常世より首切り姫へ
「男も女も、皆首を落としてしまえばいいの。そうすれば、無礼を働く事もよからぬ事を考えるような事もないでしょう?」
煌びやかで精巧なビスクドールのように整ったその顔立ちからは考えられもせぬような恐ろしい事を、その女は放った。しんと静まりかえったその場にやけに響くその声はまだ幼さを孕んでいる。そんな彼女を前に震え、慈悲を、お許しを、と縋るようにして願っていたメイドはその言葉を聞いて紙のように白くなった顔を更に白くさせ唇を戦慄かせた。
「わたくし、無能な従者は要りませんの。だけど貴方の顔、嫌いではなくてよ?その翡翠色の目、光を映したらとても綺麗でしょうね。それにその赤毛もいいわ。少し傷んでいるようだけれど、毎日ブラッシングしたらきっと大丈夫だと思うの。」
メイドの傍らには首切りのための従者。手には大きな大きな斧と鎌を持っている。首切りを好む少女が職人に作らせた首切り専用の斧に大鎌だ。
「大丈夫、痛いのも辛いのも一瞬で終わるわ。――――だから貴方の首、わたくしに頂戴な。」
大きく開かれたメイドの翡翠の目から大粒の涙がこぼれ落ちた刹那、走る一線の煌めきのあと、ごとんと鈍い音がすれば美しい少女は妖艶に微笑む。
「ああ、やはりこうでなくては。さぁ、その子もわたくしのお気に入りの棚へ運んで頂戴。きちんと腐らないように加工をしたらその子に合う紅をさすの。そうしたら蝋を塗って、綺麗にしてあげるのを忘れずにね?」
まるで人形遊びと同義のように楽しげに声を弾ませる様子を見聞きしても、鎌を奮ったその従者は顔色一つ変えず、それどころかにっこりと笑みを浮かべ彼女に応える。
「承知しております、お嬢様。では早速行って参りますので、暫しお待ちを。」
そういい置いて従者は部屋を出て行く。そして一人残された少女は満足気であったその表情を僅かに曇らせたかと思えば呟くのだ。
「ああ、あの子も首だけになったのなら愛おしいのに。何故、あれは首を落とそうとしても落ちないのかしら?」
銀の髪、赤い瞳に精悍な顔だちと人ならざる証拠とも言わんばかりのその尖った耳、笑うと僅かに覗く鋭い牙。手に入れたいと願い、自ら手をかけようとしたが首を落とそうとしてもいつも失敗してしまうのだ。切り落としたはずの首は煙となり、頭を失い倒れるはずのその体は何事もなかったかのように首を生やし、厭味ったらしく何時ものような笑みを浮かべる。
「お父様もお母様も、もういないし、あれだけなのはわかっているけれど……。ああ、何故手に入らないのかしら。あれ一つあればもう他はなくてもいいのに。」
また一つ、悩ましげな溜め息をつきながらも彼女は薄ら桃色がかった金髪を靡かせ、己の従者が戻るまでの暇を潰しに血なまぐさい香りが未だ漂うその部屋を後にするのであった。
天涯孤独な少女の元につく悪魔。悪魔にも悪魔なりの思いがあり、少女は少女なりの思いがありますが、なかなか二人ののらりくらりとしたダークなやりとりが書けぬもので