台所での葛藤
台所で朝食の後片付けをしていた清子は、出かけていった彼と真名のことを思い、微笑ましい気持ちになっていた。真名は無事に賢く育ってくれた。成績も悪いほうじゃない。病気だってしないことが、とてもありがたいことだと思う。もう自分は何も言うことがない。幸せであることを噛み締めて、このまま無事に日常が過ぎて行けばいいと思う。
二人が使った食器を丁寧に洗いながら、清子は真名の将来を考えた。このままの成績であれば、どこかの企業に勤められることは確実だ。今は自分みたいに女性が専業主婦である必要はない時代になった。真名には好きなことをして人生を謳歌してほしい。家に閉じこもって狭い世界をみてばかりいる、自分みたいな人間にはなってほしくない。
清子はフと自分が今の生活に不満を抱いていることに気づいた。幸せだと言いながら、真名には自分の夢を託しているからだ。ほんの少しの罪悪感を覚えた清子は、食器を強くこすりながら、邪念を振り払うかのように水で洗剤を流した。
夕方まで二人は帰ってこない。決まった家事のルーティンをこなし、家を清潔に保ちながら居心地の良いものにする。それが自分の仕事だ。虚しさが無い訳ではない。でも人生なんてそんなものよ。誰だって虚しさの一つや二つ抱えて生きているもんだ。
食器は綺麗に片付けられ、清子に微笑んでいるかのように思えた。その風景が、悲しみを誘ったことは今は内緒にしておくとしても、日常は清子にとって素晴らしかった。




