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ペルソナ・ノン・グラータ 日本鎖国  作者: テロメア
第2章 後篇
16/28

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「ファーストキスは、お兄ちゃんって決めてたんだ」




     ♪



 鉄郎の後ろを「だれだれぇ?」と、ひょこひょこと左脚を引き摺りながら付いていくと――そこには一人の少年が、まるで捨てられて雨に打たれた子犬のような、悲観的な冷たい瞳を潤ませていた。

「なんで自分が生きてんねん……?」

 突如、胸倉を掴まれてゆまは為すがままに揺さぶられる。

「なんで、自分が生きて――笑っとんねん……?」

 この、誰とも知らぬ少年の悲痛な質問に、ただただ恐怖しか感じなかった。

「なんで自分はそんなに幸せそうやねんッ!? こぉの人殺しがァァッ!!」

 ただ、分かったことは――この人は自分の味方ではないと言うことだった。

 次の瞬間――少年の空いていた手の爪が鋭く伸びて、ゆまの喉元をかっ切ろうと動いた。

 その殺気を瞬時に感じ取り、少年を前に突き飛ばし――魔法少女のコスチュームに変身する。青い光がゆまの辺りを球体状に包み、瞬時に魔法少女へとトランスした。

 ふらっと、一歩引いて右手にペンを持つ。

 鉄郎の姿を探すと、かなり下がった所で頷いていた。

 鉄郎の安全が確保されたのを感じて、ゆまは安心して相手――敵の少年を見据えた。

 閉じたドアのドアノブに背中をぶつけて牙を見せて呻いていた。

 少年のその鋭利な刃のような五指の長い爪、鋭い針のように長い犬歯、縦に収縮する血のように赫い瞳――まるで御伽噺の吸血鬼の姿に重なって見えた。

 さらに左足を引き摺ってもう一歩引いて、ゆまは訊ねた。

「何なんですか、あなたは?」

 さらにもう一歩引くと、ゆまの攻撃圏内であり相手の攻撃圏内から外れた。

 その行動が気に食わないのか、顔をくしゃりと歪めて少年は応えた。

「『何なんですか?』、やと?」

 その歪めた顔には、歪んだ笑みが作られていた。


「自分と同じ――化物や」


 瞬間――少年の身体が散って、赤い霧が広がってゆまの前で集束した。

 それはほんの瞬きの出来事――少年の姿がゆまの目の前に大きく広がっていた。

 見上げたゆまが出会ったのは、業火に焼かれる少年の双眸だった。

吸血鬼(ヴァンパイア)ちゅー名の、復讐の鬼じゃッ!」

 少年の鋭く伸びた爪を持つ右腕が空気を切り裂いて、ゆまの腹部を襲撃する。

 しかし、その右手はゆまの青い被膜のようなバリアーによって防がれる。

 少年の右手の長い爪を中心に風船を押しているようにバリアーが歪む。

「バリアーゆーても、物質化した何か、みたいやなぁ。なら――」

 さらに右手の爪を強く、深く突き立ててくる吸血鬼の少年。

「押し込んだら割れるぅんちゃうんけぇッ!」

 押し込まれた右手の爪がバリアーを――突き破った。

 紙が破れるような音がして、バリアーを突き破ってきた少年の爪がゆまを襲う。

 ゆまは瞬時に後転して、爪の襲撃を避ける。

 少年の爪はゆまの上半身があったところを襲撃、ゆまは後転してその腹の上にある右手を小さな両足で挟み――後転する勢いのまま、放り投げた。

 少年はゆまに放り投げられた勢いのまま窓に突っ込み、窓が割れる甲高い音とともにマンションの外に放り出され、重力に従って落ちていった。

 ゆまはすぐさま窓から飛び出そうとする――が、後から襲ってきた股関節の痛みに足が思うように動かずにフローリングに顔を滑らせた。

「いったーぃ……」

 透かさず駆け付けたリリヤがゆまを気遣う。

「大丈夫? まだリハビリ中なんだから無茶しちゃダメだよ」

 その時、箱が潰れるような音と重なって水風船が弾けたような音が響いた。

 その言葉と同時に叩き付けられるような音に、びくっとして一人の男の人の顔が過ぎる。

 本郷鉄郎の顔が過ぎったゆまは、気持ちを取り戻した。

 振り返ってそこにいるであろう彼に抱き付いてしまいたい気持ちを、ぐっと堪える。

「大丈夫、今は……守りたい人のために戦うんだものっ」

 右脚でフローリングを強く蹴り付けて窓の外へ――窓の外、少年はマンションの下の駐車場に止まっていた一台の車を潰して倒れていた。

 少年が車に打ち付けられて真っ赤な血が車を伝って地面にも大きく広がっている。

 一瞬、事は終わったのかと思ったゆまは、しかし、その認識を改めさせられる。

 地面に広がった血は、その血溜まりからぽこぽこと、気泡のように小さな固まりとなった血が空中に浮いてきていた。

 血溜まりの中心にいた少年はその強い復讐の炎を絶やさずにゆまを睨んでいた。

 ゆまがその瞳に怖気を感じ、反射的にペンを縦一線、横一線と走らせる。

 その十字を切るように引かれた線は、その怖気を感じさせる少年の身体を十字に弾き、分断した――が、瞬時にその四つに分断された少年の身体は、なんのダメージもなかったかのように、元の一つの身体に再構築されて、こちらを強く睨んできた。

「十字なんて切っても無駄や。そんなもんは時代時代のアホな人間が考えた迷信やからなぁ。もしくは自分の宗教を肯定するための、ただの詐欺や」

 その冷たい瞳は、気泡のように舞っている血玉を愛でてから、こちらを強暴に睨み付ける。

「鉄郎さんが何を考えて自分を匿ってたんかなんて、もーどぉーでもえぇわ」

 え?

 この人、鉄郎さんのことを知ってる――!?

 そう言えば、鉄郎さんのことを訪ねてきたのはなぜ――??

 と、疑問が浮かんだけれど、その疑問を解消する暇なんて少年は与えてくれない。

「おれがお前を殺せたら――もー、どーでもええわッ!!」

 その怒号とともに少年の身体が大きく膨らみ、ぶよぶよとした血の塊のようなものに変質。大きく膨張した少年だったものは破裂し弾け、無数の血玉が駐車場からビルに向かって直径約十メートルに大きく広がった。

 真っ赤な花のように禍々しく広がった血玉は、それぞれ壁では鼠に、空中では蝙蝠に姿を変えゆまに襲い掛かってきた。ゆまは咄嗟にバリアーを前面に強化して広げたが、そのバリアーが瞬時に喰い破られる!

 喰い破ったバリアーの穴から続々と赫い目をした鼠と蝙蝠が傾れ込んできて、バリアーを保っていた左腕に次から次へと齧り付いてくる。ゆまはその無数の小さな痛みに耐えていたが、遂にバリアジャケットを貫いて小さな牙が突き刺さる。

「ぅッ!」

 痛みに視界が揺れるが食い縛り、その猛襲に向けてペンを構えた瞬間――突如として眼前に闇のように黒い大きな固まりが広がっており、ゆまの細い左腕に喰らい付いていた無数の鼠や蝙蝠は姿を変え、大きな鋭い牙が突き刺さっていた。

 そのまま強い外力を持って、先までいた鉄郎の部屋の中へと引きずり込まれる。

 背中部分にバリヤーを張り、背中を強打するのを避けるがペンを握る右手が引き込まれる途中に窓枠に激突し、ペンが遠くへ弾き飛ばされてしまった。

 黒い固まりの巨躯に弾かれてリリヤも小さな悲鳴とともに遠くへ飛ばされ、そのままの勢いを殺さずにその黒い巨躯は部屋の中へと引きずり込んでいく。

 リビングのフローリングをその短剣のような鋭い爪で抉り、ソファーが裁断され、テーブルが粉砕される。その衝撃を和らげるため背中に張った半円状のバリヤーがさらに後方でリビングのドアを突き破り、黒い巨躯には狭い廊下を円筒状に抉っていき、廊下の壁、床、玄関のタイルに金属製のドアをへしゃげさせ、玄関のドアごとゆまは渡り廊下のコンクリの壁に叩き付けられた。

 バリヤーが耐久限界を迎え砕け散り、ゆまの矮躯は半円状に凹んだコンクリ壁に叩き付けられ、黒い巨躯がゆまの腹部から胸部を圧迫するように巨躯をめり込ませてくる。

 ゆまは胸部から骨が砕ける乾いた音と、腹部から強烈な嘔吐感が迫り上がる。

 黒い巨躯が咥えていたゆまの左腕をぶんっと振るい、さらに肩が砕ける潰れた音を響かせながら、ゆまはマンションの渡り廊下の硬いコンクリの床を二、三度バウンドして転がり、背中をエレベーターの金属製の真中開きドアに叩き付けられて止まった。

 脳震盪によりぐらつく視界に耐えながら、ゆまは襲ってきた黒い巨躯を必死に見ようとする。が、腹部から迫り上がってきたものに耐えられず、血混じりの反吐を床に広げた。

 涙混じりに吐き出し、全く動かない左腕を庇いながら右腕で視界を上げる。

 すると、そこに強烈な圧力を持って存在していた黒い巨躯が今度ははっきりと見えた。

 黒い巨躯は、闇のように暗い毛に全身覆われ、その瞳は赫く縦に収縮しこちらを睨み付け唸ってナイフのような牙が並び、その全長五メートルはあろうかと思われる巨躯を支える四肢の先には短剣のような爪が床のコンクリに深く食い込んでいた。


「オオ……カミ……?」


 それは、巨大な黒い狼だった。

 その黒い狼の前足が一歩こちらに近づいてきた。

 その前足の爪はコンクリ床を柔らかい土のように爪で抉っていた。

「ぃ――ッ!」

 身体の底から恐怖が込み上げてくる。

 怖い。

 その恐怖に突き動かされ、ゆまは這いずりながら一歩下がるがそこはすぐに行き止まりだった。行き止まりの冷たい金属のドアが肝の芯まで凍らせた。

 逃げなきゃ、殺される――そう思った瞬間、身体の芯まで震わせるような咆吼とともに黒い狼が疾駆してきた。バリヤーを身体を包むように球状に張ると、そのバリヤーごと後方のエレベーターのドアを潰し、エレベーターシャフト内へ吹き飛ばされ壁にぶち当たる。

 反響音を響かせながら、九階分の高さから暗い昇降路の底へと潰れたドアが落ちていく。

 壁を蹴り、限定的な四角い空間の上空へ退避する。黒い巨大な狼はドアのところで爪をドア枠で、きぃぃぃ、と金属に悲鳴を立てさせてこちらを見上げていた。

 黒い巨躯をドア枠を押し広げながら無理矢理エレベーターシャフトへと入ってきた。

 ゆまは逃げるために慌てて上昇したが、すぐに二階上の階に止まっていたエレベーターの籠の底にぶつかり、逃げ場をなくす。黒い狼は四肢の爪で鋼のガイドレールを抉り、金属製の梯子を潰し、汚れた石綿の壁を削り取りながら烈火の勢いで壁を這い上がってくる。

 ゆまがそこから逃げる隙を与えず、黒い狼はその巨躯の質量を持って体当たりをし、ゆまもろともエレベーターの籠を押し上げてそのまま最上階の制御室まで上がり、籠を空き缶のように潰しながら屋上まで突き抜けた。

 バリヤーも大きくへしゃげ、最後には潰れてしまいゆまはプレスされて潰れた籠ごと屋上の床に叩き付けられ転がった。轟音とともにワイヤーロープが一拍遅れて地面に落ちる。

 口と鼻から血を流し、全身打撲の状態で身体が動かない。

「く――ぅ……」

 それでも逃げないと殺されてしまう。

 唯一まともに動く右腕で地面を摑み、上半身を起こす。

 エレベーターの籠を押し出し、陥没した穴から巨大な黒い狼がこちらを睥睨している。

 黒い狼が一歩こちらに踏み出したと思われた瞬間――その姿は先程の少年の姿に戻る。

 その少年の目は残忍に歪み、歪な笑みを浮かべた血のように赫い瞳を夜闇に浮かべていた。

 その残忍な赫い瞳に、恐怖が広がった。

 殺される!

 慌てて上体を起こし、少しでもその赫い瞳から逃れたくて反対側を向いた――瞬間。

 その視点を反転させ向いたその方向に、暗い闇色の影がゆまに覆い被さっていた。

 恐る恐る顔を上げると、そこには赫い瞳をした少年の姿――

「ひ――ッ!」

 引き吊った声が喉に絡み付き、被さる影に落ちる。

 次の瞬間――その影は自分の首に絡み付き、ぎりぎりと締めながら持ち上げられる。


「ぐっ、、、、、、」


 ぎりぎりぎりぎり、と締め付けてくる少年の手。

 少年の指の一つ一つが自分の首に深く深く食い込んでくるのが感じた。

「簡単には殺したれへんぞ」

 ぎりぎりぎりぎりぎりぎりと、喉がめきっ、と小さな音を立てて自分の声が潰れていく。

「藻掻き苦しみながら、死ねやッ」

 喉から漏れるのは水気を含んだ空気の雑音。

 首の頸動脈が絞められて、頭に血が上らなくなる。

 首を絞められて、勝手に身体が仰け反り、空を見せられる。

 強制的に見せられた空は、紅く染まっていき、視界が縮まっていく。

 締められる少年の両腕を抵抗して掴むが、ぬるぬると滑って掴めない。

 爪を立てて首を絞める両腕を掴むが、ぐちゃっ、と何かが潰れて掴めない。

 さっきから何かが蠢くように首を上がってくる。

 狭まった視界の中で、下を力一杯見る――と、そこには……大量の蜈蚣(むかで)が蠢いていた。

「ッ、、、、、、!!」

 大量の蜈蚣が自分の喉元を上がってきて、口から垂れた涎のさらに先に入っていく……。

 頬を蠢く大量の小さな足が唇の端に触れ、小さな潰れた悲鳴が漏れた。全身が首を絞められている苦しさとは別の怖気を、生理的悪寒を感じさせる。

 首を振って振るおうとするが、それを少年は許さない。

 唇の端に触れた蜈蚣の足は、そのままするり、と――口の中に入ってきた!

 一匹が入ると、次から次へと、蜈蚣が口の中に大量に入ってきて、喉を通っていくのが感じられた。


「ぁぁぁぁががががッッッッ、、、、、、、、、、、、!!」


 目尻から溢れた涙が頬を伝って、その大量の蜈蚣のなかに消えていった。

 涙と涎と蜈蚣が混ざり合って、ぬるぬるとした感触を頬に広げる。

 少年は外から殺さず、中から殺そうとしているようだ。

 ――助けて

 そう、ゆまが気付いた頃には食道を通って、肺や胃の中で蠢いている蜈蚣を感じてからだった。肺臓に空気の代わりに蜈蚣が入ってくる。胃袋に食べ物の代わりに蜈蚣が入ってくる。

 蠢く蜈蚣は、肺や胃で蠢きそれぞれの臓器の中から噛んで毒を広げていく。

 肉体的、精神的にゆまは殺されていく。

 ――助けて……

 口の端から涎が垂れて、目玉が完全に上向き、指が痙攣を始める――。

 蜈蚣が身体の中、身体中を這い回って殺そうとしている――ゆまの脳裏に死がちらついた。

 ――助けて……鉄郎さん!

 瞬間、鉄郎の顔が頭の中に広がり――言葉も思い出された。


 ――ゆまちゃんは電子を自由自在に操っていると言える。


 あたしの魔法は電子を操ることで具現化する。


 ――この世界でゆまちゃんが操れないものはない。


 だから、この世界の電子を纏っているものは全て操れる。


 ――つまり、どんなものでもゆまちゃんは作り上げることが出来ると言うことだよ。


 だから、あたしが見えている世界その全てが、あたしの魔法の影響対象となる。


 ――ゆまちゃんが想像できるものなら、どんな現象でもね。


 だから、あたしがこの世界の現象に殺されるなんて――有り得ない。

 そう、思った瞬間、目の前に広がっていた全てが、違って見えた。

 電子の流れが――見える。

「何や?」


 自分の首を絞めている両腕――――青く、なれっ!


「――ぐぅッ!!」

 少年の一瞬の疑問と同時に、少年の両腕が分解される。

 少年の両腕が分解され、解放されたゆまの頭が少年を捕らえた。

 口の端から蜈蚣がまだ蠢いていたが、それを噛み砕き――次の瞬間には、全てを分子レベルまで分解して、煙草の煙を吐き出すように分解した蜈蚣を黒い煙として、ふぅー、と吐き出した。

 ゆらりと立ち上がったゆまに、少年は一歩引いて両手を修復していた。

 骨や血管や神経や筋肉、そして最後に皮膚が再生された。

「何やねん……自分?」

 その言葉に、ゆまはゆらりと笑みを作り出した。

 先程まで感じていた恐怖がどんどんと薄らいでいく。

 先程自分が感じていたような恐怖を、今は彼が感じている。

 これほど滑稽なものはないだろう、と。

「が、、、、、、」

 言葉を発しようとしたが、ゆまは咳き込んで言葉を出せなかった。

 仕方がないから本来は霊能力者同士が行う、精神感応(テレパシー)である魂の波長を同調させて、意志を直接相手に伝えることにする。精神感応は相手の波長さえ読めれば、能力者でなくても同調させることができる。少年はそう言う意味では読みやすかった。

《吸血鬼って、太陽光も迷信なのかな?》

「な、何や!?」

 少年の驚きに、笑みを持って応える。

《あたしが何者だって?》

 右手を挙げて、魔法が具現化するイメージを広げる。

《あたしは、》

 それは反射するイメージ。

《ただの》

 それは強い光のイメージ。

《魔法少女よ》

 背中に熱いほどの光を感じる。

 ――もう、何も怖くなかった。

 それはスポットライトを全身に浴びるように光が辺りを包む。

 その辺りを包んだ光がじりじりと少年吸血鬼の方へ。

 少年はその光景に驚いて声を上げた。

「なっ――んやと……」

 少年はその眼前に広がる無数の物体を見て、本能的に悟った。

「まさか、」

 夜闇の星々とは違う光を反射する大きな反射板の群群群群群群群群群。

「――地球の裏側から!?」

 イメージは鏡。

 そのイメージは太陽光を反射してこちらに伝えるというもの。

 構築される鏡の材料は、この世界そのものだった。

「そんなん……無茶苦茶や……」

 少年が逃げようと後退った瞬間、ゆまは一息吐いて、その吐いた息がカマイタチとなって少年の両足を綺麗に両断して動けなくする。

「……くそぉ」

 そう少年が漏らした言葉が、集束された光に掻き消される。

 怒号のような叫び声を辺りに谺させて、少年は光に包まれて呻いた。

 呪いのように炎の中から聞こえてくるのは「……ちくしょう……ちくしょうッ……チクしょウッ…………!!」という呪詛のような言葉。

 しかし、その言葉も身体が焼ける嫌な臭いとともに、徐々に炎に埋もれていく。

 しばらくして、抵抗していた少年の両腕が、大きく広げられ――力無く投げ出された。

 それは諦めたように、覚悟したように、その光を――全身に浴び続けていた。

 それは奇しくも、さきほど生きることを諦めた自分のよう…………。

 そう感じたゆまは、その少年を焼く光を――逸らせた。

 少年の黒こげになり、張り付いた焦げた皮膚を全身に纏った人型が仰向けに倒れた。

 後ろでは巨大な硝子が割れるような音が広がり、ばらばらばらばら、と地面に砕けた鏡が落ちていく光景が広がっていた。

 少年の口が、焼け爛れて張り付いた動かない唇を割りながら呻いた。

「ド、、、どウ、、、し、、、」

《ちょっとした、慈悲》

「じ、、、ヒ、、、やと、、、!?」

 少年の瞳が怒りに染まっていた。

 しかし、もはやそれは恐怖の対象ではなかった。

 いつでも殺せる者に恐怖を抱くことはない。

 それに、

《利益にならない人の死は、避けろって、鉄郎さんに学んだ》

 殺意も特に浮かんでこなかった――理由が見当たらないからだ。

 しかしその言葉に、にやりと張り付いた焼けた肌で器用に笑みを作る少年。

「鉄郎さん、やて?」

 口の周りの器官を既に修復したように、けたけたと笑う少年。

 その少年の笑みに、不安が広がった。

「その鉄郎さんは、信じひん方があんたの為やで?」

 何だって!?――と、反論しようとしたが、既に少年と精神を同調できなくなっていた。

 少年の精神の動きの変化と、自分の動揺によって――。

「理由を聞きたいちゅー顔やなぁ。ええで、特別に教えたるわ」

 表面が爛れたままの右手でゆまの胸倉を掴み、自分に引き寄せる少年。

「おれの恋人はお前に殺された――だから復讐に来た」

 少年の焼け爛れ狂気に満ち満ちた顔が、自分の真横で囁いた。

「そして、その恋人とは――」

 ぱり、と皮膚が破ける音が耳元でして、それで笑みを作ったのだと分かった。

「本郷明日香」

 本郷という名に背筋が凍った。



「本郷鉄郎の――妹や」




      ♪




「わたし、鉄郎お兄ちゃんが大好きだから――」





 第二話/破/了


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