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異世界

 感電死。

 俺の死因は多分それだ。

 古く剥き出しになったコードに絡まり、落雷による感電死。わりとぽっくりと逝ける死に方らしいが、まさかあの年で死ぬことになるとは思ってもいなかった。


 仕事に不満もないし、趣味のゲームにさける時間があり、ゲームそのもので俺の人生は大半充実していた。


 しかし人間死ぬときは死ぬもんだ。現環境で最高のカチ勢を作り出せただけでも満足しよう。


 ……さて、俺にはもう一つ思ってもいなかったことがある。それは死後だ。


「……なんだこれは」


 まず感じたのは風だ。

 肌を撫でる感覚、なびく長髪。


 次に、目に広がるは見渡す限りの木々溢れる自然。

 小さな森か山だろうか。

 小鳥のさえずりが聞こえ、木々の葉が揺れる音が心地よく耳に入る。


 俺は輪廻転生論を信じていた。生き物は死んだらまた別か同じの生き物に記憶を一切失って生まれ変わる。

 だから天国や地獄、死後の世界など存在しないと思っていた。


 だが、現に俺は存在している。

 死ぬ前とは少し下がった視界、肌に感じる感覚、鎧の微かな重さ。そして下半身がスースーする。


 そうだ、天国とか地獄とか、死後とかの前にまず俺自身がおかしい!


 なびくほど髪も伸ばしていないし死んだ時は部屋着、鎧なんか間違っても着ていない!


「本当になんなんだこれは……」


 極めつけは声である。自分で発声してもわかるほど、女性の凛とした美声であった。俺に声真似とかそんな特技はない。


 まさか、死んだと思ったショックで寝込み、夢でも見ているのではないだろうか。

 そう思って、俺は駆けた。


 ……夢ではなかった。夢特有の、地面を踏みしめ、全力で走れない感覚がない。それどころか身体が軽く、死ぬ以前の走る速さの二倍ほどの速さで走れている。


 走り終えた頃、そこには小さな水たまりがあった。疲れているだろうと勝手に思い、人間の癖で膝に手を置き呼吸するが全く息切れも感じていない。


 何もかもが不思議でわけがわからなかった。が、その体勢により、自然と目線が下へと向いた時に気づいた。


 水たまりに映っていたのは、ガリガリな眼鏡をかけた二十代半ばの男性ではなく、美しい銀髪紅眼の美少女だということ。


 そして、これはいわゆる転生だということに。




 〜〜〜




 俺は近くにあった小岩に腰掛け、状況整理を行っていた。といっても、途中から諦めて、わからないことは全てそのまま受け入れることにしたが。


 まず俺の身体は、前世でやっていたゲーム、ploのアバターであるルキアになっていること。


 容姿や身長などはそのままではあるが、装備は見栄え用の装備になっている。

 何故か武器として装備していた大盾が消え、装飾品であった岩石竜のお守りなんてものは最初からなかったかのように存在していない。


 あるのは、見栄え用の白銀を基調とした脇出し頭丸出し太もも丸出しの鎧と、頭にはカチューシャ型で鎧と同じく白銀に輝く女神のサークレット。

 完全アバター用である篭手と脚鎧。

 後は、同じく完全アバター用であった装飾剣の鞘が腰にぶら下がっていた場所に、代わりに聖守護騎士の剣盾の、足から腰にかけてくらいの大きさの剣が鞘に収まっているだけだ。


 こんな格好、慣れていないはずなのに、身体的にしっくりときているのが不思議で仕方ない。


 そして、まさかゲーム内に転生したのでは? と思いステータスを開こうとしたりスキルを試そうとしたりしてみたのだが、ステータスなんて開けず、あいにく俺のとっていたスキルは防御系統しかないので、一人では確かめようがない。


 元々がコントローラーでやっていたゲームだ、自分の身体での操作の仕方なんてものは知るはずもない。


 しかし。


「『シールド』」


 歌手としても大いに活躍している声優の美声で唱えた魔法。このボイスを買うのにもリアルマネーをいくら注ぎ込んだか……というのは今は関係ない。瞬間、ゲームのエフェクトと同じような光の粒子が身体を包み、やがて霧散する。

 そう、魔法は使えたのだ。


 同時に身体の中でふっと何かが減る感覚に気づく。

 おそらくMPを消費したのだろう。そして、自分の中にあるMPと消費したMPが感覚的に分かることも知れた。


 そうして試行錯誤をしている内に、空腹感を感じた。ゲームには空腹度なんていうシステムは設定されていない。

 これでまさしく、俺はルキアとして生まれ変わり、生きているということが証明されたのであった。


 後の問題は、この世界がどういった世界なのかだが。

 見たことのない草木などが生い茂っていたので、間違いなく元いた世界とは別世界であろう。


 ならばゲームの世界か、などもまだ確かめようがない。

 今はただ、人が他にもいるのか。食べられるものがあるのかが最優先であると俺は判断した。


「……それにしても」


 走っている時の気持ち良さ。あれは素晴らしいものであった。年とデスクワーク、元々の身体の弱さとガリガリの身体のせいで、階段を上るだけで息切れをしていた前世とは違う。


 この身体は鎧を着ているが、鎧といってもデザイン全振りの防御面なんか考えていないような構造で、あまり重さは感じず身体も動かしやすい。


「……はぁっ!」


 俺は立ち上がり、おもむろに剣を抜き、払った。


 重さを全く感じない、長年愛用し、手に馴染む感覚。

 流れるような剣さばき。

 再び、静かに俺は剣を腰にかけた鞘へと戻す。


「いい……いいな」


 拳をぐっと握り締め、震える。

 今の俺の姿は、あのルキアだ。他から見たら、先ほどの姿は映えたことだろう。

 鏡がないのが残念で仕方ない。


 ……と、ただ単に今の己の姿を楽しむだけの動作であったが、余韻に浸って少し経った後にようやく気付く。


 重みが全く感じられないのだ。


 ゲームでは、一振りするのにも一秒ほどかかる剣が、軽々しく触れる。中型の剣で、元々ゲーム内でも片手で振るってはいたが、現実でも片手で、ゲームよりも速く扱えるとは。


 今度は別のことを確かめるべく、もう一度鞘から剣を抜いた。

 銀色の鉱石が散りばめられた柄、シンプルな刀身。

 地面を払うと、生えていた草は風圧などで避けることもなく綺麗に剣が触れたところから斬れた。


 次に腰掛けていた岩に剣を平面にして叩いてみるが、耐久性も問題なさそうである。


 何の素材でできているのかは知らないが、武器としては扱えるのかもしれない。


 同じく何の素材でできているかわからない鎧と、アバター用の脚鎧、篭手も触れればそこそこ硬かった。

 ……確かめ方がアバウトすぎるが、仕方ない。


 防御面が機能しているかわからない今、武器として扱えるものが手元にあるというだけでも安心感は段違いだろう。


 さて、ここからどうするかだが……。


「た、助けてくれー!」


 ちょうどこれからのことを思考に馳せようとしたその時、遠くからの悲鳴が耳に届く。

 それは間違いなく男性の声で、日本語であった。


「っ、人がいるのはクリアだ! とりあえず状況を見に行こう!」


 助けを呼んでいるとは、それ相応の状況に陥っているのだろう。前世でも、倒れている人を見れば救急車を呼ぶくらいはするが、火が上がっている家に突っ込んで中にいる子どもを助けるまではしない。


 なのでまずは見てから、助けられるようであれば助ける。そして日本語だ、会話ができるならこの世界のことを知りたい。


 そんな思惑を胸に、俺は声の方へと駆けるのであった。

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