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オレ、選挙で落選させられ、議員を追放された。国会議員に戻ってくれと言われてももう遅い!異世界転生して、SNS無双で魔王も神も左様なら。嫁さんからも追放?え?ざまぁといわれるのは俺だったあああああ

作者: 黒木菫
掲載日:2026/02/13

【プロローグ:正義の残滓】


「――可決!」


議長のハンマーが響き渡る。 国会議事堂、満場の拍手。


『ブラック企業法改正案、賛成多数により可決されました』


きめやま竜一(当時48歳)は、議員席で静かに目を閉じた。


この法案のために、三年を費やした。 ブラック企業から労働者を守るための、罰則強化。 過労死遺族たちと何度も話し合い、企業側の猛反発と戦い、野党との調整に奔走した。


「きめやま先生……本当に、ありがとうございました」


廊下で待っていた過労死遺族の女性が、深々と頭を下げる。 小さな娘が、手作りの折り紙を差し出した。


『せんせい、ありがとう』


「……いえ。これが、政治家の仕事ですから」


きめやまは、その折り紙を胸ポケットに仕舞った。


帰宅すると、妻の夕子が笑顔で出迎える。


「お疲れ様。ニュースで見たわよ。すごかったわね」


「ああ……やっと、形にできた」


夕子は知人の紹介で結婚し、彼を支えている。


その夜、きめやまはSNSを開いた。 まだフォロワーは三千人程度。 だが、心からの感謝のリプライが並んでいた。


『きめやま先生の法案で、父が救われました』


『ブラック企業を辞められました。ありがとうございます』


「……これでいい。数じゃない。一人一人の声が、届けばいい」


スマホを閉じ、夕子の隣で眠りについた。


――しかし、男は知らなかった。


数年後、自分がその「一人一人の声」を、「数字」としか見なくなることを。




【第一章:堕落の果てに】


「……民主主義のおわりだな。」


きめやま竜一(52)の落胆の声が、選挙事務所に静かに響く。


テレビ画面には、無慈悲にも「落選確実」の文字が点灯している。


自由民衆党の高石霊夢は劇場型正義を行い、民衆を扇動した。


「今回の選挙は異世界転生小説を規制に反対か賛成かです!」


高石は異世界転生小説を社会悪だと断じ、きめやまは表現の自由のために戦ったが、国民の理解は得られなかった。


SNSではきめやまの落選にわく無慈悲な投稿がバズっている。


『さようなら』


『ざまあああ』




「なぜ、私がこんなことに。」




きめやまは内心、愚民への怒りが溢れていた。


あれから数年。


ブラック企業規制の功績で注目を浴び、メディア出演が増え、SNSのフォロワーは十五万人に膨れ上がった。


だが、いつからか――


「数字」が、すべてになっていた。


いいねの数。 リポストの数。 フォロワーの増減。


かつて「一人一人の声」を大切にしていた男は、いつしか「万人の喝采」に溺れていた。


「……おかしい。私のフォロワーは、まだ十五万人もいるんだぞ」


それでも彼は、取り乱した姿を見せまいと震える指でスマホを操作する。 画面の向こうには、常に"冷静沈着で知的な自分"がいなければならない。


『今回の結果は、大衆の感情が論理を上回った事例と言えます。誠に残念ですが、これも一つの民意でしょう。次はデータに基づいた戦略を再構築すべきではないでしょうか(笑)』


投稿を終え、満足げに鼻を鳴らした、そのとき。


「あなた……選挙が終わったばかりなんだから。スマホは、少し置いたら?」


妻の夕子が、背後から声をかける。


その声には、労わりよりも、湿った諦めが混じっていた。


きめやまは答えない。


背中越しに「うるさい、素人は黙っていろ」というオーラを放ち、ひたすらリロードを繰り返す。


だが、画面に並ぶのは、かつての信者たちによる「見損なった」「もう潮時ですね」という掌返しの罵詈雑言。


「……っ、どいつもこいつも、リテラシーが低すぎるんだよ!」


怒りに任せ、スマホを強く握りしめた。 その瞬間――鋭い頭痛が走り、視界が白く染まる。


意識が、暗転した。


















【第二章:異世界SNS無双の始まり】


「――異世界より召喚されし勇者よ!」


目を開けると、そこは中世ヨーロッパ風の荘厳な謁見の間だった。


玉座の前には威厳ある老王と、美しい金髪の王女。


左右には甲冑姿の騎士たち。


一歩前に出た大臣が、深々と頭を下げる。


「我が国を、魔王の脅威から救うため……その御力をお貸し願いたい!」


本来なら混乱する場面。


だが、きめやまの右手でスマホが震えた。


視界に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。


《SNSインターフェース 起動》

■ スキル発動:【SNS無敵おじさん】

【パッシブスキル】

・認知バイアス:相手の反論を「負け惜しみ」に自動変換

・上から目線:身分・立場を無視し、常に優位な口調で会話可能

・エコーチェンバー:賛同者のみを抽出、熱狂的支持者として可視化

【アクティブスキル】

・論破モード:相手の発言から論理的矛盾を自動検出

・マウント取り:どんな話題でも優位に立てる知識を即座に引用

・究極スキル【ブロック】:存在そのものを視界から消去(クールタイム:なし)


きめやまは、ゆっくりと腕を組んだ。


かつての正義感は、完全に失われていた。


「あー……悪いけど、異世界人の私が、なぜあなたの指示を受けなければならないんですか?」


「め、命令ではない、お願いじゃ……!」


「お願い? 民間人を魔王のもとへ送り出す体制で、よく他者を批判できますね。そもそも王制というシステム自体が独裁ですよ? まずは自国の人権意識を見直すべきでは?」


《世界の声:大臣にBad評価 +1,000》


《@yoneyamada にGood評価 +9,999》


視界の隅に、SNS風のウィンドウが次々と出現する。


『勇者様すごい! 大臣を完全論破!』


『これが異世界の知識……!』


『フォローしました! 応援します!』


「大臣を論破するとは……そなたこそ真の英雄だ!」


王と王女が駆け寄る。


きめやまは懐から一万円札を取り出し、王女の手に握らせた。


「とりあえず、これをおこづかいに。リテラシーを高める本でも買いなさい」


「せ、先生! ぜひその"論理ロジック"をご教授ください!」 跪く騎士たち。


《フォロワー +10,000人!》 《いいね +50,000!》


きめやまは、熱狂の中心で恍惚と笑った。


「ふふ……現実世界の愚民どもとは大違いだ」




【第三章:ICUの孤独な王】


【現実パート:東京都内の病院・集中治療室】


同時刻。 きめやまの肉体は無数のチューブに繋がれ、無機質な機械音だけが響いている。


「心原性ショックによる昏睡状態です。脳波に異常な活動が見られますが、原因は不明です」


医師が低く告げる。 傍らのスマホは、ひとりでに光を放っていた。


@yoneyamada の投稿: 『王族もたいしたことはありませんね。次はエルフの村の統治システムを改革します(笑) #異世界無双 #論破』


リプライ欄: 「落選のショックでついに壊れたか」 「まだ生きてたの? 早く議員宿舎空けろよ」 「※【この漫画の続きが気になる方はこちら】(スパムリンク)」


そこに、異世界の喝采など微塵もない。


「きめやま……戻ってきて……」


妻・夕子が、眠る夫の手を強く握る。


その手には、結婚指輪がまだ光っている。


「こんな症例は初めてです。スマホの電源が落ちず、誰かとやり取りをしている形跡があり……ご主人は、ニヤついて、もとい、微笑んでいる」


医師の言葉に、夕子の目に涙が滲む。


夫がどれだけ傲慢になろうと、 どれだけSNSに溺れようと、 寄り添ってきたのは自分だけだった。


「二人で、少し休みましょう。だから……」


そのとき、スマホが再び震えた。 画面には、愛を囁く一文。


『ユウ、愛していますよ。君だけが私の理解者だ』


「……っ! ああ、あなた……!」


夕子は息を呑んだ。 自分の名前は夕子。


「私のこと、呼んでくれたのね? ゆう、って……」


絶望の中に差した一筋の光。


夕子は涙を拭い、きめやまの手をさらに強く握りしめた。


だが、彼女はまだ知らない。


その「ユウ」が、異世界で出会ったエルフの美女の名であることを。


【第四章:エルフの村とパパ活疑惑】


【異世界パート】


きめやまは今、エルフの村にいた。


緑豊かな森に囲まれた美しい集落。 長い耳を持つエルフたちが、きめやまを「先生」と呼んで慕っている。


特に――


「きめやま様、お茶をお持ちしました」


銀髪のエルフの美女・ユウが、恭しく膝をついて茶を差し出す。


「ユウさん、そんなに畏まらなくていいですよ。私はただの異世界人ですから」


「いえ、きめやま様は、私たちエルフの古い因習を否定し、新しい価値観を教えてくださいました」


きめやまは満足げに頷く。


エルフの村には「長老絶対主義」という古い掟があった。


長老の決定には逆らえず、若者は意見すら言えない。


だがきめやまは、その掟を「論破」した。


「長老の経験は尊重すべきです。しかし、それが論理的である根拠はどこにありますか? 民主主義の観点から見れば、これは明らかな独裁です。」


《世界の声:長老にBad評価 +5,000》 《きめやまにGood評価 +30,000》


長老は言葉を失い、村の統治システムは改革された。


若いエルフたちはきめやまを英雄として崇め、特にユウは献身的に仕えるようになった。


「ユウさん、これ」


きめやまは懐から一万円札を取り出し、ユウの手に握らせる。


「? これは、何でしょうか?」


「私の世界の通貨です。とりあえず、おこづかいに。何か好きなものでも買ってください」


「きめやま様!」


きめやまの渡す紙幣はなぜか使用できた。


ユウの瞳が潤む。


《フォロワー +50,000人!》 《いいね +100,000!》


きめやまは、この瞬間が堪らなく心地よかった。


「ユウ、愛していますよ。君だけが私の理解者だ」


画面の向こう――現実世界のICUで、夕子がその言葉を見て安堵する。


だがきめやまの言葉は、目の前のエルフに向けられていた。


【現実パート:病室の亀裂】


数日後。


夕子は、夫のスマホの履歴を調べていた。


医師から「異常な脳波活動」と聞かされ、何かヒントがないかと思ったのだ。


そして――発見した。


『ユウへの課金履歴』


金額:スパチャ一万円×15回


「……え?」


夕子の手が震える。


さらにスクロールすると、SNSのDM履歴。


『ユウさんのSSRが見たいです』 『君に完凸します』『こんユウーー!』


「……嘘……」


夕子の脳裏に、ある単語が浮かぶ。


「異世界パパ活」


夕子は、その言葉を口にした瞬間、笑いがこみ上げてきた。


「何よ、これ。バカみたい」


笑いながら、涙が止まらない。


夫は意識不明のまま、架空の世界で架空の女性に貢いでいる。


現実の自分には目もくれず。


「私、何のために……」 十年間、支えてきた。


傲慢になっていく夫を、それでも信じ続けた。


でも。 「もう、いいや」 夕子は、スマホの画面を閉じた。


【第五章:魔王ひろゆけとの最終決戦】


【異世界パート:魔王城】


きめやまは、ついに魔王城へと辿り着いた。


玉座には、この世界のあらゆる勇者を言葉の刃で論破してきた最凶の存在――魔王ひろゆけが座っている。


「……よく来たね、きめやまさん」


魔王ひろゆけは、独特の薄笑いを浮かべて首をかしげる。


「ねえ、きめやまさん。あなた、"正義のため"って言ってるけど、それってあなたの考えですよね?」


「なっ……! 私は事実、ファクトに基づいて話している!」


「ふーん。じゃあそのデータのソース出してもらっていいですか? あと、あなた奥さんいますよね。エルフの子に度々一万円渡してるの、それパパ活じゃないですか?」


「黙れ! これは推し活だ!」


《世界の声:きめやまにBad +5,000》


「きめやま様、私は信じています! あなたはバチャ豚でもスマホゲー廃人でもなく、清廉潔白な英雄だと!」


ユウが叫ぶ。


きめやまは追い詰められ、ついに、究極の力を解放した。


「ユウさん、私に力を!」


きめやまの全身が光に包まれる。


究極能力アルティメットスキル【ブロック】!!」


「さようなら、ひろゆけ。私が相手する価値がないとみなしたものは、この世界に存在しない!」


魔王ひろゆけは、何か言葉を発しようとしたが、


次の瞬間、何の音もなくすーっと視界から消え去った。


《世界の声:きめやまにGood +999,999!》 《勝利確定!》


「きめやま! きめやま! きめやま!!」


世界が彼を称える。 空から金色の「いいね」が雪のように降り注ぐ。


「ふふ、ふふふふ! 私は、無敵だ!」


きめやまは、神をも超える万能感に酔いしれた。


【現実パート:最後通告】


同じ時刻。 病室の隅で、夕子が弁護士と向かい合っていた。


「本当に、よろしいんですか?」


弁護士が確認する。


夕子は静かに頷いた。


「ええ。もう、限界なんです」


テーブルの上には、離婚届。


そしてマンションの解約通知書。


「調査の結果、ご主人は異世界で複数の女性に現金を渡し、いえ、赤スパチャをしていた形跡もあります。」


「もう、いいんです」


夕子は迷わず、書類にペンを走らせた。


「自分が正しいと喚き散らして、家族を『論破』して支配しようとする。その末路がこれなんて……最高に皮肉ね」


それは、意識のない夫へ向けた、最後で最強の「ブロック」だった。


【第六章:神殺しと凍結】


【異世界パート:神域】


きめやまはついに、この世界の概念そのものである「創造主」の前に立っていた。


「きめやま竜一。お前は、この世界で何を成し遂げたと思っている?」


神の声が、空間全体に響く。


「成し遂げた? 当然でしょう。私は、この世界に『論理』をもたらした。旧態依然としたシステムを破壊し、真の民主主義を確立した」


「だが、お前は誰の声も聞いていない」


「何を……!」


「お前が『救った』者たちは、本当に救いを求めていたのか? お前はただ、自分が正しいと証明したかっただけではないのか?」


「黙れ!」


きめやまは、ついに神すらも


「究極能力【ブロック】!!さようなら」


神が、きめやまの前から消えた。


《世界の声:きめやまにGood +9,999,999!》


世界中の信徒が跪き、彼の名を呼ぶ。 数億の「いいね」が、宇宙を埋め尽くす。


「私は……ついに、この世界の頂点に立った……!」


万能感。 全能感。 神をも超えた存在。


「天にのぼり……夢は……夜空で咲き乱れた……!」


その瞬間――


視界が、激しいノイズで歪んだ。


「あ?」


エルフの姫が、勇者が、跪く信者たちが―― デジタルドットのように崩れていく。


背後から、聞き慣れた、しかし機械のように冷徹な声が響いた。


『そのアカウントは、規約違反により凍結されました。』


「えっ……!? 待て、何が規約違反だ! 私は何も間違ったことは――」


『理由:他者への攻撃的行為、スパム行為、アカウント運用ルール違反』


「ふざけるな! 私は正しいことをしただけだ! 異議申し立てを――」


『申し立ては却下されました。』


きめやまの叫びは、虚無へと吸い込まれていった。


【第七章:目覚めという名の地獄】


「……はっ!」


きめやまは飛び起きた。 そこは、清潔すぎるほど白い、静寂に包まれた病室だった。


「あ、起きました? 先生呼びますね」


通りかかった看護師が、事務的に告げる。


「……あ、あの、ユウ……いや、妻は? 夕子はどこだ?」


看護師は、憐れみすら含まない冷めた視線で、サイドテーブルに封筒を置いた。


「ご家族からは『目覚めても連絡不要、面会拒否』との伝言を預かっています。離婚届とマンションの解約通知は、こちらの封筒に」


「え……?」


「あ、荷物はすべてレンタル倉庫に送りましたから。支払いはご本人名義のクレカで」


看護師は目も合わせずに出て行った。


震える手で、きめやまはスマホを手に取る。


充電器を繋ぎ、起動する。


異世界での数億のフォロワー。


魔王を倒した栄光。 神をも黙らせた最強の論理。


すべてが、あの小さな画面の中の出来事だった。


画面に表示された現実ステータスは――


通知:0件

フォロワー:182人(先月比 -149,818)

DM:ブロック済み(夕子)


タイムラインをスクロールする。


かつて自分が「無能」と激しく批判した政敵が、地元の祭りで子供たちと笑っている写真が流れてくる。


「これはいったい……そんなはずはない。私がいないと、この国は……」


彼は震える指で、新しい投稿画面を開く。


何かを言わなければ。 何かを論破しなければ。 自分がここに存在していることを、誰かに認めさせなければ。


『みなさん。ご心配をおかけしました。意識が戻りました。私は間違っていない。正しかった。』


[送信]


10分経った。 いいね:0 リポスト:0


1時間経った。 いいね:1(プロフ絵が初期設定のスパムアカウント)


窓の外は、もう暗い。


かつて数万人の喝采を浴び、夢の中では数億の頂点に立っていた男の顔を、安物のスマホの青白い光だけが、幽霊のように照らしていた。


「……また、あそこに行けないかな」


ふと漏れた弱音。


【エピローグ:最後の「いいね」】


次の日。


きめやまは病室を出て、リハビリ室へ向かう廊下を歩いていた。


足取りは重く、目には光がない。


そのとき――


「きめやまさん?」


振り返ると、小さな女の子が立っていた。 母親らしき女性が慌てて引き留めようとするが、少女は駆け寄ってくる。


「あのっ、きめやまさんですよね!」


「ああ、そうだが」


「わたしのパパね、きめやまさんが作った法律で、会社から守ってもらえたんです! ママが、お礼を言いたいって……」


きめやまは、言葉を失った。


母親が深々と頭を下げる。


「あのブラック企業法改正、夫が過労で倒れる寸前でした。本当に、ありがとうございました」


少女が、手作りの折り紙を差し出す。


「元気になってください!」


きめやまは、その折り紙を受け取った。 手が、震えている。


二人が去った後。 きめやまはゆっくりと、折り紙を広げた。


そこには、拙い字でこう書かれていた。


『せんせい、ありがとう』


「これ、は」


きめやまの胸ポケットから、古びた折り紙が落ちた。


四年前。 ブラック企業法改正が可決された日。 過労死遺族の少女がくれた、あの折り紙。


『せんせい、ありがとう』


同じ文字。 同じ気持ち。


――いいね、ひとつ。


スマホの通知ゼロの画面と、手の中のしわくちゃな折り紙。


どちらが重いのか。 どちらが本物の「承認」なのか。


きめやまは、生まれて初めて――数字ではない、人の温度を感じた。


「……俺は、何を……」


涙が、溢れた。


――数週間後。


地元の小さな集会所。 参加者はわずか五人。


かつて数万人の前で演説した男が、折りたたみパイプ椅子に座る老人たちの前で、頭を下げていた。


「すみません……説明が下手で……」


「いやいや、わかりやすかったよ」


「難しい言葉使わんでくれて、助かるわ」


老人の一人が、きめやまの肩を叩く。


「あんた、変わったな。前はテレビで偉そうなこと言ってたけど、今のほうが……人間らしいよ」


きめやまは、苦笑した。 ポケットの中で、あの折り紙がくしゃりと音を立てる。


集会が終わり、一人また一人と帰っていく。


最後に残ったのは、七十代の女性だった。


「きめやまさん」


「……はい」


「あんた、奥さんと別れたんだってね」


「……ええ」


「馬鹿だねえ。いい奥さんだったのに」


「……すみません」


女性は、きめやまの手に小さな紙袋を握らせた。


「これ、うちの畑で採れた野菜。一人暮らしだと、ちゃんと食べないでしょ」


「……ありがとうございます」


「次の集会、また来なさいよ。今度は十人くらい呼んでおくから」


女性は笑って帰っていった。


その夜。 六畳一間のアパートで、きめやまはノートパソコンを開いた。


フォロワー: 340人

(そのうち200人はbotだろう)


それでも、彼はキーボードを叩く。


『本日、地元で勉強会を開きました。参加者5名。でも、全員が最後まで話を聞いてくれました。野菜までいただきました。これが、私の新しいスタートです』


いいね: 3 リポスト: 0


――それでいい。


スマホの通知音。 きめやまは、期待せずに画面を見た。


差出人: 夕子


『あなたのツイート、見たわ。 ……話だけなら、聞いてもいい。 来週の土曜、14時。いつものカフェで。ただし、復縁するとは言ってないから。 本当に変わったのか、確かめさせて』


きめやまは、声を上げて泣いた。


数億の「いいね」よりも。 神をも超える万能感よりも。


たった一人の、たった一通のメッセージが――重かった。


「……ありがとう。夕子」


きめやまは、スマホを閉じた。


窓の外では、夜明け前の空が、ほんの少しだけ白み始めていた。


(完)



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