかっ?」
「ああ、これまた簡単だよ。僕はね、エリート主義なんだ」
「エリート主義?」
首を傾げて疑問を呈するクリストファーに、鉄郎は笑みを作って答える。
「そう、教養ある者が皆を導くべきだと思うんだ。無知無教養な一般人の集団合意ではなく、教養ある少数派がその多数を導くべきだと思っているんだよ」
「懐古主義的ですね。まるで啓蒙主義者だ」
「いいえ、僕はそんな傲慢ではありませんよ。はっきり言って、一般人に政治や法や国際取り組みなどなどをいちいち理解しろなんて不可能なんだよ。彼らにも生活があるんだから、それでいっぱいいっぱいさ。その結果として、ポピュリズム溢れる票を取るための人気取りの衆愚政治と化しているのが今の政治体制さ。結局はこれが民主主義の限界と言うわけだ」
「……話が見えませんが?」
いい加減苛々してきたクリストファーに対し、クローディアは思い至った。
「まさか、その為に我々を?」
「おや、勘が良いですね。その通りですよ、クローディアさん。――我々は次なる政治体制を目指しているんです。ここで大きなリスクを負おうとも、革命をする価値はある」
この場で説明を受けないで理解できたのはクローディアだけだった。
他の者が完全に置いてきぼりを喰らっていた。
「おい、鉄郎。説明不足だ」
そんな鉄郎を智秋は諫め、これからのパートナーにちゃんと説明しろと促した。
それに「あはは」と笑いながら、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「まあ、とにかくね、今の民主主義には限界があるということだよ。だからと言って、啓蒙主義を取れば、反発は必須だし、何より傲慢すぎる。そして何よりその導き手が間違っている可能性は否定できない。あまりにハイリスクだ。――そこでね、民主主義の限界の根本原因とは何か? と考えたわけだよ。すると見えたのは、圧倒的な教育不足だ。そこで、その教育不足を解消しようと思い至ったわけだよ」
「教育不足?」
「そう、教育不足。この教育不足とは即ち、国民全体の話だ。それは一般人の主婦から学生から、教師から教授から政治家から学者に至る、その全てだよ。国家とは教育なり、だよ。しかし、問題なのはその教育不足が教える側である教師や学者などの教育者のレベルの限界にあるんだ」
「教育者の……限界?」
「そう、つまりね。平均的な教師なら、浅く広く。学者なら深く狭くにならざる得ない。大学教授ほど世間知らずはいないとは昔からよく言ったものだよ。専門バカで、世間の常識を知らない。逆に教師は本来、日本のような『でもしか』でなかったら世間のことは分かっているが、専門的なことは分からない。こうしたどうしても解消できない問題性の根本原因は何か? それは、人間の寿命の限界によるものなんだ」
「……あっ!」
思考の渦に沈んでいたクリストファーは、そこでようやく理解の糸口を見つけた。
月女はそれでも首を傾げると、鉄郎は優しく頬笑んで結論を言った。
「つまり、ここで君達の出番さ。君達妖精種族はほぼ不老不死だ。だから、死による限界がない。つまり、それは半永久的に教養を身に付け続けられるということだ。となるとどうなるか? 答えは簡単だ、教育者としてこれ以上最適な人材は他にはいないと言うことだ」
つまり、妖精種族を教育者として民主主義の限界である教育問題を解消する、と言うこと。
民主主義の限界である人材の教養レベルを飛躍的に向上させるには、優れた教育者が必要だ――しかし、その教育者を育てる限界値があり、それを解消するには人間の短い寿命の中では不可能である。もし、素晴らしき教育者が生まれたとしても、その教育者を量産することは不可能だ。同じ教育プログラムを実行しても、もともとのその人間の理解力や判断能力などの個人差の前には頓挫してしまう。
しかし、半永久的な命を持った妖精ならばどうだ?
例え、時間が掛かろうともそれを理解できるまでいくつものパターンを勉強でき、時間的制約がないために理解するのは時間の問題だ。そうすれば、教育者の限界値を半永久的に右肩上がりに向上させることができる――と言うことは、その優れた教育者の量産により、優れた教育者の元に育てられた人間は、今の人間だけの社会よりも飛躍的に優れた人材が生まれ易くなる。今の優れた人材が量産され、それらが行うもとでの民主主義ならば、今の無知無教養な一般人故に、愚鈍な政治が行われることを底辺から改善されることになる。
つまり、これが新しい政治――エリート的民主主義である。
「底辺から賢くなると、集団合意である今の政治でも合意される底辺も底上げされる。つまり、義も理もない利益優先主義政治ではなく、とても理性的な政治が行われると言うことだよ。これは人類の新たな一歩と言えるだろう。本当はこれが行われるのは僕はもっと先で、機械の発達によるAIなどの発展系のマザーシステムなどの確立により、その半永久的な存在が優秀者によりプログラムされ、指導者として導くのだと思っていたけれど、我々日本人は実にラッキーだった。その半永久的な存在が、今、目の前に存在しているのだから」
「しかし、わたくし達は機械のマザーなどとは違い、日本人を裏切らないようにプログラムされていませんよ」
そんな試すようなクローディアの言葉にも、冷静に鉄郎は応えた。
「だから、その為に我々は運命共同体として、お互いがお互いを守り、助け合い、大切にし合わないと両方が滅んでしまうように追い込まれたんじゃないですか」
運命の悪戯によって、ね――と、にやりとする鉄郎に、クローディアもその美しい唇で微笑みを作って返した。
「それも解せないポイントです。このままでは恐らく核ミサイルによる本格的な第三次世界大戦が行われるでしょう。この国は核保有国ではありませんから、彼らがその決断をするのに時間は掛からないでしょう。――この国は再び核兵器に犯されるのです」
「それは心配ありません」
そんなクローディアの言葉にも鉄郎は平然と応えてみせる。
「たとえ、核ミサイルが来ようとも、我々には吸血鬼と魔法少女がいます」
さらには貴方達の純血種の超能力者(ESP)も――と、鉄郎。
「むしろ、そう単純に攻撃してくれるのなら、こちらの力を自衛としてアピールでき、その一瞬で世界が戦く(の)でしょう。そうなれば、次の段階へ早々と進め、むしろ楽です」
「次の段階?」
クリストファーの言葉に、「ええ」と鉄郎が応える。
「この国は、世界共通の『敵』となるのです」
その言葉にクローディアはしまったという顔をした。
まさか本当にそうくるとは――と、その表情が物語っていた。
月女にはぴんと来なかったが、その表情がその発言の危険性を感じさせた。
「日本は世界中の敵である異種と手を組み、人間種族を裏切り寝返った悪の国家として世界認識されます。そして、その結果生まれるのは、他の国々の対日同盟連鎖です」
現在、外を見ればもはや我々が滅びる他に収まる気配はない。
もともと、日本人は強く優秀な有色人種として白人社会の厄介者でした。
そして、今回の反旗に他のアジア人も今日までの反日運動を激化させ、白人社会で一定の地位を確立させようと奮闘するでしょう。
世界中で日本人を共通の敵として既に認識が始まっている。
そして、そんな社会で同じように異種として存在する妖精の存在が明るみとなった。
それも吸血鬼という最悪の結果として。
そうして、今の矛先は吸血鬼種族か、日本人かという迷いを生んでいます。
ならば、それらを徹底的に逆手にとって我々が組んでしまえばいい。
そして、彼らの歪んだ思想をそのまま分かり易く体現してやり、自ら彼らが望む格好の立場に立ってやればいい。
そうして、日本国は世界共通の敵として認識され、世界共通の排除すべき『悪』として分かり易くその罵倒を受け――世界を分かり易い『善』と『悪』の二極化にし、世界平和を実現しようではないか。
今まで揉めていた隣人達も、共通の敵が現れればその内はどうあれ人間同士なら、私達こそが『善』だと公言している者同士なら、お互いが組めるという意思が通うわけだ。
そうして世界は日本対他の国々という分かり易い対立構図を演じ、
「――斯くして、世界平和は実現するのでした」
鉄郎はそう締め括り、にやりと笑んだ。
そのどこか嬉しそうに爛々と輝く瞳に、クリストファーと月女は息を呑んだ。
智秋は両腕を前で組んだまま、無表情で事態を見守っていた。
クローディアはそんな鉄郎に冷や汗を流しながら訪ねた。
「本当に貴方達は人間なのですか?」
そんな冗談めいた言葉に、鉄郎は悠然と笑みを浮かべて応える。
「人間だからですよ。そしてこれが人間の良いところなんですよ。基礎概念が短い分、奇抜なアイディアも実行し易い。この混乱を極める世界を上手く治めるには、もはやこれしかないのですよ」
貴方達は安住の地を手に入れ、我々は良き教育者を手に入れる。理に適っているでしょう――と、その言葉を聞いて、完全に青ざめたクリストファーが愕然と呻く。
「じゃ、じゃあ、私達は自ら激化する戦場に足を踏み入れたというわけですかっ!?」
「そうなりますね」
クリストファーの恐怖の滲んだ疑問に、鉄郎は短く平然と答えた。
月女はもはや何を恐怖の対象として見れば良いのかすら、脳が追いつかなかった。
「それぞれがそれぞれに平穏に過ごしてきた……そんなささやかな生き方さえ、人間は奪っていくというのか……!」
泣きそうな顔でクリストファーが紡いだ悲痛な叫びにも、鉄郎は淡々と応える。
「望もうと望まないと、奪われていきます。運命の悪戯によって」
そうにへらと緩く笑った鉄郎に、勘に障ったのかクリストファーが胸倉を掴んだ。
「巫山戯るなァ!! そんな戦いに私達を巻き込むなッ!!」
「クリス!」
そんな冷静さを欠いた従者に、クローディアが諫める。
「彼の所為ではないわ」
「しかし!」
「そして、誰の所為でもないわ。これは今の世界が出した答えでしょう」
その言葉に、力を失うクリストファー。
月女も理解していた。
最初の魔法少女が原因ではない。
ましてや自分の原因だと背負い込むこともできない。
そして、人間だけの世界と自分達だけの世界を切り離して傍観者を気取ることは、もう――できない。今まで自分達の種族が見せてきた言動全てがその起因となりうるし、自分達の種族の不死性そのものが根源として人間に不信感を与え続けていたと言える。
それを全て引っくるめて受け入れ、例え互いの利害の一致とはいえここまで平然と我々の存在を運命共同体として、パートナーとして受け入れる鉄郎達の対応には、心底驚く他なかった。たとえ、それ以外に日本がこの世界で生き残るのが困難だと言っても、クローディアが言ったように我々に全て責任を押し付けることもできたのだ。たとえそれが自分達日本の地位を落とそうとも、人間社会には生き残れる――それを、自ら捨て、義や理に重んじて判断するなんて……。
よっぽどの決断力だと、月女は末恐ろしさすら感じていた。
「わたくし達はもともと穏和で弱い種族――本来なら、このようなわざわざ敵を作る政策は頷きかねますが、致し方ないことなのでしょうね」
いつまでも世界の第三者では居られないものね――と、小さく呟いた。
そう、クローディアがどこか強がっているような笑みを浮かべた。それは美神としての笑みというよりも、一人の人としての笑みだった。
「安心していい」
そんなクローディアに、智秋は短く平坦な声で言葉を紡いだ。
「我々日本人はもともと戦闘民族。いざとなったら、守ってやる」
そんなプロポーズめいた言葉に、クローディアは小さく頷いていた。
「おいおい、そんな根拠もないことを――ま、戦闘民族と言っても、肉弾戦の前線戦士だけじゃないしね。僕のような頭脳労働者の策士もあってのものだけれど」
そう、肩を竦めた鉄郎に智秋は当たり前のように頷いていた。
どうやら二人の信頼関係はここの誰よりも親密のようだった。
月女はそんな二人に少し羨ましさを感じた――が、それ以上に突っ込みたくなった。
「おい、この案をいうならあんなちっちゃな土地だけで纏めようとするなぁ。少なくとも、この案で行くしかないのなら、我々の種族全てが移住しなければならないのだからなっ」
月女がついにそう口を挟んだが、それに鉄郎は少し困った顔をした。
「おいおい、君達血族主義者と違い、僕らは土地主義者なんだよ。そんな我々にとって土地とは命そのものなんだよ? その身を切ることをしているんだから、もう少し評価してもらいたいものだねぇ」
ま、これから復権させる予定の他国に占領されたままの土地を取り戻せば、もう少し増やせるとは思うけどね――と、鉄郎は呟いていた。
その占領されたままの土地という言葉に、一番怒りの瞳を過ぎらせたのは智秋だった。
「――それ、いつの話よ?」
時間掛かるんじゃないのぉ?――と、月女がうろんな瞳で見つめると、二人から言葉が返ってきた。
「嘗めるな」
「五月末には決着できるさ」
読み通りならね――と、鉄郎が頬笑んだ。
智秋は誰よりも強い強い意志を持っていた。
そんな二人にふと、月女は前々から思っていた疑問がふと口に突いた。
その疑問の答えによっては、全てが崩れ去る――そんな疑問を。
「おまえら……わたし達が、怖くないのか?」
そんな今更な疑問にも、鉄郎は端的に答えた。
その回答は、実にシンプルだった。
それには月女達も納得せざるを得なかった。
それは今まで自分達も経験してきたことだから――。
「人間の方が、よっぽど怖いよ」




