決裂の火種
ここは、真那備王国の首都、弁京にある弁京城の一室でガクモン王が病に伏せて眠っている場所である。
ガクモン王は大きなベッドの上で、静かな呼吸をゆっくりと繰り返している。りっぱでとても長い白い髪や髭は今の彼にとっては苦しさから邪魔なようである。
ガクモン王の他には、重臣のドウトクが、後頭部と側頭部の黒髪はしっかり生えているが前頭葉は禿げ上がった頭を抱えながら苦悶の表情を浮かべていた。ガクモンの様子を伺いながら彼はつぶやく。
「ああ、ガクモン王・・・お迎えの時が近づいてしまわれる。本当にこのままでいいのだろうか?・・・・」
ドウトクは、さらに苦渋に満ちた顔になっている。
一方、王宮の中心部の応接室では、二人の王子と四人の幹部将軍たちが重苦しい雰囲気の中で座席に座していた。応接室の座席は、それぞれ東西三人づつに分かれ、東側にリケイ王子、スウガク将軍、リカ将軍、西側には、ブンケイ王子、コクゴ将軍、シャカイ将軍がお互いにらみ合うような形で座っている。
リケイとブンケイは双子であり、まさに鏡写しのように線対称に座っているため、知らないものが見ればどちらがどちらの王子であるか見当がつかないほどの瓜二つである。顔立ちも、髪型、うすく白髪がまじいった黒髪までほとんどかわらない。違うところといえば、双子兄のリケイ王子は、やや威厳がただよう雰囲気があり、双子弟のブンケイ王子は、やや温和な感じが漂う雰囲気がある。
いらだちを隠せないリケイは、我慢できずに切り出す。
「父上の容体は、どうなのだ!リカそちはみておらんのか?」
話を向けられたリカ将軍は医師の立場でもあり、科学者でもあるその風貌は、やせた顔に派手な服装にサングラス、髪を束ねた一風変わった科学者気質の男である。リカは答えた。サングラスがきらりと光る。
「今回ばかりは死期を悟られたか、わたくし目を部屋にいれてくださらんぞよ。」
続いて、兄弟の応酬が始まる。
「兄上、私たちすらお会いして頂けないのにどうして将軍がお会いできますか?」
「ふん、そんなことは百も承知だ!俺はただ心配なだけだ。」
「ふふ、心配なのは家督が告げるかが心配なのでしょう。」
「なにっ!家督は長兄の俺に決まっ・・決まっているだろう。何をいまさらそんなことを言うのだ。」
ここで、静かにじっと座っていた、威厳ただよう百戦錬磨のコクゴ将軍が口をはさむ。
「おそれながらリケイ様、世継ぎに関してはガクモン王は、今まで何もおっしゃっておりませぬ。ブンケイ様にも王位継承権は充分にありまする。」
「何を申すか?コクゴ。この俺が王になるのは不服なのか?」
「ありていに申すならそのとおりでございます。はっきり申してリケイ様の過去の所業にはいささか難があり過ぎまする。」
「なにを馬鹿な事を、この国を外敵から守る為、技術革新して富国強兵できたのは全て俺様のおかげだろうが。」
「たしかに、リケイ様の数々の発明により国は豊かになり、外敵から守り通せる国力を身につけましたが、その分、多くの犠牲が生まれ敵国を増やしたことも事実。・・これからは、ブンケイ様のような人徳のあるお方が、この国を治め世界の和平に努めるのがふさわしいでござる。のうシャカイ。」
話をふられた、唯一の女性将軍、その美貌からは、凛と放たれた鋭い目線をリケイ側にむけつつ静かに頷く。
さらに、ブンケイが続ける。
「人民の大半は兄上が王に就くことにより他国を攻めあがり新たな敵を作ることを、恐れています。私が王になれば民も外国も、安心するでしょう。ここは、穏便に・・」
「黙れ!この国は、誰のおかげで平和だと思っておるのだ。わが国は、スウガク軍を筆頭とする軍事力とリカ研究所から生み出された発明によって救われてきたのだ。」
リケイ側にも、するどい視線を送る、寡黙な戦士がいる。この時、静かに頷いたのがスウガウ将軍だった。
静かなる威圧がブンケイ側に漂う。リカも追随する。
「わしも、研究費が減らされるのは心配ですのう。アイデアはいつも戦争から生み出される。常に戦いのなかに身をおかなければ我々は滅んでしまうぞよ。」
シャカイは反論する。
「いや、そうとはいいきれん、戦いは常に、悲しみや憎悪を生みいつかは滅びに繋がることになるやもしれん。」
ここで、すざましいオーラを放つスウガク将軍が発言をする。
「たしかに平和は望ましいが、戦いを忘れ平和ボケしている間に国力が衰え思いもよらぬ敵に支配される危険もある、常に闘いの準備が出来る国づくりが必要ではないか?」
「よくぞ、申した。スウガク将軍・リカ将軍」リケイは勝ち誇った表情を示す。
しかし、ここで知将コクゴの秘策が飛び出す。
「ここでは賛同が半々のようでうな。これでは、埒があきませぬな。あとは、同盟国のガイゴ国に意見を聞きましょう。」
これには、驚きの表情を隠せないリケイ。
「ガイゴ国だと!」
これに、ブンケイも賛同する。
「それはいい、そうしましょう兄上。」
リケイがうろたえる。
「だっ騙されるぬぞ!ガイゴ国といえば、コクゴ貴様の兄が建国した国ではないか!」
「何をおっしゃいます。このような一大事をいつもお世話になっているガイゴ国を無視できるとお思いですか!」今度は、ブンケイが勝ち誇った表情を示す。
「ぐぬぬぬぬぬ。ブンケイよ、俺様を怒らせたらどうなるか、わかっているだろうな。」
もはや、一触即発は避けられぬ状況であったがそれは、突然現れたドウトクの知らせで遮られた。
「もっ申し上げます!ガクモン王が亡くなられました。・・・」
「なにい!」顔面蒼白のリケイ
「あああ、ちちうえ」悲しみに打ち震えるブンケイ
「おおお、なんということか・・・。」とうとう来るべき時がきてしまったと悟ったコクゴ
「・・・・・・・・・」無言のスウガク
話し合いは中断し真那備王国は喪中の準備が始まることとなった。
別室にてスウガク将軍、リカ将軍と少し離れてシャカイ将軍が残っていた。
リカが語りかける。
「なにやら雲行きが怪しくなってきそうですな。スウガク殿。」
もはや、内戦は避けられぬと悟っているスウガク。
「可能性は高い。どうなろうとも全力をつくすのみだがな。」
「さて、研究でもしてきますかのう。ヒョッヒョッヒョッ。」
姿勢の悪い背中を見せながら小躍りして立ち去るリカその表情はこれから楽しみが始まるようにウキウキしていた。
スウガクも立ち去ろうとする中、シャカイ将軍が呼びとめる。
「スウガク殿、次に会うのは戦場かもしれぬな。」
「それまで、腕を磨いておくことにしよう。」スウガク将軍に覚悟の表情で部屋を去って行った。
シャカイ将軍に沈黙のあと一抹の思いが起きる。
「・・・」(私は、あの男にはたして勝てるのだろうか・・・。)
こうして、弁京城内でのいざこざが真那備王国全体の内戦の火ぶたが始まろうとしていた。