第六話
陽だまりの中で、子猫がうたた寝していた。
杏里が荘に来て数週間が経ち、ようやく荘の生活に慣れてきた、五月中旬の頃だった。
荘へ向かう石畳の階段脇でそれを見付けた。
「まあ、可愛らしい」
そっと手を伸ばして、白い毛だまりを撫でる。
指先に伝わる体温と、呼吸し、上下に動く細い体がひどく愛しい。
「佐藤さん?」
「ひゃいっ!」
突然、名前を呼ばれて驚いた。
背後からの声に振り向けば、戸惑った顔をする猫撫が買い物袋を提げて立っていた。
「すみません、驚かせて。何してるんです?」
「子猫がいて……撫ぜていたんです」
「そうでしたか。気が済んだら戻ってくださいね、今日はすき焼きです」
彼はそう笑って、階段を上がって行った。
杏里はしゃがみこみ、学生鞄をお腹と太ももに挟んで落とさないようにし、近くに生えていたエノコログサを摘む。
ふりふり揺らせば、子猫が目を開いてじゃれてきた。
子猫と戯れるのに夢中になり、時間を忘れていた。
じゃりじゃりと砂を擦る足音が聞こえ、杏里の上に影を落とした。
「杏里さん?」
鈴を転がしたような声。聞き知った声が杏里の耳に届く。
少し躊躇って、ゆっくりと振り向いた。傘を持った芳野姉妹がこちらを伺うように立っていた。
姉の雛菊がにこっと笑って、空を仰いだ。つられるように杏里も目をやる。
曇天の空が広がっていた。
「予報では、そろそろ雨が降るそうですわ。ねえ、木苺」
「杏里さんも早めに荘に戻ることを、お薦めします」
二人はそう言い残し、連れだって階段を上がって行った。
杏里は子猫を抱き上げると、考えるように視線を合わせた。「にゃー」と子猫が一鳴きした。
ざあぁっと飛沫を上げ、雨が降る。
「えっ? 連れてきちゃったんですか?」
「だって、猫を濡らすのは可哀想で」
目を丸くした猫撫が、杏里の部屋の隅でタオルに包まった子猫を眺めた。
首元に埋まった赤い首輪。
どこぞの飼い猫なのだろう。猫撫は心の中で溜息を吐いた。
「仕方ありません。確かに雨に濡らすのは可哀想ですし……」
「明日には、元の場所に放しますから!」
杏里は顔を輝かせた。
すでに猫撫の背後では、子猫を拝むために芳野姉妹が顔を覗かせている。
通りすがりの田中までにやにやと笑って傍観していた。
「わたしも撫でたいわ!」
猫撫が場所を退ければ、飛び込むように雛菊が部屋に入って来た。
続いて軽く頭を下げ、木苺が。その後ろに着流し姿の田中もいる。
杏里は引きつった顔で座布団に腰を下ろし、頬杖をついて、子猫と遊ぶ彼らを眺めていた。
少し早めに更新できました。
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今回は、あまり変化はなく。杏里を活躍させようかと。
次は新しい登場人物が出るかも……?