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――暑い。
肺の奥が焼けるように熱い。
喉は乾いているのに、服の中はぐっしょりと汗でびちゃびちゃなのが分かる。
だが、それすらも心地良い。
「――いけェエ!!」
腹の底から叩きつけるように叫ぶ。
スタンドが揺れる。
黒い学ラン。振り上げられる腕。
打ち鳴らされる太鼓。
俺の声に合わせて、歓声が返ってくる。
一糸乱れぬ演舞。肘は曲げない。姿勢をぶらさない!
動きに合わせて、ちらりと後ろを見る。
「こーーこでええ〜〜♪うーーちぬけぇえ〜〜♫わーれら〜のぉお〜!!」
声は出ている。団員たちもまだまだいけるな。
「3ッ3ッ7拍ォォォ子!!」
俺は身長の倍ほどある高さの旗を力いっぱい振る。
風を切る音が、観客席を席巻する。
ホイッスルを力いっぱい噛み締めて、腹から音を出す。
誰かのために声を出す。汗をかく。
そのために立つ。
それが――
『俺の仕事であり、生き甲斐だ。』
◆
役職:応援団長兼代表取締役。
名前:我応 円太郎。
それが、俺。
もともと身体ばかり大きくて運動神経の悪かった俺は、周りから「ウドの大木」通称うどちゃんとからかわれていた。
そんな昔の俺にとって、毎年やってくる運動会は地獄のイベントだった。
だからこそ毎年なんやかんや理由をつけてサボっていた。だが中学2年のとき、当時の担任がシビレを切らした。
「やたら声が通るから」
と、わけのわからない理由をつけられ、俺はなし崩し的に応援団長をやらされた。
その日は家に帰って泣いた。父親からは「任されたのなら精一杯やれ」と殴られた。
その日から放課後毎日声出しと振り付けの練習。
だけど、それが人生の転機になった。
「うどちゃんの声を聞くと、元気がでる」
「うどに頑張れって言われてるようじゃ、負けられないよ」
結果、俺が所属していた赤団は逆転勝ち。
運動会が終わった頃、俺の周りには人が集まっていた。
(気持ちいい……)
それから今まで。俺は応援団をやり続けている。
高校では正式な部活動として応援団を立ち上げた。
大学からは社会人も含めた応援サークルを率いた。
俺の人生。人を応援することが全て。
ーーそして。
『株式会社GAKURAN』
「株式会社 押忍」にするか、三日三晩悩んだ末にこっちに決めた。
勤めていた会社を辞めて、趣味で続けていた応援サークルを法人化した。
立ち上げた時、周りからは呆れられ笑われた。
「応援を仕事にする?」
「意味が分からない」
「ボランティアでいいだろ」
「せっかく課長にまでなったというのに、キャリアを台無しにするのか?」
『いい加減普通の人生、送れよ』
全部聞いた。
そのうえで、全部無視した。
「次の大会もお願いします!」
「御社の応援で空気が変わった」
「社員の士気が段違いです」
もちろん最初は苦労した。応援如きにお金は払えないと笑われたこともある。
必死に応援して、それでも負けたとき。相手から責められて、代金を踏み倒されたこともある。
だけど、応援からは離れられなかった。
俺が応援する。そして応援された相手の目に活力が漲る。
それが俺の"エクスタシー"に直結する。
今じゃ、応援依頼が途切れない。
地元スポーツチーム。
企業のプロジェクト立ち上げ。
時には、受験会場に出向いたこともある。
場所なんて関係ない。
仲間も増えた。
応援を求める人がいるなら、俺は応援する。
それだけだ。
――そして、その日も。
応援も結果も完璧だった。
真夏。照りつける日差しの下。
アスファルトからの照り返し。
普通なら倒れてもおかしくない環境。
だが。
「ナイスプレー!!」
「次だァ!!流れ来てるぞ!!」
声を出すたびに、選手の動きが変わる。
表情が変わる。
空気が変わる。
それが、分かる。
たまらない気持ちが汗とともに溢れてくる。
試合は逆転勝ち。
歓声の中、選手がこちらを見てお辞儀してくれた。
ガッツポーズ。
涙で抱き合う選手たち。
――いい顔だ。これだから、応援はやめられない。
それでいい。
これが見たくてやっている。
「我応社長、お疲れ様でした!」
スタッフに頭を下げられる。
「ははは。会場では団長と呼んでくれ!……とりあえず、お疲れ!!」
軽く手を振る。
「明日は……」
もう次のことを考えている。
次はどこだったかな。
どのフォメーションで声を張ろうか。
学ランを脱ごうとボタンに手をかける。
その時だった。
ふらり、と視界が揺れた。
「……ん?」
足元が安定しない。
妙に軽い。いや、違う。
地面の感触、靴底の感触が足元から伝わってこない。
ボタンがやけに冷たく感じる。
「……あー……」
理解したが、もう遅い。
これは――やばい。
だが。
それでも、思うことは一つだった。
――ああ。
(明日の応援は、手術を控えた子どもだったな…)
次の瞬間。
視界が、落ちた。
アスファルトが迫る。
硬い音がした気がする。
そして頭の奥で何かが弾け、暗転した。
◆
どれくらい経ったのか。
分からない。
ただ、静かだった。
心地良い風が頬を撫でる。
ゆっくりと、目を開ける。
眩しい。だが、さっきまでの悪魔的な直射日光とは違う。
もっと柔らかく、もっと――広い。
目の前には、空があった。
やけに青くて、雲が近い。
風に揺られた草が、さわさわと優しい音を奏でる。
「……え?」
自然と困惑の声が漏れて、すぐに起き上がる。
「俺はたしか…パパイヤスタジアムの帰りにーー」
ハッとなって頭を触る。だがどこも怪我していない。むしろぐっすり眠れた翌朝くらい、妙に頭がクリアなことに気づく。
それに喉も痛くない。応援後の喉ケアをしていないのに、声もよく通る。
俺は立ち上がり、辺りを見渡す。
そこは一面草原だった。
土の匂い。
聞いたことのない鳥の声。周囲に建物はない。
スタンドも、観客も、いない。
騒音クレームの心配もなさそうだ。
よし、喉の調子を見るためにいっちょやるか。
「ここはどこだあああああ!!」
全力で叫んでみた。
――声が地平線まで響いていくのが、自分でも分かる。
遮蔽物が無いからだろうか、異常なほど遠くまで音の振動が伝わるのが分かる。
空気の震え。音の伸び。
「……絶好調だな」
思わず自分の喉を触る。
いつもより――通る。
いや、違う。“通りすぎる”。
その時だった。
草むらの奥で、音がした。
ガサッ、と。
俺は反射的に振り向く。演舞で鍛え上げた身体のキレをフル活用して。
「ひっ……!」
小さな悲鳴の主と目が合う。
そこにいたのは――
見慣れない服を着た、若い男だった。
鉄の鎧。
長い鉄製の剣を持ってこちらへ向けている。
まるでファンタジー映画の登場人物のよう。
だが、剣を持つ手は細かく震えており、額には脂汗が滲んでいた。
「お、お前……誰だ……!」
明らかに怯えている。
だが、こちらも聞きたい。
「それはこっちのセリフだっ!!」
「ひぃ!!」
「あぁ、すまない。自分でも驚くほど喉の調子が良くて、声が出過ぎてしまう」
そう言いながら、俺は一歩踏み出す。
「俺の名前は我応!応援団の団長だ!」
「……団長……?」
男は、一瞬困惑の表情を浮かべる。だがすぐに何かを悟ったような表情になり、剣を鞘に戻し頭を下げる。
「も、もしや傭兵団の方ですか!た、助かりました!」
「傭兵……?」
「向こうで、モンスターに襲われたんです!すぐに来てください!」
「ま、まて。話がよく…」
「報酬も、きちんと払いますから!まだ仲間が……助けてください!」
助けてくださいと言われると、放っておけない性分だ。
俺は、すぐに男に案内するように言って駆け出した。




