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ペルソナ・ノン・グラータ 日本鎖国  作者: テロメア
第2章 後篇
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「わたし――好きな人ができたんだっ」




     ♪



「随分、君に懐いたね。ゆまは」

 そうパソコン仕事を任せていたリリヤがふわりと飛んできて、鉄郎に声を掛けた。

 リリヤとゆまはあれから和解したようだが、まだ距離は探り探りなところがある。

 そんな二人の間に鉄郎はクッションとなっていた。

「そうだね。子育ての経験はゲームでしかなかったんだけど――元来、子供には好かれやすいみたいだ。僕自身は子供は大っ嫌いなんだけどね」

 そう一般通念的にどうかと思われることを平気でいう鉄郎に、リリヤは首を傾げた。

「そうかな、ボクには兄妹か親子のように見えるけどね」

 ……。

 鉄郎は少し考えてから、肩を竦めていった。

「ずいぶんとざっくりだねぇ。兄妹か親子って」

「ああ、ごめん。『家族』という概念のないボクらには、その概念の区別があまりつかないんだよ」

「なるほどね」

 鉄郎は緩い笑みを浮かべて、それから聞いてみたかったことを聞くことにする。

 その目線の先には両手で大事そうに一本のペンを握っているゆまの寝姿があった。鉄郎の膝を枕にして、すぅーすぅー、と可愛い寝息を立てている。

「ところで、リリヤちゃん。このペンでどうして物が切れるんだい?」

 その言葉にリリヤの視線がゆまの漆塗りの高級そうなペンに向けられた。

「ああ、このペンにはタキオンプラスがコーティングされているみたいなんだよ」

「タキオン、プラス? コーティング?」

 そんなまだ実証もされていない物質をコーティング出来る技術なんて、さすがの情報通の鉄郎でも知らなかった。頭には疑問と好奇心が溢れてきていた。

「あー、と。この世界での常識的な言葉に置き換えるなら――タキオンプラスとは除霊能力者の魂のことで、アストラル体のことだよ。コーティングとはそのアストラル体によるもので――所謂、『念』だね。名のある高僧の念の籠もった護符的なものだよ。念込めによって、自らの魂の一部を器物に定着させるんだ。実際にゆまのペンの芯にはお経が書かれていて、念込めされているみたいで、ゆま自身も『護符ペン』って言っていたし」

 そのあまりにも身近な言葉に、鉄郎は少しがっかりする反面――新たな疑問も生まれた。

「と言うことは、言葉的に幽霊はタキオンマイナスで、除霊とは対消滅によるもの――で、良いのかな?」

「そうだね。一般的に人間は――世界の枝にもよるけど、こっちはタキオンマイナスの魂を持つ者が比較的多い。だから、その残留魂がタキオンマイナスであることも多くなり、除霊能力者はタキオンプラスとなることも必然的に多くなる」

「なるほどね。対消滅故に、その消滅エネルギーが爆発をするが故、死体は弾けているわけか――ん? とすると、どうして魂を持たない器物まで切れるんだい?」

「器物に魂が宿らないなんて、誰が決めたんだい?」

 鉄郎の疑問に、逆に疑問で返されてしまった。

 念込めされていない=魂がない、と思ってしまった。

 既存概念がまだ自分に残っていたことに鉄郎は頭を掻いた。

 そうだ、万物に魂宿れり、である。

「確かに。それは思い込みだったね」

「まあ、この世界はタキオンマイナス生命体の『妖霊』と、タキオンプラスの『妖怪』との分布図争いのようなものだから、勿論切れないものもあるけれども――半分切れれば、他もその爆発エネルギーに巻き込まれるから、切る力が強ければ問題ない上、そもそもゆまの攻撃は『魔法』によるものが大きいから、半分物理学が通じないとも言える」

 そこで鉄郎はそもそもの疑問を尋ねることにした。

「ねえ、そもそもその『魔法』って、一体何なんだい?」

 そのトーンの下がった声に、リリヤは顔を引き締めて鉄郎を見た。

 そして、ゆっくりと語り出した。

「ボク達の言い方では『光法』っていうんだけどね。もともと人間が『魔法』って言い出したのは上から来た高次元な存在の魂――人間が『天使』って言っている存在だね――のプロパガンダで、そう刷り込んだものなんだ。ほら、この国で言うところの『倭国』とか『卑弥呼』みたいなものだよ。これらには明らかに蔑称的な当て字がされているだろう? それと同じだよ。天使達は自分達より君達の方が下だとして、そうした蔑称を付けて呼ばせているんだ。実際、彼女らは自分達も同じ力を使うけど、それを『聖法』と呼んでいるよ」

「うわぁ、天使とか出てくるの? しかも感じ悪っ。――一つ非常識を引っ張れば、芋蔓方式に次々と非常識が出てくるなぁ」

 その常識の死をまざまざと体験した鉄郎は、溜め息と一緒に次々と常識も吐き捨てた。

「まあ、ボク達はフェアな立場で、学術的に『光を操る法』で『光法』って言ってるんだ」

 まあ、いちいちこちらの常識を説明するのは大変だから、そちらに合わせて言うけどね――と、リリヤは小さく頬笑んだ。

 その笑みを疑問に思ったが、いつの間にかゆまの頭をなでなでと撫でている自分に気付いた。自分を落ち着かせるためにか、はたまたゆまが愛おしいのか、自分でも判らなかった。

「……じゃあ、続きを」

 鉄郎が頬を掻くと、リリヤは何かを察したのか、話の続きを述べる。

「光法――魔法とは、そもそもこの世界の『集団合意』に基づくものだよ」

 それは現在、『常識』として思われていることそれ自体が集団合意による魔法と言える。

 この世界は『光』であるとはもう知っているよね?

 その『光』の中なだけであって、この世界は物理法則を保っている。

 何故か? それはこの世界を『こう言う世界だと』イメージしている集団合意による、集団イメージによって成り立っている魔法が世界をそうさせているんだよ。

 世界樹研究者の中には、原世界が在ってそれが大昔に対消滅を起こした、あるいは現在も起こし続けていて、それがこの光世界の半永久的な光エネルギーになっている。

 それ故に、そこにいた人達がイメージをし続けているが故に、光世界は今の形・常識を保ち続けている――と。光世界論の基礎だね。

 つまり、この世界の人々は、それぞれこの世界にイメージすることで常に干渉して続けているんだ。

 みんながみんな、魔法を使えるんだ。

 ただ、そのイメージ力や、それぞれの力はそれぞれがどれだけ本気でそれをイメージしきれるかということに掛かっている。

 スポーツ選手のイメージトレーニングと同じさ。

 あれも一種の魔法だよ。

 それを自己暗示による脳の作用だとかは後付でね、本来は信じていれば魔法は発動する。

 信じる者は救われるというのは、つまりそう言うことだよ。

 この世界でそういう概念が生まれたのは、昔はこの世界に科学なんてものがなく、不思議なものは不思議なものとして考え信じられていたからなんだろうね。

 そして、その当時の人口も少なかった。

 だから集団合意を取りやすかった。

 現在のこの世界全体の閉塞感は、科学で自ら世界に檻を築いてしまったことにあるんだ。

「人間は自ら檻に入る珍しい存在だからね」

「なるほど、つまり世界全体が常識を破壊すれば常識外なこともできる、と」

「そう言うことだね」

 鉄郎は自らの常識観念が次々に音を立てて壊れていく感じにぞくぞくした。

 次々にこの非常識な事実を知りたい――そうした純粋な知識欲だけに駈られた。

「魔法とは『信じる心』、か。御伽噺も馬鹿にできないなぁ」

 鉄郎は横に視線を流しつつ、膝の上で眠っているゆまを見て訊ねる疑問を見つけた。

「じゃあ、誓約者とは何だい?」

「それにはボク達妖精(ピクシー)のことを語らないとダメだね。端的に言えば、ボク達は『光生命体』なんだよ」

「あー、なるほど」

 そこで前に田辺が言っていたことと、光世界のことが結びついた。

 パズルのピースがぱちぱち嵌っていく快感は、世界というパズルの前には知識しかない。

「光生命体と言うことは光に干渉することは造作もないこと、かな?」

「そう言うことになるね」

 自然と笑みが零れ、表情筋が緩んだ笑みを形成し続ける。

 リリヤの肯定の言葉がさらに笑みを助長させる。

「そして光触媒として光世界に対しての干渉が容易であり、集団合意としての存在も多大に大きい。おそらく、ボク達一体でこの地球全人類の集団合意には軽く越えると思うよ」

 例え物理法則に反していても、この世界は 〝光〟 故に、あくまで光の中での現象になるから、物理法則に反しなくなる、と。

「だから、世界の秩序すら歪められる」

「その通り」

 鉄郎は項垂れた――自分の常識外の事実が楽し過ぎて身体の筋肉が弛緩してしまった。

 が、しかし、疑問がまた広がり、そのまま質問を続ける。

「しかし、この世界が例え 〝光〟 だとしても、その光の中で物理法則に則っているのなら、同じことなんだろう?」

「そうだね」

「そして、その真実を知った者が魔法――光法を使えるわけでもない」

「その通りだね、光法――魔法とは多数決による『承認』が発動の根源だから、他の者が信じない限り『世界の抑止力』が働いて魔法は発動しない」

 魔法を使える者は我々妖精(ピクシー)という媒介があるからこそ、魔法を使えるんだよ――とリリヤ。

「……それは良くできた世界で」

 その答えに、少し残念に感じた。

 世界のシステムは、そう甘くはないらしい。

 鉄郎は楽しすぎる事実の無秩序と、変えようのない秩序に呆れを抱いた。

 世の中の秩序が壊れた世界で、これからそれをどう保つのか――この問題が、今の人類に問われている命題だと、鉄郎は感じていた。

 だが同時に思うのは、世の中の秩序なんてものは、こんなにもいい加減に出来ているということで、それは人類の求めている美学に大きく反することだった――故の我々の世界ではないと言える、と皮肉にも自らの持論に結びついていた。

「さすがは神様が作っただけはある――無秩序で、カオス、まるで不思議の(ワンダーランド)だ」

 悪趣味な世界に導きやがって――と、小さく笑みを含んだ悪態をついた。

 鉄郎はそんな世界が溜まらなく嫌いで大好きで大嫌いだった。

 すると、ケータイが呻き声を上げていた。

 智秋だった――震えるバイブが通話ボタンとともに静かになった。

「なに?」

 鉄郎は明らかに作り笑顔を浮かべて電話に応答した。

『そっちに冬実が行った、例の締結書だ』

 智秋は相変わらずなんの挨拶もなしに、要件だけをぽんっと投げてきた。

 それに「りょーかい。受け取っておくよ」と、借りていた本が返ってくる程度の返事をした。鉄郎がそう返事をすると、智秋はケータイ越しに重々しい空気を醸し出してきた。

『……なあ、今更だが』

「ん、なんだい?」

 その空気に大体の言葉は予想できたが、鉄郎は一応聞き役に徹することにした。

『本当にこれは……正しかったのか?』

「何が?」

 予想通りで少し面倒臭さが出てきたが、それでもゆっくりと訊き返す。

『先の魔法少女事変での犠牲者を利用するような……ことを……』

 しかし、いい加減うじうじと面倒に成ってきたので、反論をすることにした。

 無駄な会話は出来るだけしたくない――時間の節約は、鉄郎のライフスタイルだった。

「バカだな~。犠牲者は最大限利用してあげないと、それこそ犬死にだ」

 人を説得する気はさらさらないが、自分の意見はしっかりと述べておかないとあとあと面倒になるだけなので、ばっさりと言っておく。

「――死を無駄にするなんてそれこそ死者への冒涜だよ、智秋?」

 その言葉に智秋は沈黙した。

 しかし、ゆっくりと静かに続く言葉を発した。


『武士道の基本とは、刀を抜かないようにすることだ』


 いきなりの言葉だったが、その内在された意味を肯定して否定しておく。

「そうだよ。刀と言う物を抑止力として使っているからね。でもね、その刀が抑止力に成るためにはそれ相応の脅威だと共通認識が成されていなかったら、意味はないんだよ。例えば核兵器が広島、長崎に落とされて世界中が震撼したようにね。今回の魔法少女騒動もその一つさ。これが後の抑止力となり、日本を守るのさ」

 まさに、刀を抜かないための最小犠牲(パフォーマンス)さ――と、鉄郎。

 その徹底した姿勢に、相手の空気が変わったのを感じた。

『……なあ、お前には心を休められる相手は他に居ないのか?』

「言っただろう、俺には二次元に沢山の嫁達がいつもいるんだからさ――リアルは必要ないよ。リアルは二次元には勝てないのさ」

 電話越しなのに作り笑顔が出来ていた。

 相手の価値観に合わせるのは面倒臭い、だから笑顔だけは絶やさないようにしている。

 笑顔は万国共通の言語だからだ。

『…………』

 あまりの投げ遣りな言葉に、智秋が完全に沈黙に徹してしまった。

 智秋の沈黙があまりにも長いから、つい、ぼそっと言葉が漏れてしまった。

「一点を除いてはね」

『……なんだ?』

 その漏れた言葉の修正に、少し内心焦った。

「さあ、自分で考えたら? じゃあねっ」

 明るい声でケータイを素早く切ってから、ぼそっと鉄郎は言った。

「……二次元がリアルに唯一劣る点は、」

 ケータイを切ると、待ち受け画面に『タマ姉』の明るい笑顔に緩やかに頬笑んだ。


「――甘えられないことだよ」


 そう呟いて、ケータイの電源を完全にオフにする。

 待ち受け画面が消え、まるで自己否定するように『タマ姉』の笑顔が消えた。

 もう、今は誰とも、何とも関わり合いを持ちたくない――そう、どこかで思っていた。

「ぅ~ん……ねちゃった……」

 ゆまが目を覚ましたのに気が付いて、ケータイをぱたんっと閉じる。

「あれ、でんわ……?」

 鉄郎の太腿を枕にしていたゆまが目をしょぼしょぼさせながらゆっくりと上体を起こした。

 それに鉄郎は若干痺れた足を誤魔化しながら、さっきとは違う頬笑みを浮かべて「うん、お友達だよ。科学関係で面白いことが解ったんだ」と、言葉を繋げた。

「ゆまちゃんの魔法について」

 鉄郎はゆまの魔法の可能性を広げることにした。

 魔法は所謂何でも有りである、ただそれを信じること=承認さえ出来ればそれで成立するという理屈がある。なら、その可能性を広げておこう、と――無感情に戦略的にそう思った。

「ゆまちゃんが変身する時って、青く光るよね?」

「う、うんっ。青く光るよ?」

 不思議そうなゆまを見ながら、鉄郎は指を一つ立てて言う。

「それってチェレンコフ放射による現象じゃないかなぁ、って思うんだよ」

「ちぇ、ちぇれんこ、ふ?」

 舌が縺れたようで言葉がくぐもり、首を傾げる。

「そう、チェレンコフ放射。簡単に言えば、電子が猛スピードで動いたときに放つ青い光の現象のことをいうんだけどね」

 その言葉にゆまは鉄郎の瞳を覗き込むように真剣な眼差しを向けた。

 それに鉄郎は続きを応える。

「つまり、ゆまちゃんは青い光を放っていると言うことは逆説的に言ってこの現象を引き起こしている可能性が高いんだ。だから、ゆまちゃんは電子を自由自在に操っていると言える――と言うことは、この世界でゆまちゃんが操れない物質(もの)はない、つまり、暴論だけどどんなものでもゆまちゃんは作り上げることができると言うことだよ。ゆまちゃんが想像できるものなら、どんな現象でもね」

 例え違っていたとしても、魔法なんてものは所詮想像上のもの――なら、こうした科学的根拠の 〝でっち上げ(フレームアップ)〟 であってもゆまの力はさらに底上げされる可能性がある。

 半分本当で半分でっち上げ。魔法なんてものはそれでなんとか罷り通る。

「なるほど、青い光には無限の可能性がある、と」

 リリヤのどこか納得顔に「その通り」と、返しておく。

「ゆまちゃんにはまだまだ隠れた力があると思うんだよ」

 その言葉に、目を輝かせるゆまに鉄郎は優しい微笑みを浮かべた。

 ゆまがその未来が開ける言葉にうきうきが溢れてきたのか、よろりと立ち上がって、

「あたし、がんばるよっ!」

 と、両手で力一杯ガッツポーズをしていた。

 そんなゆまの純真さに、何かがちくり、と痛んだ気がしたが鉄郎はそんなゆまに「うん、期待してるよ」と、柔らかい絹のような髪の毛に包まれた小さな頭をぐりぐりと撫でて、誤魔化しておく。鉄郎に撫でられて小さく嬉しそうに、左頬に走った大きな傷を歪め、頬を赤らめるゆまに、リリヤも小さく笑みを作っているのが見えた。




 ピーンポーン、




 そんな模造品の穏やかな風景に割って入ったのは、一つの呼び出し音だった。

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