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春麗  作者: 凪久
3/8

第三話

 猫撫に案内され、屋敷に足を踏み入れる。

 裸電球の灯された廊下を歩くと、ギシギシと軋んだ音をたてた。

 ふと、前を歩いていた彼が足を止める。

 

「おや、雨が降ってきましたね」


 彼の言葉に庭を見やれば、ぽつぽつと小粒の雫が落ちてきた。

 植えられた楓の葉が雫に揺れて、あちこちに首を向けている。

 生温かく湿った空気が頬を撫でた。


「そうですね……」


 頷き、杏里は猫撫の背中に視線を戻す。と、その先に人影が横切った。

 濃紺の着流し姿の男性だ。

 「田中さん、ちょっといいですか?」と猫撫が呼び止める。

 しかし、相手は気付かなかったのかパタンッと障子を閉める音が聞こえた。


「すみません。佐藤さん」


 あははっと苦笑いを浮かべて猫撫は言った。

 角を折れると障子の部屋が列をなしている。僅かに人が身じろぎしている気配がした。

 右手には四角く切り取った中庭があり、桜の大樹が花を咲かせていた。


「綺麗ですね」

「ありがとうございます。開耶荘の由縁なんですよ」


 猫撫は体を捻ってこちらを向き、再び立ち止った。

 すると、杏里たちの気配を察知して、すぐ傍の障子が開く。薄暗い室内には二人の男性がいた。

 一人は先ほどの着流し姿の男性。障子を開けたのは彼だった。もう一人、奥に黒いワイシャツ姿の男性がいる。文机を前に、何故か頭を抱えていた。

 二人とも、二十代後半から三十代前半といったところだろうか。


「田中さん、無視しないで下さいよ」

「ああ、それはすまんな。少し考え事をしていた」


 それから田中は杏里を一瞥する。


「こちら、新しい住人の佐藤杏里さんです」

「よろしく。田中寒菊たなかかんぎくだ。後ろの奴は同室の、鈴木光文すずきこうぶん

「あ……よろしくお願いします」


 腰を折って、深々と頭を下げた。

 それを片手で制し、田中は苦笑する。

 

「じゃあ、挨拶はそれぐらいにして。佐藤さんの部屋はもう少し先です」

 

 挨拶は夕食時にもできますから、と言って猫撫は歩き始めた。

 杏里はその後を追い、庭に視線を向ける。

 角の部屋から、生垣いけがき越しの離れた場所に建物が見えた。白漆喰の蔵だ。二階の鉄格子窓から、明りが洩れている。


「猫撫さん、あちらには……?」


 不思議に思って尋ねてみると、猫撫は背中越しに答えてくれた。


「ここの管理人が住んでいます。あまり近づかないように」

「はあ、わかりました」

「人付き合いが苦手な方なんですよ」


 彼が足を止めた。

 桜の中庭に面する部屋だ。

 

「佐藤さんの部屋はこちらになります。夕食時になったら呼びに来ますので、それまでくつろぐなり、散策するなり、自由にしていてください」

「ありがとうございます」


 じゃあ、と猫撫が廊下の角に消える。

 障子を開けると、光が差し込む。がらんとした室内に杏里は淋しさを覚えた。

 春雷とともに、雨は激しくなるばかりだった。




一週間に一回は更新したいですね。

もそもそ書いていきます。

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