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☆都内某マンション 屋上
《そんな……鉄郎さんは……何も……》
脳内に直接響いてくる眼前のクソガキの思考に吐き気を押させつつ、蕾は頬を吊り上げる。
明日香の仇の凶悪な魔法少女のクソガキを殺すことはできなかったが、復讐には十分なダメージを与えることができたと実感した。
それと同時に鉄郎さんがどうしてこの妹を殺した張本人を匿っていたのか想像できた。
知略に優れ、策謀に長けている鉄郎さんのことだから裏がないとは思ってはいなかったが、最悪の復讐方法を今、実行しているのではないかとゾクっとした。
「大事な大事な妹やったからなぁ。端から見とっても異常なぐらいのシスコンやし、明日香は明日香で異常なぐらいのブラコンやった。きっと明日香が殺されて一番はらわた煮えくり返っとるんわ、鉄郎さんやろうからなぁ!」
相手を精神的に追い詰めていると思うと、ゾクゾクする。
楽しすぎて身体の表面が焼けて張り付いて痛む痛覚なんて麻痺してしまった。
「復讐を考えへん方がどーかしとるわなぁ!」
さっきまで強気だった少女が急にしおらしくなって、右手を胸の前で不安げに合わせる。
そうした『普通』の行動が、無性に勘に障った。
鉄郎さんの作戦ならっと、言わないつもりだったが――言わずには居れなかった。
「鉄郎さんはなぁ、きっとこう思って妹の敵であるてめぇを匿ってんやろ。ただ殺すなんて温い、魔法少女という力をせめてこの国の為に役立てて、利用できるだけ利用して、最後は使い切った絞り滓になってから――殺そう!」
そう言った瞬間、びくっ、と小さく震える少女に笑いが込み上げてきた。
「――とかな!」
なはははははっ――と、押さえきれずに高笑いをする蕾。
腹から笑い声を出して、笑う。
頬が焼け爛れて張り付いている皮膚が破けるが、全くどうでも良かった。
蕾にとって今、こうして精神的な復讐ができているこの快楽が全てを占めていた。
《――違うッ!!》
そんな蕾の煌々と輝き気持ちが最高潮に昂ぶっていたものを遮ったのは、その少女の一言だった。
「ああッ!?」
その諦めていない意志の強い顔が、どこか清らかで、どこか強くて――不愉快だった。
「なんや、その顔はァ!?」
不愉快そうに歪められた蕾の焼け爛れた醜悪な表情は、まさに復讐の鬼そのものだった。
この世界全てを焼き尽くすほどの復讐の業火に焼かれ続ける、鬼の顔。
そんな蕾にもめげずに少女は、自分に言い聞かせるように思考を漏らす。
《鉄郎さんは、そんな人じゃないっ!!》
その予想外の反応に蕾は「はあ!?」と、怒気を含んだ言葉を投げ付けた。
「自分、何ゆっとん?」
《鉄郎さんはあたしに優しくしてくれた》
「ああ!? だから、それは――」
《鉄郎さんはあたしに、君が必要だと言ってくれた!》
「だから! それは全部作戦――」
《鉄郎さんはッ! 一緒に日本を救おうと言ってくれたんだもん……!!》
鉄郎さんだけがそのままのあたしを受け入れてくれたんだもん……――と、少女の漏れた思考が蕾の脳内に直接響き、吐き気を覚える蕾。
そのもう誰の意見も聞く耳持たないという決意を込めて上げられた瞳――その涙を浮かべて潤んだしかし、意志の強い瞳を見て、蕾は言葉を失う。
まさか自分が復讐の為に精神面を攻めたのが逆効果だったのか、と。
まさか、鉄郎さんは本当にこれだけ少女に信用されるほど少女を献身的に――まさか、愛している?――とか、ないよな…………?
自分が思っている復讐は果たして彼は実行してくれるのだろうか?
今思えば、鉄郎さんをこのリアルに引き留めていたのは唯一明日香だけだった。
そして、今その明日香を失った時点で、このリアルとの接点を失った彼は――何をするのだろうか?
まさか、
まさか……
まさかとは思うけど……リアルとの接点が途切れた時点で、このリアルに興味を失って、後はあるがまま流れるがまま、ただただ生きているだけなのではないか?
二次元という彼のいう『理想郷』に…………。
そんな不安が溢れて、それ以上少女を攻める要素を失ってしまった。
「――チッ!」
こうなったら肉体的に殺すしか――しかし、実力の差は歴然たる物だった。
魔法は要は何でも有りなのだとまざまざと体感した。
そして、今の蕾は肉体の修復に使うエネルギーが圧倒的に足りない。
それこそ、目の前の少女でも噛まない限り――。
そうだ、それだ。
目の前の少女は自らが否定したことにも未だ迷いがあり、がら空きだ。
隙だらけ。
今なら――行ける!
蕾は一瞬にして立ち上がり、疾風の如く、速さで少女に襲い掛かった。
血を吸いきってしまえば――殺せる。
まだ、勝機はあるのである。
焼け爛れて裂けた両頬をさらに大きく開き、牙を大きく剥きだして襲い掛かる。
――が、ゆらりと見上げられた少女の瞳がこちらを見据える。
その青々と輝いている両目が何か危険なものだと感じた――その時!
蕾の右腕、左腕、左脚、右脚が一瞬にして消し飛んだ。
いや、違う。
一瞬にして分解されてしまったのだ。
蕾は何も出来ぬまま、再び後方へ大きく吹き飛ばされ――屋上のフェンスにぶつかって、そのフェンスごと遥か数十メートル下の地面に自然落下した。
水風船が弾けるような音がして、しばらく経ってから意識が戻ってきた。
意識が戻ってきたのと同時にその視界の前には鉄郎さんがケータイで電話していた。
その手には何か茶封筒に入った書類のような物を持っていた。
そして、こちらに気付いたのか唇の端を歪めていた。
……鉄郎さんのケータイは確か水没したはず……まさか!?
そう、思った頃には鉄郎さんはマンションの中のエレベーターに消えていった。
まさか、最初からおれと少女を鉢合わせるためにケータイを切っていたのか!?
そして敢えて嘘を吐くことによっての、こちらへのメッセージは――――
後は、僕に任せておいて――ではないだろうか?
だとしたら、全てが、おれがしたことも少女がしたことも全てが彼の策略の中でしかないということではなかろうか?
「……しゃーないわな、これは」
物理的な戦いでも絶対に勝てない相手。
精神的な攻撃も絶対に防御してしまう精神状態の相手。
これを攻略して復讐が遂げられるのは――鉄郎さんぐらいだ…………。
蕾はその事実を噛み締め、唯一残った頭を強く地面のアスファルトに打ち付けて、涙を堪えようとした――しかし、上手く行かずに、涙は止めどなく流れていく。
口の中に入ってしょっぱくて、それがまた悔しくて、溜まらなく――惨めだった。
だけど、そんな惨めな中でも言えることは一つだけはあった。
これはプライドとかそんなものではない。
任務を遂行できる相手に委ねる、当たり前の思考、当たり前の行動。
しかし、それを譲れないのが復讐というものだ。
だけど――これは……言うしかない……。
「鉄郎、ざん……あどは……よろしぐおねがいじまず……」
その夜明け前の夜が明けるまでのちょっとした間だけ――蕾は声を上げて泣いた。
恋人が、明日香が死んでから初めて素直に喪失感だけに泣いた。
その泣き声が深夜のマンション内に、悲しく谺していった……。




