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春麗  作者: 凪久
8/8

第八話


 学校の昇降口には人が溢れ、喧騒に包まれていた。

 杏里は靴を履きかえると、人の流れに沿って歩き始めた。

 隣を歩く友人と他愛ない会話をしながら、校門まで辿りつく。と―――


「あのっ!」  


 角から出てきた人影は、素早く杏里の手頸を掴んだ。「きゃあっ!」と友人が叫ぶ。

 掴む力が緩まる。杏里は後ろに飛び退った。

 よく見ると、人影は帽子をかぶった青年で、両手を上げている。


「す、すまない! 怯えさせるつもりでは……!」  

「本当に……徳本さん」


 お知り合いですの? と隣の友人が尋ねてくる。

 知人だと説明し、口止め料のケーキを奢ることを伝えた。男性の噂は一瞬で広まるのだ。

 時間帯の所為で数人の生徒には見られているが、大事にはならないことを願う。

 杏里はひそかに溜息を零した。


「それでは今日はここで。御機嫌よう」


 友人と別れ、徳本の背中を押す。

 一刻も早くこの場を離れなければ、と杏里は思った。




 杏里たちは、路面電車に乗ると適当な場所で下りた。

 そのまま近くの飲食店に入り、案内された席に向かい合わせに座る。

 

「徳本さん、どうしてわたしの学校が分かったんですの?」


 名前、覚えててくれたんだね、と彼は言って、


「それは出会ったとき、君が制服を着ていたからね」


 口元だけで笑った。

 杏里は運ばれてきた珈琲に口を付けて、


「調べたんですか」

「そうなるね。どうしてもお礼がしたかったんだ」

「しつこい方は嫌いです」


 ごくりっと喉に流し込んだ。苦い味が舌に広がる。

 彼はメニューを開き、それから杏里を一瞥した。


「何か、お菓子でも頼むかい?」

「結構ですわ。わたし、甘いものを食べると、頭が痛くなるの」


 そうか、と徳本は呟き、メニューを閉じた。

 沈黙が落ち、彼は窓に視線を向ける。店の前には、二車線道路が横たわっていた。

 車が行きかい、人の波が溢れる。

 

「ねえ、猫はどうしてるの?」


 杏里は耐え切れず、口を開く。

 えっ? と彼は一瞬の間を開けて、杏里に向き直った。

 時間をかけて吟味するように、数秒後に笑って答える。


「元気にしてるよ」

「それは、よかったですわ」


 徳本はテーブルに置かれたグラスに手を伸ばし、水を喉に流し込んだ。

 それから、目を伏せたまま言う。


「西洋では、猫は九つの魂を持っていると信じられているそうだ」

「……えっ?」


 杏里は一拍開け、理解する。

 彼はまた、窓の外に視線を向けた。それは何処か遠い目だった。

 陽光が彼の横顔を照らし、神々しく見せた。


「私は………それを見たような気がする」

 

 ごうっと車の走り去る音が聞こえた。

 まるで、道徳の授業を受けている気分だ。杏里は彼の視線の先が気になり、窓の外を見る。

 そこにはただ、車と人混みで溢れていた。


「あっ」


 浮かび上がる白。

 白猫がこちらを向いて一鳴きし、雑踏の中に消えた。




電波を受信。

十話まで、彼らのやり取りが目立ちます。

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