第四話
服を箪笥に入れ、教科書を文机に整理する。最後にトランクを壁に立てかけた。
文机の前に備えられた座布団に腰を下ろす。ふうっと長い溜息を吐いて、天井を仰いだ。
さあぁっと激しい雨音に、耳を傾けるように目蓋を閉じた。
「ねえ、木苺! 早くいらっしゃい!」
「お待ちください、雛菊姉さま!」
ふと、雨音に交じって鈴を転がしたような声が聞こえた。
気になって、そっと障子に手を掛ける。板張りの廊下を誰かが駆けてくる。
最初に着物姿の少女が目に入った。次にその手に捕えられて、洋服姿の少女が現れた。
雰囲気は互いに独自のものを持っていたが、顔が瓜二つだ。
「あ、ほら! あの子よ!」
着物姿の少女が杏里に気付いて、こちらを指さす。
突然のことにビクッと肩が揺れた。まさか、もう正体がばれたのだろうか。
「ああ、可愛らしい事!」
「は、誰のことですか?」
「雛菊姉さま、不審がられてますわ」
雛菊と呼ばれた着物姿の少女は、怪訝な顔をした杏里に向かって駆けてきた。
杏里の傍に腰を下ろし、にこっと笑ったかと思うとぎゅっと抱きしめられた。
「な、何ですか! 急に!」
抗議の声を上げて、彼女を押しやる。正直、誰かに触れられるのは苦手だ。
雛菊はきょとんとした表情で杏里を見返した。
「随分シャイですこと。ねえ? 木苺」
「突然抱きしめられたら、不快にだってなります」
洋服姿の少女、木苺が呆れた表情で答えた。
杏里は着物姿の少女に見覚えがあり、確かめるように訊いた。
「もしかして、先ほど石灯籠で見かけた方ではないですか?」
「その通りよ。芳野雛菊というの。雛菊でいいわ」
着物姿の少女が朗らかに、自己紹介をする。
微笑んで目配せし、傍らの洋服姿の少女を促した。
「わたしは、彼女の双子の妹。芳野木苺といいます」
こほんっと咳払いをして、次いで名乗る。
背中にかかる程度に長い髪、色白の瓜実顔。寸分違わず、そっくりな一卵性双生児だった。
杏里は挨拶を返し、心の中で溜息を吐いた。
「ねえ、杏里さん。今度遊びませんこと?」
「遠慮しますわ。わたし、騒がしいのは苦手ですの」
多少嫌みを含めて言い放つ。
相手は愛想をつかせて立ち去るかと思ったが、
「あら、そう」
と素っ気ないものだった。
同時にすっと顔の表情まで無くす。それなのに、杏里の傍で正座して微動だにしない。
急に彼女が恐ろしく感じた。と―――
「集まって、何をされてるんですか?」
ハッとして杏里は顔を上げた。
静かな笑みを湛え、猫撫が廊下に立っていた。
雛菊が彼を見、目を細める。少しの間を開けて、彼女は流れる動作で腰を上げた。
「いいえ、別に」
「夕食の時間なので呼びに来ました。佐藤さん、案内します」
「……は、い。お願いします」
杏里は部屋から出て、猫撫の後を追った。
背後から視線を感じたが、振り返りはしなかった。
早めに更新できました。
口調が気に入らなかったので、前話を書き直すかもしれません。