#5 思い出の行き先
佐藤佳菜子。
俺にとってこの名前は思い出したくもない名前だ。
過去にこの女性に悲しい思いをさせてしまった。このことが俺の心にまるで鋭い針となって突き刺さっていた。そして、今、目の前にいる橘梓からの突然の告白。なぜ彼女が俺の過去を知ってるのか?その時はまるで理解できなかった。
***
「ど、どうしてあなたは俺の過去を知ってるのですか?」
焦る気持ちを必死で押さえながら俺は彼女に聞いてみた。知りたい。知りたい。そんな思いが心にしがみついてくる。
「ふふ……。だって私、彼女とは遠い親戚なの。前に聞いたんだよ?過去に酷い男がいたってことを」
「佳菜子さんとは親戚だったんですか。いや……。その件は実は大きな誤解でして……。まずは俺の話を聞いてください!」
それから約15分ほど俺は過去に起きた出来事のことを話した。
「ふ~ん。中に入ってた手紙の存在に気づかなかったかぁ……。たしかにそれは不幸な出来事だったかも。小さい頃ってそういうことあるよね。私も小学生の頃、些細なことで傷ついたこといっぱいあるもん」
橘さんは意外にも俺の言い分を理解してくれた。その事は俺にとっても嬉しい出来事であった。
「人間関係って難しいですよね……。お互いの心のボタンの掛け違いってことも多々ありますし……」
「そうよね。その気持ち私も分かるかも。ずっと前向きに生きていくのって難しいよね。でもね、困難から逃げちゃダメだよ?そうしてると私みたいになるよ?」
「私みたいって橘さんそれどういうことなんです?」
「あ……。いやこっちの話。ははは……。まぁ、とりあえずあなたが見た私の写真のことは秘密にしといてね?わかった?」
「わかりました!誰にも言いません!」
俺はその時、心の中で橘さんと交わした約束は守りますと強く誓った。
「よし!頼むわよ。あなたのこと信じてるから。それじゃあまたね!」
そう言って橘さんは帰っていった。公園に一人残される俺。それにしても思い出ってなんだろう。そんなことをベンチに座りながら考える。例えば今、ここにいることも10年後には思い出になる。歳なんて取りたくない。でもそんなことは不可能だ。人は皆平等に歳をとる。そんなひとときの中で俺が残せるものってなんだろう?
まだ答えは見つからない。いや、そもそも答えなんて見つからないのかもしれない。
冬の空気はまだしっとりその冷たい寒さを帯びていた。




