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「でも、倫理が――とか言うつもりでしょ」
☆都内某マンション 五〇六号室 池田宅
情事が終わり、果てて気を失った冬実は夢をみた。
それは他愛もない中学時代の夢だった。
あの頃はいつも三人一緒で、よく色んなことをして遊んだ。
一緒に登校して昨日見たテレビのことを話したり、授業中に書いた教師の似顔絵で笑ったり、休憩時間に他愛もない話をしたり、お昼ご飯を一緒に食べてちょっと今の政治の不甲斐なさを笑ったり怒ったり、授業中に寝てしまって教師に当てられたら違うページを教えられて恥かいたり、と思ったら教科書自体を間違えていただけだったり、下校のときに買い食いして歩いたり、ゲームセンターのクレーンゲームで可愛いぬいぐるみを取って貰ったり、プリクラで三人で映るとき、近付くのが照れくさいのか離れている二人の両腕を抱き締めて三人の距離を限りなく近くして映ったり――そのプリクラには笑顔の自分に、驚いた顔の二人が映っていた。
そして、冬実はいつしかその二人の内、一人と恋に落ちた。
彼はとても優しくて、今時珍しいとても真っ直ぐなでも少し妹に甘い、そんな男の子だった。彼は言った。この国を正したいのだと、この誇らしい国を守りたいのだと。冬実もその考えに同調した。そして、彼は自衛官に成った。
ぼんやりとした頭で目を覚ます。
頭の半分は未だ夢心地だった。だから、夢の続きの思考が脳内で展開されていく。
彼が自衛官に成った。最初は安心だった。たとえ本物の銃器を使った訓練をしていても、国際社会の中では救援活動を安全地帯でしか行わないまがい物の軍隊なのだと。だから、彼が死地に赴くことはないと、高を括っていた。
しかし、現実はそんなに甘くはなかった。今、起きている日本国内でのテロ。そのテロリストが実は少女だと言う話。そしてその少女は摩訶不思議な能力を使って、その刃を世界に向けてしまっていること。その結果、摩訶不思議な能力が怖がられ、何かの質の悪い宗教のように世界中で日本人少女の迫害が始まったこと。まるで先の大戦下の有様のよう。その内、日本人少女収容所が出来るのも時間の問題だった。
そして今、自衛隊の本部指揮を彼が取っている。一介の一等陸尉がどうして全体指揮を取らざるを得ないのかというと、それは防衛省の背広組に事態の説明をし、それを背広組が大臣に伝えるという二度手間と、有事故に直接政治家達を説得しに上層部が走り回っているが為に、現場はその権力図の上から順に下ってきて、遂には彼の場所にまで来てしまったのだ。
これだけの戦時下にありながら、為政者達は未だにこの有事の自体を理解せず、安穏と構えている。それを自衛隊の上層部達が説明して回っているのだ。そうした光景を冬実は連日のように見ていた。そして、現場は疎かになる。戦場に立たない者の宿命なのか、はたまた平和呆けのツケが回ってきたのか、日本の為政者達の頭では未だに日本は平和に映るようだ。これだから『戦争を知らない大人たち』は――。
そんな実質的な自衛隊の総指揮を勤めている彼の身を案じて、冬実は気が気ではなかった。自衛隊という日本の軍のトップなのだ、いつその身に死の危機が迫っていてもおかしくはない。そんな今の日本は、非常事態な日常に慣れてしまったそんな日々。その静かに歩み寄ってくる危機に、冬実は寒気を感じていた。
現実と夢が合致して、冬実の頭は完全に覚めていた。
だから冬実は無駄だと分かっていながらも、隣の部屋で部下に次々に指示を出して、全て指示を終えたのかこちらの部屋に戻ってきた彼に、こう切り出した。
「ねえ、誰かに代わってもらえないの? 本来もっと上の人がやるべきことじゃない」
そんな心配からの口出しに、智秋はとても厭そうに顔を歪めた。
まるで、何か、煩わしいものでも見るような――そんな冷たい目だった。
「……出来るわけないだろう。それに今は非常時だ。それぞれがそれぞれ出来る精一杯をしてこの国を守ることが大事だ。個人の心配は平和なときにするものだ」
と、ばっさりと吐き捨てるように智秋は言った。
その閉じられた冷たい言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
「分かってる……分かってるわ……」
冬実はそれ以上言葉が見つからなくなって、枕に頭を埋めた。
枕に埋めた状態で息を吸うと、いつもの智秋の鼻を擽る甘い匂いがした。
でも、今日は何だか冷たく感じた…………。
智秋は恋人の言葉に冷たい軽蔑にも似た怒りを感じたが、すぐにそれは心配から発せられた言葉だったんだと思い至った。冬実は昔から心配性なところがあり、そのことが時折鬱陶しくなるときがあるが、その心配に何度も心を救われてきた。
だから、この場合自分の方がもっと彼女に優しい言葉を掛けてあげるべきだったのだと、深く反省した。そして、何か言葉を掛けようとしたとき――携帯電話が鳴り響き、次の指示を仰いできた。
仕方なく意識をそちらに集中することにする。部屋を出る前に、小さく「すまない」と言葉に出したのも、彼女に対する智秋なりの誠意だった。
寝室を出て、携帯電話で指示を次から次に出して、三十分後、ようやく終わって、頭を冷やすためにリビングの大窓を開いてベランダに出た。
五階建てのなんの変哲もない普通のアパートの一室。そんな東京の片隅から見える大都市の風景は、こんな有事の自体下でも明るかった。
智秋はこの灯りを決して消してはならない、と再び深く胸に誓った。
「ああ、そうだ。私が……この国を守ってみせる」
そう虚空を一点に見つめて呟き、決意を新たにしたとき、携帯電話がバイブ音を唸らせる。
手にとって確認すると、それは本郷鉄郎からの電話だった。




