第一話
山奥には、レンガ造りの大層立派なお屋敷があった。
緑の蔦が外壁に絡み、赤いレンガと対照をなしている。背の高い木々が陰影をつけた。
そんな屋敷を揺るがすほど、少女の声が響く。
「絶対に、お断りしますっ!」
シャンデリアの光が室内を照らす。黒檀のテーブルが妖しく光沢を放っていた。
そこに映るのは、怒った顔の少女と困惑した顔の男性の姿。
二人とも上品な黒服を身にまとい、ソファーに深く沈んでいた。
「悪い話しではないと思うが……」
「いいえ! 顔も知らない相手と縁談なんて、とんでもありません!」
腕を組んで肩を怒らせ、少女はダンッと床を蹴った。
ソファーから立ち上がり、体を反転させると広間を出ていく。バンっと激しい音がして扉が閉まった。
青年は漆喰装飾の施された天井を仰ぎ、大きく溜息を吐いて脱力する。
「参ったな……」
情けない声は、知らずに部屋に反響した。
少女は自室に駆けこむと、トランクを取り出して服を乱雑に入れていく。
「まったく! お兄様にも困ったものですわ! 縁談なんて……!」
ぶつぶつと独り言を言いながら、教科書を乱暴に詰める。
最後に身につけていた服を脱ぎ捨て、女学校の制服に着替えた。名札に里江を書かれている。
それを見て、少し逡巡してから名札を外す。
「これでいいわ!」
扉を開けると、透かし彫りの飾りがついた木製の階段を一段飛ばしに下りる。
向かうは車寄せのある正面玄関だ。
エントランスに出ると、眩しい光の先を急ぐ。
「杏里! 待ちなさい!」
きつい口調だが、焦燥も感じさせた。
振り向けば、黒電話のコードを限界まで伸ばした兄が受話器を持って立っている。誰かに電話しているようだ。
「ちょ、ちょっと待て」と杏里にも、電話越しの相手にも伝わるように言って、彼は妹を見据える。
「何処へ行く気だ」
「お兄様が縁談の件を考えてくださるまで、隠れますわ」
「が、学校は!?」
「ご安心なさいませ。ちゃんと出席します。ただ、男子禁制だとお忘れなく」
杏里はそれだけ言うと、玄関から外に飛び出した。
桜の蕾は固く閉ざされたまま、春の息吹を待ち望んでいる。
四月下旬の話だった。
連載始めました。
なんちゃって時代物です。
今度こそ、長続きしますように!