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ペルソナ・ノン・グラータ 日本鎖国  作者: テロメア
第3章 前篇
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♪ 数ヶ月後 ♪




「冬実が――――死んだ……?」


 その告げられた事実に、智秋は強い目眩を感じ、机に片手をついた。

 握り締められた携帯電話が小さな軋みを上げ、智秋の鼓膜を揺らし、机の上に広がっていた書類が、乱雑に握り締められ、深い皺の山脈を築いた。

「鉄郎……それは、本当なのか……?」

 震える喉、乾く口腔を押して紡いだ疑問は、否と告げて欲しがっていた。

 しかし、無情にも電話口で鉄郎は事実のみを伝える。

『俺は嘘を吐かない。嘘に聞こえるようには言うことはあるけど、起こった絶対的な事実は否定できない。――それは、お前がよく知っているだろう?』

 そう、だからだ。

 だからこそ――智秋はその言葉を、鉄郎の口からだけは聞きたくなかったのだった。

 智秋は鉄郎がこれまで嘘を吐くところを見たことがなかったのだから……。

「…………っ」

 唇を噛み締めて耐える智秋に、鉄郎は追い打ちの事実を告げた。

『さらに彼女は、事件に巻き込まれて死んだ』

 その言葉に、智秋の閉じかかっていた目が見開かれた。

「……なん、だと……?」

『犯人も分かっている』

 その続く言葉に、智秋の瞳は動揺に揺れた。

 頭が真っ白になり、世界が萎縮していくように視野が狭くなっていく。

 電話の向こうでエレベーターの駆動音がやけに大きく聞こえる……。

『犯人は自らの私怨により、彼女を巻き込んだ』

 そのなお続く鉄郎の言葉に、続く内容が分かり、ハッとした。

『その犯人は――』

「――言うなッ!!」

 智秋の突然の大きな静止の声に、鉄郎が疑問の声を電話の向こうで上げた。

 しかし、智秋はもう一度、今度は小さく「言うな……」と繰り返した。

「今、その名を聞けば、私は復讐に駈られる鬼と化してしまう……」

 目を伏せて、世界を暗闇にして、冷静さを必死に維持する。

「今、この国は大事な岐路に立っている。その分岐点を司る一人の私が私怨に誑かされれば、この国の未来は――この日本国の国民の平和は――失われることになってしまう……」

 机の上で握り締められた拳が、周りの紙を紙くずへと変えていく。

 強く噛み締められた奥歯が悲鳴を上げる。

「だから! 私はそれを聞くわけにはいかない――聞くわけには…………」

 閉じられた瞼が小さく震える。

 頬も、痛く震える。

 そんな沈痛な沈黙の泉に、鉄郎が言葉を投げ入れた。

『その判断は、冬実ちゃんも納得してくれる、と?』

 鉄郎が投げ入れた言葉の石は、大きな波紋となって、智秋の心を揺さぶった。

「……そうだ……」

 そう、絞り出すような言葉が、その心の揺れを現していた。

 しかし、そんな反応に鉄郎は容赦なく言葉を投げ入れる。

『勝手だね』

 その言葉で智秋の頭は真っ白から、虚無へと叩き落とされた。

「……何?」

 絞り出した疑問の声は、しかし鉄郎の言葉の前に飲み込まれていく。

『勝手だって言ったんだよ。冬実ちゃんの意思までも自分で勝手に決めつけて、勝手に納得して、勝手に大義名分のもと、自分は復讐の鬼になることを避けている――いや、逃げている。君は復讐の業火に身を焼かれるのが怖くて、綺麗事を並べて逃げているんだ』

「……黙れ……」

『我が身可愛さに逃げている。君の愛ってそんなものなのかい?』

「黙れ」

『ねえ、君は本当に彼女を愛していたのかい?』



「――黙れッ!!」



 震える声の中、発した怒声は再び世界を沈黙で包んだ。

 そんな沈黙の中、臆せず、しかし鉄郎もどこか少し震えるような声で再び言葉を発した。


『……なあ、最愛の人を失ったとき――我々は復讐をするべきなのかな?』


 その言葉に智秋は絶句した。

 最愛の妹を失った彼の、悲痛な心の問い掛けに――智秋は答えられなかった。

 復讐をして、愛の証明をする。

 それが善か悪かなんて、もはや関係はない。

 それが他人に止められるものでも、止めるものでもないのだ。

 しかし、そんな簡単な言葉も、智秋には出せなかった。

 智秋には背負っているものがある、背負いたいものがある。

 その両方を天秤に掛けたとき、彼は復讐しないことを選んだのだ。

 それが正しいのか否かは、分からない。

 しかし、少なくとも『今』はすべきではない。

 そう、智秋は結論づけたのだ。

 復讐をして、愛を証明するよりも――彼女への愛よりも、他を選んだのだ。

 エレベーターの到着音が電話口で聞こえたとき、電話はぶつりと切られた。



 その断絶音だけが、辺りに鳴り響いていた…………。

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