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 ーー空気が、変わった気がした。

 いや。

 変わったのは、僕の“心”だ。

「……え」

 自分の手を見る。

 震えていない。

 あれほど制御できなかった指先が、ぴたりと止まっている。

 心臓の音が、違う。

 さっきまではドクンドクンと暴れていた鼓動――

 今は、落ち着いているわけではない。むしろ先ほどよりも高鳴っている。

 だけど、暴れてはいない。強く、しかし規則正しく、リズムを刻んでいる。

 ドン。

 ドン。

 ドン。

 まるで。

 太鼓のように。

「な、なんだ……これ……」

 視界が、開ける。

 身体中が熱くなる。

 今まで“脅威”だったはずのメガントボア。Bランクのモンスター。

 本来なら新人兵士なんて何人束になっても勝てるわけがない。


 でも、今は動きが見える。

 筋肉の収縮。

 足の踏み込みから重心の流れ。

 全てが分かる。

 むしろ、可愛らしくさえ見えてくる。

 ――いける。

「フレッフレッバンビっ!!!」

 背後から、再び声が飛ぶ。

 力強いのに、どこか暖かくて優しい。そんな声。

 この人の声を聞くと、力が内から底から湧き上がってくる。

 剣がおどろくほど軽く感じて、頭はすっきりとクリアになる。

 身体が、勝手に前に出た。

「うおおおおおお!!」

 叫びながら、踏み込む。

 足が軽い。

 いや――

 地面を“掴んでいる”。

 メガントボアが動く。

 突進。

 さっきと同じ軌道。

 だけど遅い。

 身体が自然と横に流れる。

 牙が、体をかすめる。でも、予想通りの距離感。

 風圧だけが頬を打つ。

 自然と、剣を横に寝かせる。力が漲る。だけど、余計な力みはとれている。

 スッ と、剣先がメガントボアの大きな鼻先に差し込まれていく。

「そこだぁぁ!!バンビッッ!!」

 剣を振り抜き、メガントボアの左半身を斬り裂いた。

「まだだっ!!畳み掛けろ!!」

 あの人の声が、背中を押す。

 すぐに振り返って、剣を構える。

 今までは握っていただけ、握らされていた鉄の塊が――

 “剣”になる感覚。

「いける……!」

 剣を上段へ構えて、踏み込む。

 自然と、流れ落ちる水のように。

 キィインッ

(知らなかった。剣って真っすぐ振ると、こんな美しい音が鳴るのか)

 メガントボアの尻上から後ろ足まで。なんの抵抗もなく、剣を振り抜いた。血飛沫が飛び散る。

 全てが、スローモーションのようにハッキリと見える。

「あ、ありゃバンビか?」

「あんな剣筋、見たことないぞ」

 周りの仲間たちの声もしっかりと聞き取れる。

 メガントボアはまだ生きている。だが、足を引きずっていて弱々しく呼吸している。

「トドメだ……っ!」

 身体が、ついてくる。最後の一太刀。

 そのとき。

「グオオオオオ!!」

 メガントボアが咆哮する。

 瞬間、僕は我に還るような気持ちになって、足が止まった。

 怒り。ギガントボアの目が赤く光る。

 教官に聞いたことがある。

 強いモンスターは稀に"凶暴化現象"が起きる。そうなると、手に負えないから逃げろーーと。

 

 僕は、先ほどまでの感覚が嘘のように、身体が硬直してしまった。

「え……え、なんで?」

 剣が重い。心臓が苦しい。

 それは突然の疲労というよりも、疲労に"気づいてしまった"感覚。

 僕の恐怖を、メガントボアは見逃さない。モンスターとの戦いは、恐怖との戦い。

 相手に弱者だと気付かれたら、モンスターは容赦なく牙を剥く。



「オラぁぁ!!お前たち仲間だろおお!!援護しろォオオオオ!」

 全力の、"檄"。

 応援とは、ただ「頑張れ」と言うだけに非ず。

 ときに厳しく、尻を叩くことも応援の一つ。

 バンビ一人に任せ、メガントボアの周りで動けなくなっている兵士たち。

 彼らの力も、必要だ。

「お前たちは、何だぁぁあ!!!?」

 萎縮し、恐怖している兵士たち全員に問う。

「お、俺たちっ?」

「私たちは……」

 突然の質問に、困惑する兵士たち。その中で、赤髪の少女ガゼルが大きな声で応える。

「ダルタニア王国……育成少年兵部隊!!私の名は、ガゼルですっ!!」

「よぉおおおし!ガゼル!!!そして、ダルタニア王国!!!!」

「誇りを胸にッッ!!勝利をその手にッッ!!!!

さんっっ、さんっっっ……ななびょぅおおおし!!!!!!」

 兵士たちの、目に活力が漲る。素晴らしい。素晴らしい光景。

 圧倒的な強者を前にして。誰もが負けのビジョンに目を覆われて。

 そんな不安を、恐怖を一瞬で晴らす。

 兵士たち全員の体から、淡い光が溢れ出した。

「な、なんだ!?」

「これはっ!!」

 誰もが自分の手を見る。腕が軽い。  呼吸が楽だ。

 さっきまで肺の奥にへばりついていた恐怖が、熱に変わって全身を駆け巡っていく。

 赤髪の少女ガゼルが、いち早く叫ぶ。

「動ける!今ならいける!」

 その声に、他の兵士たちもはっと顔を上げた。

 ――そうだ。

 まだ終わっていない。

 目の前では、凶暴化したメガントボアが土を掻いている。後ろ足に深い傷を負い、左半身からも大量の血を流している。

 だが、その巨体にはまだ爆発的な突進力が残っていた。  

 バンビ一人では、受け切れない。


「左右に散れェエエ!!」  

 我応の声が丘全体に轟く。

「真正面に立つなァ!!突進は線だ!!線なら外せる!!面で囲め!!」

 我応の声にあてられて、兵士たちの声も大きくなっていく。

 声が通れば、指示が通る。

 指示が通れば、連携がつながり、動きが変わる。

 今までは、ただ巨体を前に距離を取るだけだった足が、意思を持って地面を蹴る。  

 前衛二人が左右へ大きく展開する。 後衛の一人が転がるように横へ走り、死角を取る。  

 ガゼルは槍を握り直し、バンビの右後方へ回り込んだ。

「よし!!いいぞォオオ!!」  

 我応がさらに吠える。

「止まるな!!足を動かせ!!でかい相手は囲まれるのを嫌がる!!」

 メガントボアが咆哮する。  

 赤く染まった目が、最も前にいるバンビを捉えた。

 狙いは明白だった。

「バンビ!来るぞ!!」  

 誰かが叫ぶ。

 次の瞬間、メガントボアが爆ぜるように突進した。

 だが、先ほどまでとは違う。

 バンビは真正面で固まらなかった。  我応の声が、まだ背中に残っている。なにより、仲間たちの想いが伝わってくる。

「自分は、独りじゃない!」

 線なら、外せる!

 その一言の通り、バンビは半歩だけ引き、さらに斜め前へ滑り込むように踏み出した。  

 真正面から逃げるのではない。牙の軌道、その外側へ身体をずらす。

 牙が鼻先をかすめる。

「今だァアアア!!」

 我応の号令に、左へ回り込んでいた兵士が剣を叩き込んだ。刃が脇腹に食い込み、メガントボアが苦鳴を上げる。

 だが、浅い。

 分厚い筋肉に阻まれて、心臓まで届かず致命傷にはならない。

「全員でいけえ!!!」

「「「はいっ!!」」」

 今度は逆側。

 後衛にいた細身の兵士が、低い姿勢のまま足元へ潜り込む。剣ではない。短槍だ。  

 狙うのは腹ではなく、すでに傷ついた後ろ足。

 ザシュッ

「グオオオオッ!!」

 後ろ足の腱を裂かれ、メガントボアの巨体が大きく傾く。

「よぉし!!崩れたぞォオオ!!」  

 我応が両腕を振り上げる。

「恐れるな!!相手がでかいほど、足を殺せばただの的だ!!」

 我応の言葉に、バンビの喉からも自然と声が飛び出していた。

 兵士たちの目が変わる。

 今まで見上げるしかなかった巨体が、初めて“倒せる相手”に見えた。

「ガゼル!!」

「ええ!!」

「右から入れ!!鼻先じゃない!!首の付け根を狙え!!」

「了解っ!!」

 ガゼルが駆ける。

 恐怖で縮こまっていたさっきまでとは別人の踏み込み。

 バンビは正面に立つ。  

 まだ怖い気持ちが見え隠れする。膝も笑いそうになる。  

 だけど、あの熱い声が背中を押してくれる。

「バンビィイイイ!!」  

 我応の声が飛ぶ。

「お前が軸だ!!お前は目を逸らすな!!」

 軸。

 その一言で、バンビの中の何かが繋がった。

 そうだ。  

 今、自分が逃げれば、仲間たちの連携は崩れる。

 怖いかどうかではない。ここで立つのが、自分の役目だ。

 バンビは両手で剣を握り直し、正面からメガントボアを睨みつけた。

「こっちだ……ッ!」

 メガントボアが再びバンビを狙う。その瞬間、ガゼルが横から跳び込んだ。

「はああああっ!!」

 槍の穂先が、首の付け根の傷口へ深く突き刺さる。

「グギャアアアアア!!」

 巨体がのけぞる。

「今だ今だ今だ!!畳み掛けろ!!」

 全員が一斉に動いた。

 左の兵士が脇腹を斬る。右の兵士が前脚の付け根を突く。短槍の兵士が、再び後ろ足へ追撃を入れる。  

 ガゼルが槍を引き抜きざまに血を噴かせる。

 そして。

 正面。

 バンビの前に、首が垂れる。

 巨大な頭部が、苦痛に揺れている。  牙は恐ろしい。鼻息は熱い。目は血走っている。  

 それでも今だけは、見える。

「バンビィイイイイ!!!!」  

 我応の声が、世界を割る。

「決めろォオオオオ!!!!!」

 その瞬間、バンビの中で恐怖が吹き飛んだ。

 震えではない。昂揚だった。

「うおおおおおおおおッ!!」

 地面を蹴る。一歩。二歩。三歩。

 全員が作った傷。  

 全員が削った体勢。  

 全員が繋いだこの一瞬。

 それを、無駄にしない。

 バンビは跳んだ。

 振りかぶる。上段。  

 太陽を背負うようにして、剣を真っ直ぐ振り下ろす。

 キィィィン――

 耳を打つ、冴えた音。

 刃は迷わず、メガントボアの首筋へ吸い込まれた。

 肉を裂き、骨を砕き、深々と食い込む。

 首が、落ちた。


 一瞬だけ、丘全体が静まり返る。


 そして。

 ド ォ ンッ――!!

 メガントボアは横倒しに崩れ落ち、地面を大きく震わせた。

 土煙が舞い、草がなぎ倒される。誰もが息を呑む。


 動かない。

 もう、二度と。


「……た、倒した……?」  

 誰かが呟く。

 次の瞬間。

「やったああああああ!!」

「メガントボアに、勝った!!」

「俺たち、生きてる!!」

 歓声が弾けた。

 剣を掲げる者。その場にへたり込む者。泣きながら笑う者。

 ガゼルは槍を杖代わりにしながら、大きく息を吐いた。

「すごい……私たち、本当に……」

 バンビはその場に立ったまま、呆然とメガントボアを見つめていた。  

(僕が、斬った。いや、僕たちで倒した。Bランクの、モンスターを?)

 そこへ、丘の上からあの声が降ってくる。

「よォォォし!!!!大勝利ィィィ!!!!」

 振り向く。両手を高々と掲げ、見知らぬ団長が満面の笑みで立っていた。

 まるで、戦場のど真ん中に一人だけ応援席を作ってしまったみたいに。

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