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草を踏み分けながら、走る。
案内する兵士は足取りが重く、呼吸も浅い。
「大丈夫か!」
「は、はい……!もうすぐです!」
返事はするが、声が震えている。
――典型的だな。
経験は浅く、恐怖に身体が支配されている。
これはいわゆる『高校最後の大会。最終回に監督の気まぐれで試合に突然出る補欠の若手選手症候群』
こうなってしまうと、普段のパフォーマンスの半分も発揮できない。
だが。
(逃げてはいない)
その気概があれば、応援するに十分足りる。
「み、見えてきました……!」
男が指差す。
金属が弾き合うような音が聞こえてくる。
木々の隙間の向こうには、開けた丘。
そこには――
「なんだ……!?」
思わず声が漏れる。
そこに居たのはイノシシ。しかしその体はあまりにも巨大。アル●ァードぐらいの巨体。工事現場に置いてあるコーンほどの大きさの牙が口から二本のぞいている。
そのイノシシを、少年と同じ鉄製の装備を纏った数人の兵士が取り囲み戦っていた。
明らかに“現実じゃない現実”
「新人討伐任務で……まさかメガントボアが出るなんて……」
声が震える。
視線は魔物から外せない。
イノシシと戦う一人の兵士が、こちらに気づく。
「バンビ!助けを呼んでくれたのか!!」
この少年の名はバンビと言うのか。名前通りというか、なんというか。
「こ、この人は傭兵団の団長らしいんだ!」
「それは心強い!助太刀してくれ!」
兵士の表情に、希望の光が灯る。
しかし、その一瞬の隙。目を離した油断。
イノシシが、フルスロットルの突進を始める。
俺は咄嗟に、声を張り上げる。
「あ、危ないッッッ!!!」
――その瞬間。
丘の空気が、叩きつけられた。
もはやその声は音ではなく、衝撃だった。
腹の底から放たれた声が、一直線に丘全体を貫く。
空気の層が押し潰され、波紋のように広がる。
「う、うわっ……!?」
「な、なんだ……!?」
兵士たちが一斉に顔をしかめ、思わず耳を押さえる。
金属鎧が微かに鳴り、地面の草がざわりと揺れた。
――響いた、なんてレベルじゃない。
“叩き込まれた”。
そして。
その衝撃は突進していたメガントボアを止めた――
巨大な前脚が地面を抉り、土を巻き上げる。
そのまま数メートル滑り、ぴたりと動きを止めた。
「……グ…ルル…」
低く唸る。
だが、その視線は先程まで向けていた兵士ではない。
――俺を見ている。
わずかに、後ろ足が引いている。
「す、凄い……!威圧だけでメガントボアを止めた!?」
ほっとした俺は、バンビの肩に手を置く。
「さぁ、いけ。」
そして俺は軽く声をかける。
「え……?た、倒してくれないんですか?」
「俺は…戦わん」
(そもそも武器持ってないし、獣狩りなんてしたことない)
まっすぐとバンビの目を見る。
「俺は応援しかしない。お前の、戦いだ」
「そ、そんな…!」
バンビの目が潤む。恐怖と絶望に顔が引きつりあおざめる。
そんな選手は、ごまんと見てきた。
旗も無い。太鼓も、ホイッスルも無い。それなら俺がやることは、一つ。
「お前が、戦うんだ!!」
そう言って、両手を高く掲げる。1ミリの歪みも無い、完璧な直線を再現する。
腹筋に全神経を集中し、そのまま意識を肺へ、喉へ、そして口から。
バンビへ"エール"を送った。
「フレエェエエエーーーー!!!フレエェエエエーーーー!!!」
草が揺れる。木々がざわめく。
空気が、電気を纏ったかのようにビリビリと空間を焼く。
「バ!!!ン!!!!ビ!!!!!)
バンビの目に、活力が漲った。
良い。"その眼"が見たかった。




