オレ、選挙で落選させられ、議員を追放された。国会議員に戻ってくれと言われてももう遅い!異世界転生して、SNS無双で魔王も神も左様なら。嫁さんからも追放?え?ざまぁといわれるのは俺だったあああああ
【プロローグ:正義の残滓】
「――可決!」
議長のハンマーが響き渡る。 国会議事堂、満場の拍手。
『ブラック企業法改正案、賛成多数により可決されました』
きめやま竜一(当時48歳)は、議員席で静かに目を閉じた。
この法案のために、三年を費やした。 ブラック企業から労働者を守るための、罰則強化。 過労死遺族たちと何度も話し合い、企業側の猛反発と戦い、野党との調整に奔走した。
「きめやま先生……本当に、ありがとうございました」
廊下で待っていた過労死遺族の女性が、深々と頭を下げる。 小さな娘が、手作りの折り紙を差し出した。
『せんせい、ありがとう』
「……いえ。これが、政治家の仕事ですから」
きめやまは、その折り紙を胸ポケットに仕舞った。
帰宅すると、妻の夕子が笑顔で出迎える。
「お疲れ様。ニュースで見たわよ。すごかったわね」
「ああ……やっと、形にできた」
夕子は知人の紹介で結婚し、彼を支えている。
その夜、きめやまはSNSを開いた。 まだフォロワーは三千人程度。 だが、心からの感謝のリプライが並んでいた。
『きめやま先生の法案で、父が救われました』
『ブラック企業を辞められました。ありがとうございます』
「……これでいい。数じゃない。一人一人の声が、届けばいい」
スマホを閉じ、夕子の隣で眠りについた。
――しかし、男は知らなかった。
数年後、自分がその「一人一人の声」を、「数字」としか見なくなることを。
【第一章:堕落の果てに】
「……民主主義のおわりだな。」
きめやま竜一(52)の落胆の声が、選挙事務所に静かに響く。
テレビ画面には、無慈悲にも「落選確実」の文字が点灯している。
自由民衆党の高石霊夢は劇場型正義を行い、民衆を扇動した。
「今回の選挙は異世界転生小説を規制に反対か賛成かです!」
高石は異世界転生小説を社会悪だと断じ、きめやまは表現の自由のために戦ったが、国民の理解は得られなかった。
SNSではきめやまの落選にわく無慈悲な投稿がバズっている。
『さようなら』
『ざまあああ』
「なぜ、私がこんなことに。」
きめやまは内心、愚民への怒りが溢れていた。
あれから数年。
ブラック企業規制の功績で注目を浴び、メディア出演が増え、SNSのフォロワーは十五万人に膨れ上がった。
だが、いつからか――
「数字」が、すべてになっていた。
いいねの数。 リポストの数。 フォロワーの増減。
かつて「一人一人の声」を大切にしていた男は、いつしか「万人の喝采」に溺れていた。
「……おかしい。私のフォロワーは、まだ十五万人もいるんだぞ」
それでも彼は、取り乱した姿を見せまいと震える指でスマホを操作する。 画面の向こうには、常に"冷静沈着で知的な自分"がいなければならない。
『今回の結果は、大衆の感情が論理を上回った事例と言えます。誠に残念ですが、これも一つの民意でしょう。次はデータに基づいた戦略を再構築すべきではないでしょうか(笑)』
投稿を終え、満足げに鼻を鳴らした、そのとき。
「あなた……選挙が終わったばかりなんだから。スマホは、少し置いたら?」
妻の夕子が、背後から声をかける。
その声には、労わりよりも、湿った諦めが混じっていた。
きめやまは答えない。
背中越しに「うるさい、素人は黙っていろ」というオーラを放ち、ひたすらリロードを繰り返す。
だが、画面に並ぶのは、かつての信者たちによる「見損なった」「もう潮時ですね」という掌返しの罵詈雑言。
「……っ、どいつもこいつも、リテラシーが低すぎるんだよ!」
怒りに任せ、スマホを強く握りしめた。 その瞬間――鋭い頭痛が走り、視界が白く染まる。
意識が、暗転した。
【第二章:異世界SNS無双の始まり】
「――異世界より召喚されし勇者よ!」
目を開けると、そこは中世ヨーロッパ風の荘厳な謁見の間だった。
玉座の前には威厳ある老王と、美しい金髪の王女。
左右には甲冑姿の騎士たち。
一歩前に出た大臣が、深々と頭を下げる。
「我が国を、魔王の脅威から救うため……その御力をお貸し願いたい!」
本来なら混乱する場面。
だが、きめやまの右手でスマホが震えた。
視界に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
《SNSインターフェース 起動》
■ スキル発動:【SNS無敵おじさん】
【パッシブスキル】
・認知バイアス:相手の反論を「負け惜しみ」に自動変換
・上から目線:身分・立場を無視し、常に優位な口調で会話可能
・エコーチェンバー:賛同者のみを抽出、熱狂的支持者として可視化
【アクティブスキル】
・論破モード:相手の発言から論理的矛盾を自動検出
・マウント取り:どんな話題でも優位に立てる知識を即座に引用
・究極スキル【ブロック】:存在そのものを視界から消去(クールタイム:なし)
きめやまは、ゆっくりと腕を組んだ。
かつての正義感は、完全に失われていた。
「あー……悪いけど、異世界人の私が、なぜあなたの指示を受けなければならないんですか?」
「め、命令ではない、お願いじゃ……!」
「お願い? 民間人を魔王のもとへ送り出す体制で、よく他者を批判できますね。そもそも王制というシステム自体が独裁ですよ? まずは自国の人権意識を見直すべきでは?」
《世界の声:大臣にBad評価 +1,000》
《@yoneyamada にGood評価 +9,999》
視界の隅に、SNS風のウィンドウが次々と出現する。
『勇者様すごい! 大臣を完全論破!』
『これが異世界の知識……!』
『フォローしました! 応援します!』
「大臣を論破するとは……そなたこそ真の英雄だ!」
王と王女が駆け寄る。
きめやまは懐から一万円札を取り出し、王女の手に握らせた。
「とりあえず、これをおこづかいに。リテラシーを高める本でも買いなさい」
「せ、先生! ぜひその"論理"をご教授ください!」 跪く騎士たち。
《フォロワー +10,000人!》 《いいね +50,000!》
きめやまは、熱狂の中心で恍惚と笑った。
「ふふ……現実世界の愚民どもとは大違いだ」
【第三章:ICUの孤独な王】
【現実パート:東京都内の病院・集中治療室】
同時刻。 きめやまの肉体は無数のチューブに繋がれ、無機質な機械音だけが響いている。
「心原性ショックによる昏睡状態です。脳波に異常な活動が見られますが、原因は不明です」
医師が低く告げる。 傍らのスマホは、ひとりでに光を放っていた。
@yoneyamada の投稿: 『王族もたいしたことはありませんね。次はエルフの村の統治システムを改革します(笑) #異世界無双 #論破』
リプライ欄: 「落選のショックでついに壊れたか」 「まだ生きてたの? 早く議員宿舎空けろよ」 「※【この漫画の続きが気になる方はこちら】(スパムリンク)」
そこに、異世界の喝采など微塵もない。
「きめやま……戻ってきて……」
妻・夕子が、眠る夫の手を強く握る。
その手には、結婚指輪がまだ光っている。
「こんな症例は初めてです。スマホの電源が落ちず、誰かとやり取りをしている形跡があり……ご主人は、ニヤついて、もとい、微笑んでいる」
医師の言葉に、夕子の目に涙が滲む。
夫がどれだけ傲慢になろうと、 どれだけSNSに溺れようと、 寄り添ってきたのは自分だけだった。
「二人で、少し休みましょう。だから……」
そのとき、スマホが再び震えた。 画面には、愛を囁く一文。
『ユウ、愛していますよ。君だけが私の理解者だ』
「……っ! ああ、あなた……!」
夕子は息を呑んだ。 自分の名前は夕子。
「私のこと、呼んでくれたのね? ゆう、って……」
絶望の中に差した一筋の光。
夕子は涙を拭い、きめやまの手をさらに強く握りしめた。
だが、彼女はまだ知らない。
その「ユウ」が、異世界で出会ったエルフの美女の名であることを。
【第四章:エルフの村とパパ活疑惑】
【異世界パート】
きめやまは今、エルフの村にいた。
緑豊かな森に囲まれた美しい集落。 長い耳を持つエルフたちが、きめやまを「先生」と呼んで慕っている。
特に――
「きめやま様、お茶をお持ちしました」
銀髪のエルフの美女・ユウが、恭しく膝をついて茶を差し出す。
「ユウさん、そんなに畏まらなくていいですよ。私はただの異世界人ですから」
「いえ、きめやま様は、私たちエルフの古い因習を否定し、新しい価値観を教えてくださいました」
きめやまは満足げに頷く。
エルフの村には「長老絶対主義」という古い掟があった。
長老の決定には逆らえず、若者は意見すら言えない。
だがきめやまは、その掟を「論破」した。
「長老の経験は尊重すべきです。しかし、それが論理的である根拠はどこにありますか? 民主主義の観点から見れば、これは明らかな独裁です。」
《世界の声:長老にBad評価 +5,000》 《きめやまにGood評価 +30,000》
長老は言葉を失い、村の統治システムは改革された。
若いエルフたちはきめやまを英雄として崇め、特にユウは献身的に仕えるようになった。
「ユウさん、これ」
きめやまは懐から一万円札を取り出し、ユウの手に握らせる。
「? これは、何でしょうか?」
「私の世界の通貨です。とりあえず、おこづかいに。何か好きなものでも買ってください」
「きめやま様!」
きめやまの渡す紙幣はなぜか使用できた。
ユウの瞳が潤む。
《フォロワー +50,000人!》 《いいね +100,000!》
きめやまは、この瞬間が堪らなく心地よかった。
「ユウ、愛していますよ。君だけが私の理解者だ」
画面の向こう――現実世界のICUで、夕子がその言葉を見て安堵する。
だがきめやまの言葉は、目の前のエルフに向けられていた。
【現実パート:病室の亀裂】
数日後。
夕子は、夫のスマホの履歴を調べていた。
医師から「異常な脳波活動」と聞かされ、何かヒントがないかと思ったのだ。
そして――発見した。
『ユウへの課金履歴』
金額:スパチャ一万円×15回
「……え?」
夕子の手が震える。
さらにスクロールすると、SNSのDM履歴。
『ユウさんのSSRが見たいです』 『君に完凸します』『こんユウーー!』
「……嘘……」
夕子の脳裏に、ある単語が浮かぶ。
「異世界パパ活」
夕子は、その言葉を口にした瞬間、笑いがこみ上げてきた。
「何よ、これ。バカみたい」
笑いながら、涙が止まらない。
夫は意識不明のまま、架空の世界で架空の女性に貢いでいる。
現実の自分には目もくれず。
「私、何のために……」 十年間、支えてきた。
傲慢になっていく夫を、それでも信じ続けた。
でも。 「もう、いいや」 夕子は、スマホの画面を閉じた。
【第五章:魔王ひろゆけとの最終決戦】
【異世界パート:魔王城】
きめやまは、ついに魔王城へと辿り着いた。
玉座には、この世界のあらゆる勇者を言葉の刃で論破してきた最凶の存在――魔王ひろゆけが座っている。
「……よく来たね、きめやまさん」
魔王ひろゆけは、独特の薄笑いを浮かべて首をかしげる。
「ねえ、きめやまさん。あなた、"正義のため"って言ってるけど、それってあなたの考えですよね?」
「なっ……! 私は事実、ファクトに基づいて話している!」
「ふーん。じゃあそのデータのソース出してもらっていいですか? あと、あなた奥さんいますよね。エルフの子に度々一万円渡してるの、それパパ活じゃないですか?」
「黙れ! これは推し活だ!」
《世界の声:きめやまにBad +5,000》
「きめやま様、私は信じています! あなたはバチャ豚でもスマホゲー廃人でもなく、清廉潔白な英雄だと!」
ユウが叫ぶ。
きめやまは追い詰められ、ついに、究極の力を解放した。
「ユウさん、私に力を!」
きめやまの全身が光に包まれる。
「究極能力【ブロック】!!」
「さようなら、ひろゆけ。私が相手する価値がないとみなしたものは、この世界に存在しない!」
魔王ひろゆけは、何か言葉を発しようとしたが、
次の瞬間、何の音もなくすーっと視界から消え去った。
《世界の声:きめやまにGood +999,999!》 《勝利確定!》
「きめやま! きめやま! きめやま!!」
世界が彼を称える。 空から金色の「いいね」が雪のように降り注ぐ。
「ふふ、ふふふふ! 私は、無敵だ!」
きめやまは、神をも超える万能感に酔いしれた。
【現実パート:最後通告】
同じ時刻。 病室の隅で、夕子が弁護士と向かい合っていた。
「本当に、よろしいんですか?」
弁護士が確認する。
夕子は静かに頷いた。
「ええ。もう、限界なんです」
テーブルの上には、離婚届。
そしてマンションの解約通知書。
「調査の結果、ご主人は異世界で複数の女性に現金を渡し、いえ、赤スパチャをしていた形跡もあります。」
「もう、いいんです」
夕子は迷わず、書類にペンを走らせた。
「自分が正しいと喚き散らして、家族を『論破』して支配しようとする。その末路がこれなんて……最高に皮肉ね」
それは、意識のない夫へ向けた、最後で最強の「ブロック」だった。
【第六章:神殺しと凍結】
【異世界パート:神域】
きめやまはついに、この世界の概念そのものである「創造主」の前に立っていた。
「きめやま竜一。お前は、この世界で何を成し遂げたと思っている?」
神の声が、空間全体に響く。
「成し遂げた? 当然でしょう。私は、この世界に『論理』をもたらした。旧態依然としたシステムを破壊し、真の民主主義を確立した」
「だが、お前は誰の声も聞いていない」
「何を……!」
「お前が『救った』者たちは、本当に救いを求めていたのか? お前はただ、自分が正しいと証明したかっただけではないのか?」
「黙れ!」
きめやまは、ついに神すらも
「究極能力【ブロック】!!さようなら」
神が、きめやまの前から消えた。
《世界の声:きめやまにGood +9,999,999!》
世界中の信徒が跪き、彼の名を呼ぶ。 数億の「いいね」が、宇宙を埋め尽くす。
「私は……ついに、この世界の頂点に立った……!」
万能感。 全能感。 神をも超えた存在。
「天にのぼり……夢は……夜空で咲き乱れた……!」
その瞬間――
視界が、激しいノイズで歪んだ。
「あ?」
エルフの姫が、勇者が、跪く信者たちが―― デジタルドットのように崩れていく。
背後から、聞き慣れた、しかし機械のように冷徹な声が響いた。
『そのアカウントは、規約違反により凍結されました。』
「えっ……!? 待て、何が規約違反だ! 私は何も間違ったことは――」
『理由:他者への攻撃的行為、スパム行為、アカウント運用ルール違反』
「ふざけるな! 私は正しいことをしただけだ! 異議申し立てを――」
『申し立ては却下されました。』
きめやまの叫びは、虚無へと吸い込まれていった。
【第七章:目覚めという名の地獄】
「……はっ!」
きめやまは飛び起きた。 そこは、清潔すぎるほど白い、静寂に包まれた病室だった。
「あ、起きました? 先生呼びますね」
通りかかった看護師が、事務的に告げる。
「……あ、あの、ユウ……いや、妻は? 夕子はどこだ?」
看護師は、憐れみすら含まない冷めた視線で、サイドテーブルに封筒を置いた。
「ご家族からは『目覚めても連絡不要、面会拒否』との伝言を預かっています。離婚届とマンションの解約通知は、こちらの封筒に」
「え……?」
「あ、荷物はすべてレンタル倉庫に送りましたから。支払いはご本人名義のクレカで」
看護師は目も合わせずに出て行った。
震える手で、きめやまはスマホを手に取る。
充電器を繋ぎ、起動する。
異世界での数億のフォロワー。
魔王を倒した栄光。 神をも黙らせた最強の論理。
すべてが、あの小さな画面の中の出来事だった。
画面に表示された現実は――
通知:0件
フォロワー:182人(先月比 -149,818)
DM:ブロック済み(夕子)
タイムラインをスクロールする。
かつて自分が「無能」と激しく批判した政敵が、地元の祭りで子供たちと笑っている写真が流れてくる。
「これはいったい……そんなはずはない。私がいないと、この国は……」
彼は震える指で、新しい投稿画面を開く。
何かを言わなければ。 何かを論破しなければ。 自分がここに存在していることを、誰かに認めさせなければ。
『みなさん。ご心配をおかけしました。意識が戻りました。私は間違っていない。正しかった。』
[送信]
10分経った。 いいね:0 リポスト:0
1時間経った。 いいね:1(プロフ絵が初期設定のスパムアカウント)
窓の外は、もう暗い。
かつて数万人の喝采を浴び、夢の中では数億の頂点に立っていた男の顔を、安物のスマホの青白い光だけが、幽霊のように照らしていた。
「……また、あそこに行けないかな」
ふと漏れた弱音。
【エピローグ:最後の「いいね」】
次の日。
きめやまは病室を出て、リハビリ室へ向かう廊下を歩いていた。
足取りは重く、目には光がない。
そのとき――
「きめやまさん?」
振り返ると、小さな女の子が立っていた。 母親らしき女性が慌てて引き留めようとするが、少女は駆け寄ってくる。
「あのっ、きめやまさんですよね!」
「ああ、そうだが」
「わたしのパパね、きめやまさんが作った法律で、会社から守ってもらえたんです! ママが、お礼を言いたいって……」
きめやまは、言葉を失った。
母親が深々と頭を下げる。
「あのブラック企業法改正、夫が過労で倒れる寸前でした。本当に、ありがとうございました」
少女が、手作りの折り紙を差し出す。
「元気になってください!」
きめやまは、その折り紙を受け取った。 手が、震えている。
二人が去った後。 きめやまはゆっくりと、折り紙を広げた。
そこには、拙い字でこう書かれていた。
『せんせい、ありがとう』
「これ、は」
きめやまの胸ポケットから、古びた折り紙が落ちた。
四年前。 ブラック企業法改正が可決された日。 過労死遺族の少女がくれた、あの折り紙。
『せんせい、ありがとう』
同じ文字。 同じ気持ち。
――いいね、ひとつ。
スマホの通知ゼロの画面と、手の中のしわくちゃな折り紙。
どちらが重いのか。 どちらが本物の「承認」なのか。
きめやまは、生まれて初めて――数字ではない、人の温度を感じた。
「……俺は、何を……」
涙が、溢れた。
――数週間後。
地元の小さな集会所。 参加者はわずか五人。
かつて数万人の前で演説した男が、折りたたみパイプ椅子に座る老人たちの前で、頭を下げていた。
「すみません……説明が下手で……」
「いやいや、わかりやすかったよ」
「難しい言葉使わんでくれて、助かるわ」
老人の一人が、きめやまの肩を叩く。
「あんた、変わったな。前はテレビで偉そうなこと言ってたけど、今のほうが……人間らしいよ」
きめやまは、苦笑した。 ポケットの中で、あの折り紙がくしゃりと音を立てる。
集会が終わり、一人また一人と帰っていく。
最後に残ったのは、七十代の女性だった。
「きめやまさん」
「……はい」
「あんた、奥さんと別れたんだってね」
「……ええ」
「馬鹿だねえ。いい奥さんだったのに」
「……すみません」
女性は、きめやまの手に小さな紙袋を握らせた。
「これ、うちの畑で採れた野菜。一人暮らしだと、ちゃんと食べないでしょ」
「……ありがとうございます」
「次の集会、また来なさいよ。今度は十人くらい呼んでおくから」
女性は笑って帰っていった。
その夜。 六畳一間のアパートで、きめやまはノートパソコンを開いた。
フォロワー: 340人
(そのうち200人はbotだろう)
それでも、彼はキーボードを叩く。
『本日、地元で勉強会を開きました。参加者5名。でも、全員が最後まで話を聞いてくれました。野菜までいただきました。これが、私の新しいスタートです』
いいね: 3 リポスト: 0
――それでいい。
スマホの通知音。 きめやまは、期待せずに画面を見た。
差出人: 夕子
『あなたのツイート、見たわ。 ……話だけなら、聞いてもいい。 来週の土曜、14時。いつものカフェで。ただし、復縁するとは言ってないから。 本当に変わったのか、確かめさせて』
きめやまは、声を上げて泣いた。
数億の「いいね」よりも。 神をも超える万能感よりも。
たった一人の、たった一通のメッセージが――重かった。
「……ありがとう。夕子」
きめやまは、スマホを閉じた。
窓の外では、夜明け前の空が、ほんの少しだけ白み始めていた。
(完)




