#13 優しいほど切ない
「静かでしょ。この辺りは特に」
ベンチに座るなり彼女は俺の顔を覗き込みながら一言そう言った。たしかに今、この場所にいるのは俺と橘さんだけだ。遊歩道などは一応整備されてはいるが、市の中心地から離れており、アクセスも悪い。それに今日は平日だ。これが人がいない理由――といったところか。
「で……。何が聞きたいの?」
少し間を置いて後、彼女は俺にそう話しかけてきた。
「橘さんはなんで嘘をついたんです?」
「先日のこと?」
「はい」
「嘘をついたことは素直に謝るわ。でも――。もう少しあなたと長く居たかったの」
「それってもしかして……」
「勘違いしないで。恋愛感情とかではないの。あなたは似ているのよ」
そう言うなりブレザーの胸ポケットから一枚の写真を取り出す橘さん。そして、それを俺に見せてくれた。
「あれ……。これって」
「そう。商店街であなたが拾ってくれた写真。よく見てね」
「はい――」
彼女に言われるがまま写真を改めて見てみる。背景に写ってる灯台は間違いなく今、二人がいるここ『緒海崎灯台』だろう。そして、写真に収まる二人……。一人は橘さん。そして、もう一人は……。
「あれ、俺!?」
パッと見た瞬間、驚きはしたが改めて凝視してみるとなんだか少し違う。決定的なのは『目』だ。写真の男性は二重瞼なのだが、俺はどう頑張っても一重瞼である。あと、なんだか髪型も違うような……。
「お気づきのようね。これはあなたではない。顔は似てるけどね」
「そうですよね。じゃあこれは誰なんです?」
「中学の時の塾の先生」
「えっ――。塾の先生!?」
俺はその時、驚きのあまりついつい同じ言葉を繰り返してしまった。
「うん。葉菜倉先生っていうの。珍しい名字だから私すぐ覚えちゃってね。高校受験の時はとてもお世話になったの。言葉で言い表せないくらいにね」
「こ、こうやって二人で写真を撮るということはプライベートでも付き合いがあったんです?」
「それは少々語弊があるわね。例えば私が落ち込んでいた時とかに先生はよくこの場所に連れてきてくれたの。――小さな希望はやがて大きな希望になる。まるでこの地平線まで続く大きな大きな海のように。とか言いながらね」
「今でもその葉菜倉先生とは付き合いが続いてるんですか?」
「高校受験に受かった後、報告に言ったの。そしたらもう葉菜倉先生は辞めたって……」
悲しげな表情を浮かべながら橘さんはそう言った。その時、なんとなく彼女が先日俺に対してとった行動の意味がわかったような気がした。
「その先生が好きだった場所にいたらまた会えるかも……。ある日、そう思ったの。だから私はここにいるの。あっ――。掃除はボランティアよ。深い意味はないわ」
そう言った後、彼女はニコリと笑った。『会いたいのに会えない』これほど切ないことはない。それも相手がどこにいるのかもわからない。何か俺も力になれたら良いのだけれど……。
「掃除……。手伝います」
「い、いいよ。これは私の趣味みたいなものだから」
「俺も実は掃除が趣味なんです」
「あなたって見かけによらず強情なのね」
「もう――鈍男ではないですから」
「そう……。ありがとう」
彼女はまるで虹のような微笑みで俺の言葉に答えてくれた。もしかしたらこの場所に捨てられてるのはゴミばかりではないのかもしれない。少し見方を変えればそれらは『橘さんと先生が二人で過ごした時間の共有物』になるのだから。
***
後で聞いた話だが、橘さんが人の彼氏を奪ったというのは周囲の誤解だったらしい。――彼女のことを良く思わない人が流した嘘の話。というのが事の真相のようだ。人伝に聞いた情報は時として大きな誤解を生む。やはり直接話さないとお互いがもつ『胸のわだかまり』は解消されないのだろう。
***
「今日はなんだかありがとうね」
緒海崎灯台の帰り道、彼女はそう言いながらペコリと頭を下げた。
「いえ……。そんな。葉菜倉先生に会えると良いですね」
「もういいわ」
「えっ!?」
「あなたにこの事を話したらなんだか気持ちがスッキリしたわ。明日からまた違う一歩を踏み出せそう。それになんだか葉菜倉先生とはまた別の場所で会えそうな気がするし……」
「そうですね。明日になったら何か変わるかも知れませんし」
「じゃあ――。帰ろっか!」
「帰りましょう!」
今日が終われば今日の出来事は過去になる。十年後、同窓会とかで――こんなことあったね。とか話してるのかもしれない。
でも……。いや、だからこそ今日二人で見た景色を大切にしたい。不器用だからこそ尚更に。




