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「わたし、欲しいものは絶対諦めないタイプなんだ」
☆外務省庁舎 時空局時空第二課
「あれ、本物の吸血鬼?」
魔法少女の一つだと思ってたよ――と、鉄郎はうまい棒のコーンポタージュ味を囓った。
「夜行月女、もちろん偽名だ」という奇怪な挨拶に対しての突っ込みは一切入れず、「吸血鬼だ」という言葉に反応して、うまい棒を咥えたまま不思議なものを見て喜ぶ子供のように覗き込んで、無邪気に笑みを浮かべる鉄郎は感慨深そうに感心を漏らす。
「へー、吸血鬼なんてものが本当に居たんだ、へー」
そんな何の動揺もない鉄郎はうまい棒を咥えながらむしゃむしゃと棒を短くしていく。
その緊張感のない鉄郎の反応に月女は呆れ顔で言った。
「驚かないのね」
「魔法少女が実在する世界だよ? 今更、吸血鬼が出てきたぐらいじゃあ驚かないさ」
それに、吸血鬼の方が歴史古いし――と、鉄郎は食べ終わり口をウェットティッシュで拭きながら補足する。
「……なるほど」
月女はこの国に来てから蜜に話す相手がこうも自分が吸血鬼であることに対して、なんの感慨も浮かべてくれないのに少し不満に思いつつ、今時の世代はこんなものかとも思った。
不思議なものが不思議なものではなくなっている。
不思議なものは不思議なものとして理解する――そういう世代なのかも知れない。
昔は吸血鬼だなんて分かったら、自らのコミュニティーからの排除が目的で、よく十字架や銀の弾丸や白木の杭を用意されたものだけど――まあ、全部迷信だけれども。
鉄郎はまたうまい棒を大人買いをしたのであろう同じ味の一袋三十本入りの袋からがさがさと取り出して、「一度ハマると、同じ味ばかり食べちゃうよねぇー」とか言いながら、またコーンポタージュ味のうまい棒を咥えて、さくっ、とさせていた。
囓ったうまい棒をこちらに向けて、それから蕾に向けて上下に振って言葉を繋げる。
「しっかし、あの『カマイタチ事件』が馴れ初めとはね~」
鉄郎が意味深な笑みを浮かべて付け加えた。
「世の中どう動くか読めないね――風見蕾くん」
その笑みに蕾は無言で目線を逸らした。
蕾のその対応に肩を竦めてうまい棒を囓ってから鉄郎は、月女に話を戻した。
「それにしても、やっぱり吸血鬼って太陽光がダメみたいだねぇ。空港でもフード、深く被ってたし。でも、建物の中とか服の影程度でちゃんと防げるの? そこらへんどうなの?」
と、鉄郎は吸血鬼の昼の生態の事を疑問に思っているようだ。
まぁ、そう思うのは当然だろうねっと月女は青息を一つして応える。
「設定としては、そうみたいね」
「設定?」
うまい棒を食べ終えて、首を傾げる鉄郎。
食べ終えた袋をゴミ箱に捨てて、またウェットティッシュで忠実に口を拭いていた。
「そう、設定。『吸血鬼』って言う存在はそう定義されている」
「ふぅ~ん、だとしても随分と近代的な吸血鬼観で定義されているんだね。吸血鬼が太陽光がダメ、なんてさ。それって確かドイツ映画の『吸血鬼ノスフェラトゥ』からだろう? 君ってさ、ついこの間の生まれなの?」
鉄郎の疑問に、月女は「いいえ」と小さく首を振って端的に答えた。
「これでも千年以上は生きているわ。それはある一人の男が、太陽を怖れたからよ」
「太陽を、怖れた?」
「そう、その男はわたしのような吸血鬼の起源――吸血鬼とはその一人の男のただの『妄想』の産物よ」
月女の言葉に、鉄郎は淡々とした表情で「妄想、ねぇ」と呟いてから、またがさがさとうまい棒のお買い得パックを漁る。
なんて緊張感のない男だと、呆れる月女に鉄郎の言葉が続いた。
「まあ、確かに君達の存在は東欧の民間伝承から現在のフィクションを含めて妄想そのものだけどね。普通に常識的に考えて、それらが実在するなんて誰も思っちゃいない」
もし、それでも現実に居たというのならそれは幻覚だ――と、そう言いながら、もう一本取り出して指し棒のようにくるくると円を描きながらこちらに向けていう。
「でも、現に実在する――実在するものを妄想や幻覚とするのはいささか筋が通らないね」
鉄郎は取り出したうまい棒の袋を開けて、「それに、」と一口齧り付いてから言葉を続ける。
「そもそも『起源』って事は、生物として自然に発生したものではないみたいだしね」
そこらへんを説明してくれると有り難いんだけど――と、うまい棒を咥えてにこりとされる。月女はその抜けに抜けた顔に、やれやれと肩を竦めて手早く説明する。
「そう、吸血鬼という存在は自然発生の生物でも、人工的な人工生命体でもない」
全ては一人の男の妄想だった。
その男はドラッグ中毒者だった。
その男が見ていた幻覚の世界、幻影の世界、幻想の世界。
その男の妄想が生み出したキャラクターが『吸血鬼』だった。
そして、その男の元に、一体の妖精が現れた――――。
「妖精?」
うまい棒を咥えて、残りの棒を飲み込んで鉄郎が疑問を述べる。
「ああ、厳密にはどうかは知らないけど、我々や人間達はそう区分する」
その月女の言葉に意味深な笑みを浮かべて、
「我々、ねえ」
と、口を拭いて新たにもう一本手にしようとがさがさと動いていた手を止めた。
そして椅子にどかっと深く座り込み、一回転して月女の方に指を指した。
「それって、『吸血鬼』としての区分かな? それともそれ以前の区分なのかなぁ?」
月女はさっき我々と人間達と言った。
吸血鬼が妄想の産物であると言うのなら、そこに区分は無いはずである。
しかし、月女は分けた。
それに鉄郎が引っ掛かりを覚え、月女はしまったという顔をした。
「妖精の存在は僕達も認知している。君がわざわざこの場でそんな荒唐無稽な幻想キャラクターをピックアップしたと言うことは、君は既に魔法少女の存在が妖精の存在の仕業だと見ているわけだよね? つまり、過去にも似たような体験がある――それがそもそもの吸血鬼の起源。吸血鬼の起源はドラッグ中毒者の妄想を妖精が魔法の力によって具現化させた、というわけだ」
さらりと核心を突いてきた鉄郎に、月女が苦い顔をする。
「オルロック伯爵以前に吸血鬼が太陽光を嫌う切っ掛けは、ドラッグ中毒による瞳孔の慢性的な開きにより太陽をまともに見られなくなったこと、瞳孔が開いたまま太陽を見るとその強烈な太陽光によりまるで脳が焼かれるような錯覚に陥る。それが太陽光に焼かれるというイメージへと昇華していき、吸血鬼=太陽光が弱点となった」
その限られた情報内で的確な事実を見抜く鉄郎に月女は冷や汗を浮かべる。
月女は鉄郎を嘗めていた。あまりにだらだらした態度に惑わされて相手の鋭さを見誤っていたのだ。相手に油断させるのはもっとも古典的な兵法だと言うのに。
「さて、ではここで問題なのは二つ」
そんな月女の焦りを分かってか、畳みかけるように指を二本立てた。
「一つはどうしてその魔法によって歪められた現実が今もなお継続されているのかという疑問。そしてもう一つが――君の、いや君達のもともとの存在は何なのかという疑問だ」
そこのところをそっちの当事者である妖精から訊くとしようかな――と、鉄郎が隣の部屋に呼び掛けると、そこから一人の少女と一体の妖精が現れた。
少女は非現実的な美しい桜色の長い巻き髪に爛とした桜色の瞳をしていた。
少女の存在だけでも月女にとって不可思議なものなのに、そこに怨敵の妖精まで居たのだった。月女の感情が揺れ動くのが手に取るように現れてしまう。
「なっがなが、待機させおってぇ――ただじゃおかんぞ人間の小僧ぉ!」
妖精が頭をぶんぶんと振って、両手をわきわきとさせて怒っていた。
それに、桜色の美少女が呆れて諫める。
「エミリア、下品よ。どうしてあなたはもっと上品に振る舞えないのかしら?」
「育ちが悪いんじゃないのぉ?」
先程より口調がさらにフランクに砕けた鉄郎に、エミリアと呼ばれた妖精が蹴りを入れる。
が、避けられて不満そうに机の上に転がっていた消しゴムを蹴飛ばしていた。
蹴飛ばされた消しゴムが部屋の端に転がっていった。
「で、どーなの? エミリアちゃん?」
「ああ? あー、さっきの話かよ。それならおそらく〈破壊派〉の仕業だろぉーな」
「〈破壊派〉、ねえ」
「〈破壊派〉の理念は単純明快。この光世界の『秩序』を破壊することなんだよ。破壊することで神様が作り上げた真理とやらを見出したいんだそうだぁ。んで、ついでにおめーの質問の答えになるのは癪だが、有り余る優しさで答えてやると、壊された秩序はそのまま継続されるんじゃ、ぼけかす」
「壊された秩序と言うのはこの世界の物理法則とかいう常識だよね?」
「そーそ。誓約者がジャンキーのようなおかしな思考回路なら、魔法の基本起動である『信じることによる具現化』が、そっくりそのまま世界に適応される」
今回のように『吸血鬼』は伝染性があり、元祖が滅んでも跡が残る。
それが魔法の永続性であり、そもそもこの世界自体が光なのだから狭義の物理法則には反するかも知れないが、広義の物理法則には何ら反しない。
「つまり、そんなヤローと誓約すれば世界の秩序が乱れるってわけさ」
ま、あくまで枝の一つの話だけどな――世界はあんたらが思っているよりも遥かにいい加減なのさ――と、小さな身体で威張りながら肩を壮大に竦めるエミリア。
「普通の妖精はそれをしない――なぜなら、そうでないと自分達の望みが叶えられないから、だね?」
「その通り。でも、主流派の〈秩序派〉や〈変革派〉と違って〈破壊派〉は世の中の秩序を破壊するっていうのが行動理念だから、あいつらは誓約した段階で目的は果たされてるのさ――だから、防ぎようがない」
ま、もっともそれは妖精の中では禁忌みたいな位置づけだから、それをやる奴は相当イカれてる妖精ってことだな――とエミリアは忌々しそうに続けた。
「そうしたイカレポンチ野郎じゃねーか、どぉーなのかを見分けるのも、妖精の質が問われる大事なものって奴なのさ」
「あー、なるほど。確かに君の選んだ相手は上々だね。妖精としての質は高いのだろうね、君は。しかし、それ故に君自身の人格は疎かになってしまうのは、仕方がないのかな?」
にやりと笑った鉄郎にムカついたのか、エミリアは近くにあった万年筆を槍投げの要領で投擲した――が、簡単に受け止められていた。
「はい、一つ目の謎はこれで解決っ」
受け止めた万年筆をくるりと一回転させて、そのペン先を月女の方に向け、再び月女の方を見やる鉄郎――その瞳には月女を追い込む光を宿していた。
「さて、二つ目の謎を訊かせて貰おうか。月女ちゃん?」




