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ペルソナ・ノン・グラータ 日本鎖国  作者: テロメア
第3章 前篇
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     第三話/急「リスタートする少女、リターンする青年、リコールされる少年」




 ☆数年前 大阪 本郷邸



「お兄ちゃんはわたしの誇りだよ」

 外務省への就職が決まり、本省勤務となった本郷鉄郎は、東京への引っ越しのため荷造りをしているとき、不意に妹の明日香がそんなことを背中に投げてきた。

 鉄郎は「ん?」と振り返って、すぐにその意図に気付き、ジト目をして呆れた。

「この出費の多いときに褒めても、何も買ってやれんぞ?」

 お気に入りアニメDVD-BOXを丁寧にぷちぷちに包んで段ボールにそぉ~っと入れる。

 鉄郎はこの実家の自室は倉庫にしようかと悩んだが、向こうに良い中古物件が見つかったので、取り敢えず落ち着くまでの暫定的倉庫にすることにした。近い内に全部向こうに移行の後に、ここは空き部屋として両親に返還する手筈となっている。

 まあ、どのみち倉庫代わりに使われるのだろうけど、と思いつつ。

「そぉーんなつもりじゃありませんよぉーだっ」

 そう言いつつ、手を後ろにして何やらもじもじとしている。

 両手を後ろで組んでいる辺りを見ると、何か後ろに本音を隠しているとすぐに分かった。

「……あー、分かった。欲しい物があるなら、今すぐ言え。今ならまだ、少しは――」

「ち、違うってばっ」

 両手をぱたぱたとして、おねだりを否定する明日香。

 その頬は少し上気して、桜色に染まっていた。

「なんだ、違うのか」

 そう言うと鉄郎は再び作業に戻り、作業しながら明日香に言葉を投げる。

「――なら、手伝うか邪魔するか妨害するか、態度を明確に示せ」

 段ボールにガムテープを貼って、段ボールを閉じると、言葉が背中に強く返ってきた。

「なんで三択の内の二つが邪魔方面なのよっ」

「違うのか?」

 作業も終えたので、振りかえると、少し不服という顔をした明日香の瞳とぶつかった。

「間髪入れずに訊くなっ」

 ふんっ、と頭を横にしつつ、しかし両手はもじもじさせて、

「わたしだって、お兄ちゃんの役に立ちたいもんっ」

 と、そっぽを向いた横顔が頬から耳まで赤くなっていく明日香。

 そんな妹の可愛らしい態度に、鉄郎は呆れの溜め息を一つ吐いて、冷たい助言を一つ。

「……お前はツンデレ妹か? 二次元とリアルを混同するなよ」

 そんな吊れない対応の兄に対して、妹の明日香は「えーっ」と不満が漏れた。

「お兄ちゃんの好きなジャンルじゃないの? 妹キャラ」

「リアルに妹が居る奴は妹スキーには成らない。少なくとも成り難い。だが、俺はそんな希有な例として妹スキーでもあるが、二次元とリアルを混同するようなあっぽんたんではない――二次元の表現をリアルでされると引く」

「引くなっ」

 突っ込み台詞とともに鋭角に後ろから膝裏を蹴られて、がくっ、と足から力が抜ける。

 膝かっくんの凶悪バージョンだった。

「ぅわあっ――!!」

 段ボールに入った大切な宝物をぶちまけそうになって、変な格好で耐える。

 何とか耐えつつ、「それにお前は妹キャラではなく、妹だ……」と、言った瞬間――右脇腹がぴきっーん、と変な感覚と筋肉が急速に萎縮していく感覚……。

「くぅ――うわっ、攣った!」

 段ボールをゆっくりゆっくりと、ベッドに置いてからフローリングの床で、脇腹を両手で押さえて悶絶する。両足を小さくばたばたとさせながら、痛みが去るのを耐える。

 そんな兄の姿を上から呆れ顔で眺めている妹が一言。

「……運動不足じゃないの、お兄ちゃん?」

 と、心配成分未添加の顔で言った。

 それに鉄郎は悶えながらも勝手に口が自動お喋りモードで言葉を紡ぐ。

「ふ、愚かな。この私にリアルの身体の調整など不可能に決まっておろう……」

「何キャラ? そしてなぜ自分の体調管理も行えないの?」

 さすがに明日香も兄の怠惰っぷりに呆れて、両手を広げ盛大に溜め息を吐いた。

 呆れられた兄の鉄郎は脇腹を押さえつつ、恨めしそうに明日香を見た。

「そんなダメダメなお兄ちゃんを一人東京に送り出すなんてわたしにはできないわぁ」

 かなり一息に言い切った感のある明日香の言葉に、脇腹をさすりながら鉄郎は返す。

「なんだ、その、芝居がかった、台詞は?」

 そんな鉄郎の言葉をも無視して、明日香の言葉は続いていた。

「そんなダメダメぇ~な、お兄ちゃんにビッグチャンス!」

 明日香の指は三つ立てられていた。いつもの『ここで選択肢』である。

 鉄郎はそれに対して先手を打って、相手の厭がりそうなものを先に選ぶ。

「C!」

 そんな鉄郎に「ぶぅー」と、唇を尖らせて不満顔の明日香。

「まだ選択肢出してないでしょっ!」

「いや、こういう場合、大概が三番目を選べば何とかなると、この間難波で会った刀を片方三本ずつ持った伊達政宗に言われたことにする。何故か女性だったけどそこも気にしない」

「それ、ただのレイヤーじゃんっ、そんなそこら人の言葉を偉人の言葉扱いしないの! ――じゃあ、ここで選択肢――A『独りで寂しく逝く』」

「勝手に殺すな。若者の孤独死が社会問題に――とか、ニュースで読まれそうだろう。それと、それは性的にも使われる表現だから、自慰行為に耽った可哀想な人に見えてしま――」

「Bィ!! 『向こうで彼女を作る』!」

 明日香は頬を赤く染めつつ、鉄郎の言葉に覆い被さって次の選択肢が言われた。

「いや、俺にロボット工学を求められてもなぁ」

「そっちじゃないよっ! なぜ、最初にその思考回路?」

「なら、尚更だ。リアルは面倒臭い」

 その鉄郎の言葉に、明日香が呆れて物も言えなくなる――と、思われたが、そうではなく、明日香はどこかしてやったりっと言う顔をして、にまにまして元気よく両手を挙げた。

「じゃんじゃじゃ~んっ、そんな怠惰なお兄ちゃんに朗報ですっ! 選択肢C『わたしを連れて行く』!」

「しまった! 先に答えたから問題の方が後から改変された!?」

 鉄郎は冷や汗を垂れつつ、脇腹をさすっていた手で頭を抱えた。

 まさかの予想外の言葉に、どう対処したものかと思考の渦に巻き込まれていく。

「ふふ~ん、もうダメだよぉ。先に選んだのはお兄ちゃん自身なんだからねっ」

「卑怯者! 我はぬしをそのような愚か者に育てた覚えはないわッ」

「いいよ~だ。お兄ちゃんと一緒なら、愚か者でも」

「……家族内ストーカーとはこういうことを言うのか」

「失礼なっ」

 両手を腰に据えて憮然とした表情を浮かべて続きを言った。

「お母さんの命令なんだから、しかたないでしょっ」

「母さんが? ――最悪だ、なんて日だ。ハルマゲドンが起こる日の方が、俺にとっては心休まるではないか……」

「じゃあ、二人で新しい世界を創造しようよっ」

 そんな無邪気に笑顔を広げている妹に対して、鉄郎は厭な顔をした。

「……俺は、これから毎日こうした家族内セクハラを受け続けるのか……」

「セクハラじゃないよぉ――愛、だよ、愛っ」

 にこやかに明日香は鉄郎ににじり寄った。

「二次元とリアルの接点が唯一わたしのお兄ちゃんには、何よりの朗報でしょ?」

「限りなく誤解を生む発言は断固として聞き流すとして――それは、本気なのか?」

 ベッドにどかっと背を預けて、フローリングの床に座り込んで明日香を見据えた。

 いつもの冗談だったらまあいい。

 でも、そうでないのだとしたら――明日香の友達関係などに影響が出てしまう。

 引っ越しなんて、小さい頃でも辛いのに大きくなってからなんて――最悪だろう。

 特に、もう中学生だ。交友関係は大体固定されつつある時期だ。

 鉄郎はそんな心配を含んだ視線で妹の顔を見ると、明日香はいつもの屈託ない笑顔だった。

「友達にはもう話してあるし、それに――ネットの時代だよ。どこに至って、通信料さえクリアされれば、どーとでもなるよ」

「そう言う問題かよ」

「そう言う問題だよっ」

 明日香はベッドを背にしている鉄郎の上に両足を大きく広げて乗っかり、両手をベッドに付けて、少女漫画の所謂『どん!「……黙れよ」』体勢で、鉄郎の顔に自分の顔をゆっくりと近付けてきた。

「……お前なぁ、そう言うことは事前に相談を――」

「黙って……」

 小さく、囁くような色っぽい声色に、どきっ、と鉄郎は心拍数を跳ね上げた瞬間――唇に柔らかい濡れた感覚――――。

「……っ!?」

 実の妹に唇を奪われてしまったと気付いたときには、もう遅かった。

 柔らかい唇を強く相手を押さえつけるように押し付けられた感触は、脳を麻痺させるには十分だった。

 明日香は交わった唇を満足そうに離して、頬を上気させたまま笑顔を零した。

 長い黒髪が鉄郎の胸に垂れて、それを追うと彼女の胸に行き着いた。まだ十代前半だと言うのに、早熟した少女の身体に心拍数がさらに上がっていく。

 短いプリッツスカートから覗く長く白い太腿が、自分の腰に跨って広がっている。

 視線を上げると、彼女の桃色の潤んだ唇――そして小さく覗く白い歯……。

「……お前……どういうつもり――」

「ファーストキスは、お兄ちゃんって決めてたんだ」

 わたし、鉄郎お兄ちゃんが大好きだから――と、鉄郎の言葉を遮って明日香はいう。

 徐々に頭の麻痺が解けてきた鉄郎には、その台詞には聞き覚えがあることが思い出された。

 確か、昔プレイしたゲームでそんなことを言っていた妹キャラがいたはずだ。

「お前は二次元のキャラクターかっ」

 そしてなぜ○○お兄ちゃんとわざわざ分けた!?――と、呆れる鉄郎。

 この世界には両親に隠し子がいない限り、生き別れたもう一人の兄は居ないのだから。

 しかし、そんな鉄郎の呆れを明日香は一言で一蹴する。

「良いじゃない、二次元で」

「……え?」

 鉄郎は耳を疑って明日香の方を見た。

 すると、明日香はもう一度、「二次元でも良いじゃない」と艶めかしくいった。

「二次元キャラクターだって、その二次元にいるときは、そこが二次元だって気付かないじゃない」

「ま、まあそうだけど……」

 そう言い切られてしまうと、鉄郎としては反論材料を失う。

「この世界だって同じかもしれないじゃない。わたし達は気付いていないだけでこの世界は二次元で、アニメやゲームの世界かも知れない。だったら、別にわたしがお兄ちゃんに何をしようが所詮はフィクション」

「だが、二次元が二次元であっても、無知な作者以外なら二次元内にも法や秩序があるはずだが?」

「近親相姦が悪なんて、古いわね。お兄ちゃん、兄妹で子供を作っても、別に遺伝子疾患はできないわよ」

「知ってるよ。そんな迷信をまともに信じている古い世代ではないからね」

「でも、倫理が――とか言うつもりでしょ」

「うっ」

 全部見透かされている鉄郎は、何も言えなくなってしまう。

 そんな鉄郎に明日香はゆるりと、頬笑む。

「倫理なんて時代とともに移ろう物。そんな物に価値なんてないわ」

 少なくとも、わたし達の間には――と、黒い笑みを浮かべる明日香。

 元来、鉄郎が策士家であるのはこうした本郷家の遺伝子に依るもののようで、その策士家の遺伝子は鉄郎よりもむしろ明日香の方に色濃く受け継がれていた。

 鉄郎は討論で明日香にここ最近負けっ放しである。

 年齢を喰っても得るものは時間と正比例した知識のみ。

 元来の賢さとは、もともとに備わっているものなのだと、明日香を通じて鉄郎は厭というほど感じていた。

「そんなにキスが気になるなら――もうっ、気にならないぐらいキスしまくれば良いじゃないっ、ねっ」

 そう無邪気に言って、反論しようとした鉄郎の唇を塞いだ。

 唇と唇を交えるだけの幼いキス――しかし、その長い長いキスに、鉄郎の脳味噌は半分以上が融けてしまっていた。

「ぷはっ……う~む、キスの時って、みんなどう息継ぎしているのかしら?」

 口調がそのときどきの気分によって変わっていくのは、本郷家ではよくあることだった。

 明日香は自分が優位な立場になると、口調が高圧的に変化する。

 しかし、考えていることは実に間抜けなことだった。

「水泳じゃないんだから、そのまま息をすれば良いじゃないか」

「そ、そんなことしたら、鼻息が……お兄ちゃんに掛かっちゃうじゃない……」

 明日香は実に初々しい羞恥心を持っていた。

 そんな妹に鉄郎は可愛さを覚えて笑みが零れた。

 すると、その笑みを不服に思ったのか、明日香が赤い頬を押さえつつ言葉を続けた。

「お兄ちゃんだって、息止まってるじゃないっ!」

「俺のは絶句のそれに近いんだよ」

 鉄郎が一気に形勢逆転して、優位な位置に立つ。

 経験的に幼い明日香には、鉄郎にそうした面で勝ち目はなかった。

「――くっ、まだ足りないのかっ」

 明日香は恥ずかしさを隠すように敢えて台詞口調でいうが、それに鉄郎は優しく返す。

「ヒーローが逆転する前のような台詞口調で言うな」

 覚悟を決めた鉄郎は、明日香の首に手を回して、押し倒した。

 明日香はベッドに付いていた両手を鉄郎の首に回してそれに応じた。

「……後悔するなよ」

 冷たいフローリングに押し倒して、完全に立場を逆転する鉄郎。

 主導権を自分側に移して、今度は鉄郎からキスを奪った。

 幼い唇を舌で押し開けて、一瞬の驚きに滑らかな歯と歯の間が開いたのを見逃さず、そのまま舌を侵入させ、緊張に震える明日香の舌に触れて――交じり合った。

 水を含んだ濡れた音に、明日香は耳まで赤くしつつも、一生懸命応える。

 長く、濃厚な大人のキス。

 二人の舌と舌が絡み合い、明日香の唇の端から二人の唾液がつつぅーと、垂れた。

 キスを終えて、鉄郎は自らの身体を引き離すと、二人の間で透明な糸が引いた。

「お兄ちゃん……」

 潤んだ瞳。

 艶っぽい唇。

 色っぽい頬。

 可愛らしく赤くなった耳。

 まだ幼い胸の上で合わさっている震える両手。

 その全てが鉄郎を誘惑するように構成されていた。

 ただ一点、


「わたし――好きな人ができたんだっ」


 言葉を除いては。

「……え?」

 ぴし、と液体窒素をぶっかけられて凍るように固まった鉄郎。

 頭が一瞬フリーズし、やがて、そう言えば、と脳内で言葉を巻き戻す。

 そう言えば最初に「ファーストキスは、お兄ちゃんに決めてたんだ」と言っていた。

 ファーストキスは、と。

 鉄郎は自らが上の立場で押し倒したが、全然自分が立場的に優位に成っていないことに頭が痛くなってきた。

 眉間を片手で押さえて、頭痛が去るのを待つが――ダメだった。

「お兄ちゃんはわたしの大好きな人、で、彼はわたしの好きな人」

「彼、彼だと? そいつはだ……」

 思い当たる奴が一人いた…………。

 これだからリアル女は……と、もはやアナフィラキシーショックのようなレベルで、頭と心臓が痛くなってきた。が、そのお蔭で幾分冷静さが取り戻されてきた。

 脳内で思考が渦を巻いて、ぐるぐると巡り巡ってろくでもない結果に行き着く。

 待て待て、そうだこれは全部が全部こいつによる駆け引きの結果だ。

 そしてこちらはそれを駆け引きとは知らずに乗って、完全に負けているのだ。

 攻められていると気付かずに正門を開いたような間抜けな城主と言うわけだ。

「あ、もっと分かり易い方が良っか」

 そして小悪魔のような笑みを浮かべた明日香に、完全に彼女の手中に落ちた自分を感じた。

「初めての相手は全部お兄ちゃん、二番目の相手は彼」

 大丈夫、処女膜が無くなってたって、運動してたら破けることもあるってことを盾にするからさ――と、明日香は付け足す。

「最悪なコメントだよ、妹よ」

 そう鉄郎が力無くいうと、唇に指を当てて色っぽく明日香は答えた。

「わたし、欲しいものは絶対諦めないタイプなんだ」

「欲しいものはどんなことをしてでも手に入れるタイプと訂正しろ」

 さっきまで鉄郎にまとわりついていた熱が冷めて、ベッドに背と頭をどかっと預ける鉄郎。

 こんな小娘に良いように扱われる自分って、なんなんだ?

 と、自問自答しながら。

「わたし――」

 鉄郎の腰に自分の両足を回して、「ほっ」と、腹筋の要領で起き上がった明日香が鉄郎の顔の近くで無邪気な満月のように魅力的な笑顔を浮かべる。

「お兄ちゃんの最初で最後の人に成りたい」

 だから、




「「一番近くで応援させてねっ」」




「――か……」

 数年後、鉄郎は壊されたマンションのベランダから外で爛々と輝く満月を見上げて、今はもう失われた可愛い笑顔を思い浮かべて、そう、ぼそっと言葉を漏らした。

「今、一番近くに居なくて……どうすると言うんだ……」

 眼下には広がるのは赤い血溜まり、そしてそれに包まれた四等分された車だけだった。




 ☆東京 都内某マンション(深夜)



 深夜のマンション駐車場に黒々と広がった血溜まりの中から、一本のペンを拾った。

 鉄郎はその血でねちゃ付いたペンを眺めつつ、見上げた屋上と満月の月光を浴びながら、大きな溜め息を吐いた。

 その溜め息の正体は実に複雑なものだった――。

 見上げていた視線を下に戻し、横の四等分されたセダンの車の中が壊れた窓から見える。

 その車内には、首の骨が折れて絶命している女性の姿があった……。

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